閑話 されど事件は終わっておらず
スーツを着た偉丈夫、鈴城大地は数日前に捕えたという死霊術師の取り調べに立ち会うために取調室に向かっていた。今の鈴城は民警としてフリーになる際に、政府との繋がりが途切れているはずだが、あの老人に特別に口利きしてもらった。あの施設での惨劇を引き起こした男。あの惨状を目の当たりにした者の一人であり、何より、その男を捕えたのは自分の息子だと言う。ならば、自分も取り調べに立ち会う権利はあると思ったのだ。
(……む?)
部屋のドアが見えた時、丁度そこから見知った老人が出てきた。符術面でのかつての自分の師にして政府お抱えの陰陽師たちを束ねる男、宮守一茶だ。そんな彼の姿を確認して話かけようとするが、寸前、鈴城は違和感に気づいた。
笑っていない。
内心が何であれどんな状況であろうと常に笑みを絶やさなかった。日常でも魍魎を滅する時も変わらず笑みを浮かべていたはずの彼から笑顔どころか、ありとあらゆる感情が抜け落ちていた。しかし、その無貌に大地は見覚えがあった。
怒りだ。
おそらく、彼の中には煮え滾るような怒りが渦巻いているのだろう。そして彼がこんな状態になる時は、決まって事態がロクでもない方向に向かっている。
「……何かあったのですか?」
鈴城は恐る恐る問う。
「やられたよ」
対して宮守は親指で指し示す。そこには男がタンカによって運ばれており、確かあれは今回の事件の首謀者である死霊術師の男だったはずだ。そんな男が白目をむいて、人形のようにだらんと手足をタンカからぶら下げていた。どう見ても生きているとは思えない。
「自決ですか?」
「まさか! むざむざそれを許すほど、僕はまだ老いぼれちゃあいないよ」
話を聞くと、男は突然それこそ糸が切れた人形のように崩れ落ちたのだという。
宮守は忌々しそうに舌打ちする。
「替え玉だよ。あの男、精巧に自分に似せた死体をいいように操っていたのさ」
鈴城は思わず絶句する。報告によるとあの男は呪具を使って人形や骸骨を使役していたらしいが、まさかそれを操っていた替え玉越しでそれをやってのけたという事か。そんなのはゲームの中のキャラを操作して、そのキャラでさらにゲームをやるようなものだ。
「では本物は……」
「今頃はどこか安全な場所でのうのうとしてるってことだろうさ」
◆
「ふむ。ついにバレてしまったか。さすがに国家有数の陰陽師を騙すのは無理があったかね」
夜天の下、そそり立つ摩天楼の群れ、その一つであるビルの屋上から紫煙はそうひとりごちた。やはりこの国の陰陽師は侮れない。機会があればゆっくりと彼らの術理とメカニズムを解析したい所だが、今はそんな場合ではないと自嘲して、湧いてきた己の探究心を引っ込ませる。
今考えるべきはこれからの事だ。高所ゆえの強風にスーツの上に着たコートをはためかせながら、今後の展望に思いを巡らせる。
紫煙の今回の仕事は燈現市への侵攻に必要な人魚の捕獲。
ところが、紫煙は久方ぶりに見た最高傑作である愛娘と、世界有数の霊災特区に来たことで魔術の探究者としてのサガを大きく刺激されてしまった。
異質かつ独自の龍脈を持った土地、街のあらゆる場所に織り込まれた秘術の欠片、希少な能力を持った霊能者や妖怪たち。紫煙にとってはまさに宝の山と言って良い場所であった。
この街にある全てを手に入れたい。反応を見たい。解析したい。研究したい。
彼の欲望の昂ぶりは彼自身をもってしても抑えられず、それは街への襲撃という形で表れてしまった。
しかし、その結果彼の行き当たりばったりな襲撃は失敗に終わり、しかも、その際に本来の仕事に使うつもりだった手駒は半数以上使い果たしてしまったのだ。下手をすれば、仲間から裏切りとして粛清されてもおかしくない。そのため紫煙は現在、雇い主に誤魔化すためのうまい言い訳を考えている最中であった。
「困った。困った。いっそ本当に雲隠れでもしてしまおうか」
「いやあ、流石にそれはムシが良すぎるでしょうよ」
思わず呟いた言葉に返事が返ってきた。
紫煙は声がした方にゆっくりと目を向ける。
女が立っていた。
女性にしてはやたら高い背丈の後ろに、長い紺色の髪を一房の三つ編みにしてまるで獣の尾のように垂らし、ピチピチのTシャツとパンツルックというボディラインを浮き彫りにした格好で、寒波真っ只中の今の季節にはいささか以上にそぐわない。
