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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第二章 魔女と人魚
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第三十七話 迎撃

「淡海ちゃん、大丈夫ですか?」


 拓郎たちは都市部の中央に位置する公園のベンチで一息休憩を入れていた。

 シズクは隣に座る淡海に気遣いをかける。

 それに対して、『大丈夫』と小さく答えて、首を縦に振る、淡海。しかし彼女の顔色には明らかに疲労の色が見て取れた。

 一日かけて街中の目ぼしい妖怪たちの溜まり場を回っていたのだから無理もない。


 シズクの逆隣りに座る拓郎はふと空を見上げると、日が徐々に沈み始めていた。このまま夕刻から夜につれて話の分からない、すなわち凶暴な妖怪たちがうろつき始める時間帯なので、今日の所は家に引き上げた方が良いかもしれない。

 自分が言っては怯えてしまうだけなので、シズクに目配せして、うまくその旨を伝えさせる。すると淡海は少しだけ考えるように俯いて、やがて渋々と頷いた。


 話が決まった所で、今日の所は家で他を当たっている獺たちの連絡を待つとしよう、そう思って立ち上がった次の瞬間、ゾクリと背筋に悪寒が走り抜けた。

 拓郎は慌てて周囲を見回す。頑丈ながらも少しばかり寂れており年季を感じさせる遊具、無邪気に砂場で遊ぶ子供たち、そこから少し離れた場所に彼らの親らしき主婦たちが井戸端会議に興じている。


 何度も見回すも、特に異変らしき異変は見当たらず、拓郎は気のせいだったかと、安堵してほっと胸を撫で下ろす……間もなく、突然淡海を抱きかかえたシズクが横から拓郎に体当たりをかましてきた。


「なぁ!?」


 思わぬ不意打ちに、そのままバランスを崩して押し倒される所を、とっさに二人をかばい、彼女らを抱きかかえる形になって、そのまま背を地面におもいきり打ち付ける拓郎。


「――痛ッ!?」


 一体何事かと、シズクに文句を言う間もなくついさっき拓郎たちが座っていた木製のベンチは真上から振ってきた骸骨の腕によりプレスされていた。

 知らぬところで間一髪であった状況を一拍遅れて理解して、今更ながら戦慄する拓郎。


「淡海ちゃん? どうしたんですか!? 返事をしてください!」

「……! ……ふごっ!」


 一方、当のシズクは、拓郎の胸の上で自分と拓郎の身体に挟み込まれた淡海に必死に呼びかけていた。


「ど、どうしましょう、拓郎君。淡海ちゃんが返事をしません! まさかどこか怪我を……」

「いや、お前の胸に押しつぶされて息ができないんだよ」


 拓郎はシズクの身体を両手で押し上げ、シズクの年の割には発育のいい胸の谷間に挟まり、モゴモゴ言いながら、必死にタップしていた淡海を救助する。


「ご、ごめんなさい、淡海ちゃん! 大丈夫でしたか!?」

「お姉ちゃんよりも大きい……。お姉ちゃんよりも柔らかい……。お姉ちゃんよりも太い……」

「太っ……!?」


 どこか夢心地でうわ言を紡いでいる淡海と年頃の乙女にとっては致命的なデスワードをくらいショックを受けているシズク。とりあえず、知らぬ間に体型を暴露されている『お姉ちゃん』とやらが気の毒であった。


 とにかく、今はこんな事をしている場合ではなかった。


 見れば、巨大な腕の骨は肘から先だけが宙に浮く五芒星の魔方陣から飛び出している状態だった。腕だけのそれは目もない状態でありながら、ゆっくりと腕を振り上げ、再びこちらに狙いを定める。


「やばい!」


 拓郎は振り下ろされる直前、淡海を片手で抱き上げて、シズクの手を引っ張り移動する。再び振り下ろされた骨の掌はまたも空ぶる。

 だが、今度はそれだけでは終わらない。指をワキワキと蠢かせて、そのまま地を這いずり拓郎たちを追跡してくる。ご丁寧にそれに合わせて空中の魔方陣も移動している。


「どうします!?」

「……ここは人も多いから、どこか人気のない場所まで誘い込むぞ」

「そこは賛成でですけど。アテはあるんですか?」



 全力疾走を始めるシズクと拓郎は、なんだか前も似たような事があったなあ、と二人して走りながら微妙な顔をしていると、突如後ろから追いかけていた骨の手は方向を転換した。

