第四十話 知ったことじゃない
翔吾は屋敷の中を悠然と突き進む。
「救急如律令、――探索」
もちろん、それに伴う索敵も忘れない。翔吾は常に手持ちの探索用の簡易術式が編まれた札で、どこに何があるのか。何が潜んでいるのか察知して身構える。
(曲がり角に一体、後ろからもついてきているね)
案の定、斧を振り上げて襲いくる人形兵を刀で突きあげて一閃し、落とした斧を奪い、振り返りざまに後ろから襲いかかってきていた骸骨を両断する。その一連の動作に無駄も躊躇もなかった。翔吾にとってここにいる連中は素材が何であれ、人形であり抜け殻だ。ためらう理由はどこにもない。
(明らかに上級の人形たち幾重にも施されていた結界、ここまで厳重だってことは、今度こそ当たりってわけだ)
ちなみにこの場所がわかったのは、魔力の残滓こそ途切れて追跡はできなかったが、ここ数日間の内に街中で空き家を購入した不動産物件を友香たちにしらみつぶしに調べてもらいそのリストを送ってもらい、手当たり次第に当たっていったのだ。半分運任せであったが、それでも五件目でアタリを引くことができたのだから運が良い方だろう。
翔吾は廊下の壁の向かい側の部屋で、さらに待ち伏せしていた骸骨を壁越しから頭部を刀で貫きながら、操り主の気配を探る。
「逃げる気配がないね。よほど腕に自信があるのか、諦めたのか」
そう自分の頭の中で確認をとるために、あえて声に出してひとりごちる。そうして後者であればいいと淡い願いを抱きながら、階段を上る。
歩いている間に飾られた絵画から呪詛が込められた光るスペルが飛んでくるが、肩まで装着された籠手ではね返す。
天井からやたら犬歯の長い頭だけの髑髏が顎を開かせて襲ってくるが、その寸前に木端微塵になる。何をしたのかは本人にしかわからない。
ここに来るまで全ての刺客と罠を冷静に対処することができた。
それは彼が比較的冷静でいられたのは、その操り主の隣で見知った気配を感知しているからだ。魔力もとい力の安定した反応をしている所から、まだ何かされていないようだ。
(それでも人質を取られている事に違いはないからなあ。ここまでやらかす奴に交渉が通じるとは思えないけど、追い詰め過ぎて妙な真似されても困るし……。こういうの姉さんや村田さんの専門なんだけどなあ)
それでもどうにか実里を助け出す算段をしながら、やがて見えた二階の応接間の両扉を開く。
そこにいたのは三十代後半ぐらいのスーツの男、そして拷問椅子のような椅子にベルトで固定された実里だった。
「やぁ待ってたよ、退魔師の少年。君には娘が世話になったからね。礼をせねばと思っていたのだよ」
刀で武装した少年を前に、どこ吹く風といった様子でにこやかに話しかけてくる男に面食らうも、すぐそばで椅子に座らせられた実里の様子を見て、すぐに気を引き締める。
表情は焦燥の色を浮かべながら、涙を流している。こちらに気付いているのか、気付いた上で反応する気力もないのか。
「彼女に何をした?」
剣呑な殺気を撒き散らして、問いただす。距離はほんの数メートル、踏む込みと共に居合いを繰り出せばすぐに終わる距離だ。
「別に何もしていないさ。家族の会話をしていただけだよ」
「家族?」
「そう家族」
そう言って肩をすくめる目の前の男。いちいち癪に障る挙動をする男だと思いながら、翔吾は男の会話に耳を傾ける。実里を助け出すタイミングを探りながら。
「――つまり、あなたは実の娘を実験道具にして、そのついででこの街に被害をもたらしていると」
「手厳しいな。まあ否定しないけど」
話を聞き終えた翔吾は無表情でそう男……紫煙の目的をそう評した。対する紫煙も特に気にした様子もなく頷くばかりだ。ただ無表情ではあれど、彼の目の奥には明らかに怒りの感情がうねっており、それを察した紫煙は苦笑する。
「そんな目で睨まないでくれたまえ、私だって自分がやっている事がどうしようもなく悪だというのは知っている」
でもね、と付け足す。
「それを差し引いても、私は作りたかったんだよ。見てみたかったんだよ。知りたかったんだよ。魔道の極致というものを、神の領域という奴を!」
紫煙は熱のこもった声で語る。
「私だけでは無い。君のような退魔師を始めとしたこの世界に首を突っ込んだ者ならば共感できるのではないか? 霊や妖怪といった存在はどういったプロセスで存在しているのか! 自分たちが行使する術の根源となる霊力や魔力は本来どういったものなのか! 解き明かしたいとは思わなかったかね? 自分の手で再現させたいと思わなかったかね?」
実里の心臓を造ったのもそれが目的だった。魔力なるものは人体のどこから精製されるのか。人間の行使できる魔力量に限界はあるのか。
「私はそういった要求が人よりも強かったそれだけさ。そしてそれを特に恥じ入るべきだとは思っていない。この身が滅ぶまで研究し解き明かし続ける!」
どこまでも純真で狂った男の熱意のこもった決意を聞いた翔吾は、やがて目を閉じた。
そして、そのまま無言で刀を振り抜いた。
