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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第二章 魔女と人魚
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第三十九話 VSがしゃどくろ

 本来のがしゃどくろは戦場などで悲惨な死に方をした怨霊が集まって産まれる妖怪と言われている。


 しかし、現在この街で暴れているのは東雲紫煙が人形兵で殺害した人間の魂を死霊術で束縛して強引にそういう形にしているだけの、いわば模造品である。

 さらに、怨念の矛先を向けるべきである己を殺した人間は他でもない、今の自分たちをいいように操っている紫煙である。怨みの矛先を強引に捻じ曲げられて、ただひたすらに隷属を強いられる今の状態を彼らが大人しく聞き入れるはずがない。体中から響かせる錆びついたような音がかなりの負荷がかかっていることを物語っていた。


 動きは鈍く、狙いも散漫で読みやすい。


 振り上げる腕は空振りして、踏み潰そうとする足は見当違いの場所に踏み込む。

 その単調な動きは馴れれば素人でも見切ることができる。もちろん、それでも圧倒的巨体から繰り出される攻撃の破壊力は絶大なもので一縷の油断も許されないのだが、逆を言えば油断さえしなければ、まだ未熟な十代の少年少女であり学生であるシズクや拓郎でも互角に戦う事が出来ると言える。


 だがそれはついさっきまでの話だ。


「そんな……、いきなりどうして!?」

「待ちやがれ! クソがっ!」


 長期戦に持ち込んで外部からの助けを持つ、拓郎たちの考えは巨大髑髏の暴走によりたやすく覆されてしまった。


 それは操り手である紫煙からの指令により、人魚の奪取という目的がただひたすらに暴れろという指令に上書きされたことで、その怪物は既に二人の手におえる存在ではなくなりつつあった。

 節々から耳障りな軋みを上げながら、人工物特有の歪な駆動音を響かせて噴煙を吹かせるその姿は、怨念の産物と言うより、人の狂気で造りだされた怪物と言えるだろう。


「ギギギギギギギギギギギギギ……!」


 咆哮を上げて巨体を四つん這いにして前進を開始したがしゃどくろは、あっという間に公園を抜けて交通路に入り、通行人の悲鳴が入り混じる中で骸骨はその巨躯を奮わせながら、電柱をへし折り、駐車された車をはねのけ驀進する。


 術師である紫煙としては、拓郎とシズクという興味がわいた新たな二つのサンプルの能力を見るために、映像越しでこれ以上は被害が広がるのを放ってはおけないだろうという彼らの人格を読んだ上で、がしゃどくろを意図的に暴走させてみたのだが、そんな事は拓郎たちにとっては知ったことではないだろうし、もっとも事情を知ったら知ったで紫煙に対し義憤を露わにするだろうが。


「させっかあ!」


 拓郎は足を黒化で強化させた状態で先回りして、横から払われる巨大な骨の手の甲を、さらに黒で強大化させた両腕で真っ向から受け止める。

 拓郎は衝撃は受け止め切れたものの勢い自体は殺しきることができずに、体中を軋ませる。

 歯を食いしばりながら耐える拓郎だが、休んではいられない。

 がしゃどくろは直ぐにもう一つの腕が張り手となって真上から迫る。公園での比ではないスピードで迫るそれをすんでの所で回避した拓郎は黒く強化させた足でそのまま跳躍、髑髏の頭蓋を蹴り上げた。


「痛っ! 思ったよりも頑丈だな。……にしても少しは効いたか?」


 拓郎は蹴った足を押さえながら、髑髏の蹴り上げた額を見てみると、僅かにひびが入っていた。しかし、淡い期待を抱くのも束の間、あっという間に小さなひびは修復されていく。


「再生とか汚ねえぞ……」


 よく見るとさっき公園で噛み砕いた指の部分も既に戻っている。その再生のスピードはどれほどかは知らないが、拓郎の使う力は使えば使う程に、人としての部分を削る無理筋の力だ。以前はシズクのおかげで事なきを得たが、今回もまた無事に戻ってこれる保証はない。


(つまり長丁場は不利ってこった)


 拓郎は舌打ちしながら辺りを見回して違和感に気付く。

 さっきからこれだけの騒ぎになっているというのに、退魔師や祓い屋どころか警察まで来ないのはおかしい。というか正直限界なのでさっさと来てほしかった。

 こんな怪物、自分たちだけではこれ以上おさえるのは限界がある。大人たちの手を借りたい、というか丸投げしたいのが本音であった。

 なんにせよ、来るものが来ない以上はこちらで対処するしかない事か。拓郎はこちらに駆けつける前にシズクとの打ち合わせと、淡海から受けた思わぬ言葉を思い出した。


「当初の予定通り、俺の仕事はこいつの足止めだ!」


 そう叫びながら己を奮い立たせ、拓郎は襲い来る巨大な拳や張り手を黒く強化された手足でかわし、いなし、さらに時には殴り返す。

 巨大な骨の怪物とその怪物のその小指ほどの大きさしか持たぬ人間の少年が互角に渡り合うという常軌を逸した光景を、幸か不幸かその場にいた人間は皆逃げており、それを見届ける者はいない。


 それに安堵するのも束の間、突然拓郎の身に強い眩暈が襲い掛かる。


(もう……ちょっと……!)