女は紫煙を見つめながら、長い犬歯を覗かせる口をニヤニヤと弧に描かせている。
「邪魅……」
紫煙は彼女の姿を確認してから、短くその名を呟いた。彼にしては珍しく表情に露骨に嫌悪の色を滲ませて。
「私に何の用だ?」
「あははは! 今更それを聞いちゃうの? それは紫煙おじさんが一番わかっているはずでしょ? わかんないフリなんてみっともないよ、いい大人がさあ。あ、もしかしてボケちゃった? あははは!」
そんな彼を邪魅と呼ばれた女は嘲笑い、当の紫煙は無視する。いちいち怒っていてはきりがない。この女は昔からこうなのだ。ひとしきり嘲笑った後、ようやく気が済んだのか彼女はようやく本題に入る。
「もちろん勝手に先走って暴走したアナタを捕まえに来たんだよ。おっぱじめるのは全員揃ってからって取り決めをブッチして勝手に先走っちゃったアナタをねえ」
ネチネチと嫌味を含ませてくる邪魅の言葉におおよそ察しはついていた紫煙は観念したように息を吐く。
「彼はお怒りかい?」
とりあえずそれだけ聞いておく。
“彼”というのは紫煙の雇い主にして自分を含めたとある一団のリーダーともいうべき男だ。その男の機嫌次第で紫煙の生き死にが決定するといっても過言ではない。
「いんや。アナタがどういう人間かはボスも重々理解していたはずだし、むしろアンタの暴走を止められなかった自分を責めてたよ」
「そうか。それは申し訳ないことをした」
素直に謝罪の意を表明した紫煙に邪魅はもう我慢できないと言わんばかりに笑う。さっきの比ではないくらいに、腹を抱えながら笑い転げる。
「あはははははははは! 嘘ばっか! 嘘ばっか! 本当はこれっぽっちも反省なんかしてないくせにぃ! 本当は懲りずにどうやって私たちを出し抜いて、あの街の連中を研究対象として独り占めできるか考えてるくせにぃ!」
ひたすら嘲笑を続ける邪魅に紫煙はギリッと歯ぎしりする。
彼にしてみれば実際に彼女の言う通りであり、それを見透かされていたのが面白くないというのが本音だ。
「……やはり私はお前が嫌いだよ」
「おや、つれない。言っとくけどそれ同族嫌悪だよ?」
「お前と一緒にするな」
「一緒だってば、欲望に対して正直な所とか、それを自覚した上で全然自嘲するつもりがない所とかさ」
まったく口が減る様子のない邪魅を見て、これ以上は不毛な語り合いになる為、紫煙は話の矛先を変えることにする。
「それよりもそちらの方はどうなっている。お前が言ったようにちゃんと全員揃ったんだろうね?」
それに対し、邪魅の笑いが嘲笑から困ったような苦笑に一転する。
「いやあ、それがキド君は相変わらず山に籠ったまんまだし、野澤さんはまだ昔の仲間に声をかけてる真っ最中だし、アリスちゃんはそもそもまだ国外だろうし……」
以降も彼女が言葉を続けていくごとに、他のメンバーの無軌道さが露見されていく。元々自分を含めて思想もバラバラのはぐれ者の集まりだったとはいえ、よくこんなザマで組織としての体裁を保ってこれたものだと、紫煙は逆に感心してしまう。
「……私の事を責めてる暇があるのか?」
「あはははははははは!」
「笑って誤魔化すな。そういえば、あの人魚はあのまま放置でいいのか? 今回の計画の鍵だと聞いたが?」
ふと思い出した人魚の娘。思えば彼女の身柄の確保が今回の騒動の発端であった。一応は彼女こそが彼らの本命の計画の中核に添えられていたはずだ。
「あぁ、むしろそっちは好都合だってさ」
「何?」
「だってよりによって私たちがこれからひと暴れしようっていう場所に自分から居てくれるんだよ? どうせなら一時の平穏を楽しんでもらおうってのが、ボスの御意向だよ」
さらりとのたまった後、邪魅は悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「ふむ、平穏な暮らしを享受させた後、全てを奪い取るか。趣味が悪い事だ」
「あははは。娘を実験体に使ってた人が言っても説得力の欠片もないよぉ」
そう言って邪魅は歩き出し、紫煙もそれ以上は何も答えずに彼女の後をついていく。
「さあ、前夜祭はお終いだ。本当の祭りを始めようか」
そうして、二人は夜の闇に溶けて消えていった。