「生憎と僕はそこまで御大層な目的でこの家業をやってきたわけではないので」
悪しき怪異から人を守るため、あの少女の幻影から言わせれば自己満足だったとしても、それでも自分で決めてこの世界に首を突っ込んだのだ。目の前の男に共感など一片もするつもりはない。
「そうかい。残念だ」
紫煙は心から残念そうにしながら、その一閃を受けた。いや正確には彼の背中からスーツを突き破って、長い腕の骨がその振り抜かれた剣戟を受け止めたのだ。
「私は見ての通り戦闘は専門外でね。その分だけ身の安全には敏感なのだよ」
そう言うやいなや、部屋中から魔方陣が浮かび上がり、それと同時に翔吾は眩暈を起こして、倒れ伏す。体中が言う事を聞かない。嫌な汗が噴き出る。
「安心したまえ。デコイのアジトのように爆発などという乱暴な真似はしない。……ただ少しだけ力を奪うだけさ」
術式の行使に必要な魔力や霊力を吸収する。そういった紋様が部屋中に刻まれていた。
「飢えを満たせ、渇きを潤せ、君にはその権利がある。権利の元に己を満たせ」
紫煙の呪文と共に部屋の刻印の輝きは増していく。
本来はそこにいる者の力を根こそぎ吸い取る代物だが、強大な魔力タンクである実里と服に無効化する術式を編み込ませた紫煙は効果はなかった。
「せめて近接戦ではなく、遠距離からの符術札を持ってくるか、自立稼働の式神を連れてくるべきだったね」
気を失った翔吾にそう言い捨てると、紫煙は彼の処遇について考える。彼の特徴を見る限り、彼は昔耳にした霊能者の兵器転用の計画の一つの被験者だ。
その話を聞いた当時の紫煙は特に食指は進まなかったが、こうして現物を目にしてみると、なるほど随分とデキがいい。このまま殺すのも捨て置くのももったいない。娘と一緒に実験台として自分の研究におおいに役立ってもらおうか。
そんな考えをよぎらせていると、パキンと音が鳴り、ふと手に持っていた水晶に目をやると、そこには大きなひびが入っていた。
(がしゃどくろが破壊されたか……少し遊びすぎたかな?)
この様子では陽動の人形も既に破壊されている頃だろう。ここも突入されるのも時間の問題だ、二人を回収して早々に立ち去るとしよう、そう思って紫煙は彼らを運ぶ人形を起動させに身を翻そうとした次の瞬間。
窓から白いカラスが窓ガラスを突き破って侵入してきた。
「な……あ!?」
驚くのはそこだけに留まらない。凄まじい勢いで特攻してきたカラスは鳴き声一つ上げずに、そのまま爪やくちばしで壁中の魔法陣を傷つける。
「!? やめ……」
言っても既に手遅れであり、魔方陣はそのまま効力を失い、カラスはそれを見届けると小さな人型の紙片に戻ってしまった。
「さっきあなた自身が僕に言っただろう? せめて式神を連れてこいと」
唖然とする紫煙の後ろに声がかかる。翔吾が立っていた。影響が残っているのか、顔色が多少まだ悪い。
「あんな式神が暴れただけで破れるほど繊細な作りじゃないはずだ……」
「あいにくと知り合いに式神使いのプロがいてね。ここに来る前に電話から姉越しでお願いして送ってもらったんだよ」
といっても、式神には屋敷に突入する寸前に、以前の魔方陣の罠があったら解除して欲しいという単純かつ雑なオーダーしかしていなかったのだが、改めて妖怪嫌いの同僚の技量には感嘆させられた。
「……!」
紫煙は無言で背中から両腕だけがいように長い小さな骸骨兵が襲い掛かる。
だが、翔吾は骸骨を刀で串刺して、それを後ろの扉から銃を取り出し構えていた人形に叩きつける。翔吾はひるんだ人形兵の懐に飛び込み、腕を捻って銃を自分に向けさせて撃たせる。
トドメだと言わんばかりに、翔吾は骸骨と人形の頭部を切断する。
それを見届けた紫煙はゆっくりとかぶりを振って両の手を上げる。
「意外とあきらめがいいんだね」
「私は自分が戦闘向きではないことを自覚している。そして無駄な努力は一切しない主義だ」
さっきまでの狂的な熱はどこへやら、どこまでも淡々と述べる。
「それで君はそのまま私をその刀で切り捨てるのかね? できればじっくり苦しむようなのは勘弁願いたい」
「いいや。それを決めるのも、あなたを裁くのも僕の仕事じゃない」
そう言って翔吾は刀を鞘に収める。紫煙は相手の意図が読めずに混乱するが、それに対して翔吾は恐ろしく人の悪い笑みを浮かべるばかりだ。
「女の子って強いよね」
「……何?」
「僕はここに来るまで二刀流……小刀を持ってきてたんだけどさ」
「さっきから何を言っているんだ?」
「居合を振り抜く寸前に飛ばしたんだよ。気付かなかった?」
意味が解らず声を張り上げようとする紫煙の肩を後ろから誰かが叩いた。
翔吾としては正直イチかバチかだった。ここに来た時の彼女は大分精神が摩耗していた。そんな彼女に何かをさせようとするなど酷だと。
それでも翔吾はそれをやった。この騒動が彼女が発端だとするなら、幕を下ろすのも彼女がやるべきだ。きっと彼女もそれを望んでいるだろう。
「このっクソ親父いいいいいいい!!」
実里は渾身の右ストレートで紫煙の顔面を振り抜いた。
鼻血と歯が綺麗に宙を舞っていた。