 自分に襲い掛かる負荷すらも吹き飛ばさんとするような気迫で、拓郎は右腕を黒い刃に変質させて大きく振り上げる。


「だあああああああああああああ!!」


 拓郎は力任せの斬撃でがしゃどくろの右手首を寸断して威嚇する。


(そろそろか……?)


 そう思った瞬間にふっと辺りが明るくなり、ふと上空を見上げてみる。

 すっかり日が落ちた夜の闇に一点、小さな炎が点っていた。それは真上からライトのようにこちらを照らしているが、徐々にその明かりは大きくなる。小さな光がこちらに近づいてきているのだ。


 隕石が降ってきた。遠目で見る分だけなら、そう思うかもしれない。だが、それは徐々にこちらに近づいてきており、さらに近づくごとに輪郭が四本足の獣の姿が鮮明さを帯びてきている。


 巨大な火球の輝きにより、辺り一帯は目を眩ませる。

 そのすんでの所で、拓郎は大きく後ろに飛んだ。


「ギイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 その猛獣は聞く者を震わせる咆哮と共に、豪炎を纏わせながら、その巨大な質量と凄まじい速度えもって、がしゃどくろに上空から強襲した。


 大きな衝撃音と風圧が巻き起こる。


 思わず吹き飛ばされかけていた拓郎はゆっくりと瞼を開けると、そこには巨大なクレーターの中心で、いくつもの尾を有した熊よりも一回り大きな妖狐が体中にひび入れた巨大な骸骨を押さえつけていた。


「ぐるるるるるるるる」

「ギチギチチチチチギギギギギィ」


 大きさこそがしゃどくろには遠く及ばないものの、高度数百メートルからのほとんどの妖力を炎に変換させた状態での体当たりはさすがに耐えられなかったようだ。


(まさか変化までできるようになってるとは思わなかったけどな)


 がしゃどくろを押さえつけながら、巨大狐もといシズクが威嚇するようにフウゥと唸りをあげているが、拓郎の姿を確認するとコクンと頭を頷かせた。それを確認した拓郎はすぐに行動に移す。彼女の役割がこの骸骨の動きを封じるのなら、自分の役割はこいつにトドメをさすことだ。


 自分に近づいてくる拓郎を確認したがしゃどくろは体を震わせるが、背中に貼り付いたシズクが伸ばした尾で両腕両足を巻きつけられて拘束され、身動きは取れない状態だ。


 妖狐は理性の宿った目で『急いでください』と拓郎に目配せする。


 それを受けて拓郎は一気に走り出しながら、その際に動きを封じられたこの怪物を改めて見る。体中の骨に所々に刻まれている刻印、拓郎はこういったものの知識を持たないが、そこから放たれる邪気のような禍々しさを感じられて、この怪物がまともな経緯で産みだされたわけでない事が察せられて、思わず反吐が出そうになる。


「すぐに楽にしてやる」


 拓郎はそう呟いて右腕を黒く大きく変化させる。狙うは頭と胴を繋げる首の頸椎と呼ばれる部分、拓郎はカギ爪のついた巨大な手袋状に変化させた黒手でそこを思いきり握りつぶした。


 がしゃどくろは大きく反応した後、そのまま硬直して動かなくなった。


 がしゃどくろは少しずつ、飴細工のように体が溶け出して、輪郭を崩していき、最後はあれだけ派手に暴れていたのが嘘のように、跡形もなくあっけなく消えていった。

 拓郎はその様子を見届けて、ようやく戦いが終わったことを悟ると、緊張の糸が切れたのか、そのまま道路の真ん中で腰を下ろしてしまった。


「拓郎君、道中に座るなんてダメですよ。迷惑だし危ないです」

「いいだろ、これくらい。そもそも走ってきてる車とか見えねえもん」

「不良ですねえ」

「俺は不良じゃねえ。ちょっと目つきが悪いだけだ」

「あ、そこは認めちゃうんだ……」


 そんな感じでシズクと軽口を叩いていると、ふとガードレールの向こうから少し遠慮がちに手を振っている少女が見えた。それを見て拓郎はここに来る前のその少女の言葉を思い出した。


『あのがいこつさんのね。首の方からね。すごい声が聞こえてくるの』

『ここから出して、痛い、許さないって』

『だからそこから出してあげれば大人しくなると思うの』


 色々と知らなきゃいけないこと、これから考えなきゃいけないことが山積みだが、拓郎としては、今はとりあえず今は横になりたい気分だった。

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