 その転換した先にいたのは砂場から逃げ遅れた男の子とその母親らしき女性だった。子供は事態が呑み込めていないのかキョトンと呆けた顔をしており、そんな息子を母親は抱きしめながら震えている。


 骨の手はその二人を掴みかかろうと襲い掛かるその刹那に、幾つもの火の手が骨の腕に向かって走り、爆発が巻き起こる。


「関係のない人間を襲うとは随分と下衆な真似をしてくれますね……!」


 見れば、シズクはスカートの下から一房の尻尾を覗かせ、三つ編みがほどけ炎のようにオレンジ色に輝く波打つ長髪、頭の上に向けて狐の耳を生やし、周りから狐火を漂わせながら、その目に怒りを燃えたぎらせていた。

 シズクは震えながら逃げていく親子の後ろ姿を見送ると、爆発に怯みつつも蠢かせていた骨腕をシズクはその尾を鎖の付いた大鎌に変化させて突き刺し、無理矢理に地面に縫い止めた。


「償いはその身で支払ってもらうぞ!」


 口元から伸びた牙を覗かせながら、シズクは怒りの様相で咆哮する。それに呼応するように周りの狐火たちが大きく燃え盛る。

 そこから先は一方的な蹂躙だ。動きを封じられた骨腕は狐火の猛攻を受けてひたすら焼かれ、時には爆発をくらう。見てる方が気の毒になるレベルだった。


「お姉ちゃん……、怖い……」


 拓郎はシズクの変貌に怯える淡海を抱きすくめ、以前、彼女本人から少しだけ力を使えるようになったという言葉を思い出した。ただしそれでも激情に飲み込まれて闇雲に炎を飛ばし続けるシズクの姿に、拓郎は危うさを感じる。


「おいやめろ、シズク。もう十分だ!」

「フゥー! フゥー!」


 思わず静止の言葉を投げかけると、シズクは息を荒くしながらも、拓郎の方に振り向く。


「フゥー……え? あ、はい。わかりました」

「……割とあっさりと止まるのな」


 シズクは簡単に理性を取り戻して応答してみせた。安堵しつつもなんだか釈然としない様子の拓郎に『どっちなんですか!』と口を尖らせるシズク。

 そのかたわら自分たちを襲ってきた骨の巨腕は焦げ目をつけながらぶすぶすと煙を上げて動きを止めている。


「どうしようかね、コイツ」


 何にせよシズクのおかげで動きを封じることができたが訳だが、このままシズクの手で縛り付けておくのも限度があるため、知り合いの巫女様でも呼ぼうかと、ポケットからスマホを取り出そうとするその直前にシズクが自分の名を叫んでいた。


 次の瞬間、拓郎たちの横一直線にかけての位置に、もう一つの魔方陣が浮かんでおり、そこから猛スピードで突き出たもう片方の骨腕が一瞬で淡海ごと拓郎を握り潰した。


 ……はずだった。


「なんだかすいません。結局、拓郎君にその力をまた使わせちゃって……」

「いや、仕方ねえだろ。コレは」


 申し訳なさそうにするシズクに、拓郎は気軽に返す。服越しでわからない所もあるが、拓郎は手足を黒く変質させ襲い来る骨腕を押しとどめていたのだ。

 そして拓郎は骨腕を押しとどめていた方の手を黒い獣の両顎のような形状に変え、骨の指をたやすく噛み砕いた。ゴギッボリッと嫌な咀嚼音が響き渡る。


「俺も俺で前よりもなんだか扱いが楽になった感じだしな」

「それはそれで不安なんですが……後遺症とかありませんよね?」


 心配そうに拓郎の身体を見てくるシズクに、当の拓郎は平気といわんばかりに軽く手を振る。


(起動式受諾。これより命令遂行のためにパターンBに移ります)


 危機的状況だというのにどこか気の抜けた会話を繰り返す二人をよそに、機械的な音声が聞こえた。


 一部を破壊された骨腕はそのまま魔法陣の中まで退いて、そのまま姿を消すと同時にシズクが押さえていた方の魔方陣にビキリと空に亀裂が入った。亀裂が走ったその空間はめくれひび割れ広がり、そこから肘にかけての肩甲骨、しゃれこうべ、肋骨に背骨。腕に繋がる部位が次第に姿を現してくる。


 ギギギギギガガガガガガチギチガギボギギチガチギリィ!!


 体中から機械仕掛けの駆動音のような奇怪な音を出しながら、大きく開いた空間の亀裂とも言うべき場所から、がしゃどくろはその全容を現した。

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