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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第三話 よろしくお願いいたします

「緋暮シズクと申します」


 場所は夜帳家の八畳一間の居間である。端の方には今時珍しい石油ストーブが部屋を暖め、上の方に置かれたやかんを沸騰させている。


 部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台の前に立ったシズクは、向かいに座る拓郎とその家族に、改めて自己紹介をした。無論、家族というのはついさっき拓郎をと壮絶な茶番を繰り広げた祖父、夜帳源治よとばりげんじ


「よろしくね、シズクさん! 私は湯那ゆな! 夜帳湯那です!」

涼太りょうたです。今後ともよろしくお願いします」


 そして、小学生ぐらいの二人の少年少女が、それぞれ自己紹介を返した。


 快活そうな印象を与える小学生くらいの年つきのサイドポニ―の少女、もう一人は少女とよく似た顔つきではあるが、活発そうな少女とは逆に物静かそうな印象与える少年。

 湯那と涼太。

 この二人は拓郎の隣に座る双子の妹弟たちで、早くもシズクを快く新しい家族として受け入れていた。

 そんな二人の姿を見てウンウンと満足そうに頷いている祖父・源治にいまだに事情を呑み込めない拓郎は説明を求める。


「とりあえず、俺は今日客が来るっていう話は聞いていなかったんだが……」

「こりゃ拓郎! 客ではない新しい家族じゃ! よそよそしい態度はやめい!」

「だーかーら、そこらへんの説明を求めろって言ってんだよ! っていうかなんで俺だけ情報がいきわたってないんだよ! イジメか!」

「黙っていれば面白いと思ったんじゃよ、特にお前にはのう」


 愉快犯のような理由を明かし、かんらかんらと高笑いする祖父。拓郎はぶん殴ろうとする衝動を必死に抑える。


「まあ、兄ちゃんが一番リアクションが面白そうだしなー」

「そこは認める」


 ウンウンと頷きながら妹の湯那にそれに同意する弟の涼太。勝手にそんな芸人みたいなイメ―ジを植え付けられてたのかと愕然とする拓郎。もう少し、長兄に対する敬意という物がないのだろうか。


「基本、兄貴は床にバナナの皮があったら絶対スッ転ぶ芸人気質じゃん」

「ドジっ子でもあるよね」


 敬意なんて欠片もなかった。


「今度私も混ぜてもらっていいですか?」

「アンタまで入るな!」


 郷に入れば郷に従え。この家での拓郎のポジションを理解した上で便乗することにしたシズクを見て、拓郎はこの家に自分の味方がいないという現実を思い知る。というか増えたといっても良い。

 それでも思い知った所でどうにもならないのはわかりきっているので、拓郎は憤懣やるせない感情をあてがわれた茶と一緒にぐいっと一気に飲み干す。


「……ったくお前らそんなに俺を道化にして楽しいか?」

「割と楽しいです」

「だからなんでアンタが答えるんだよ! しかも楽しいのか!?」


 飲み込んですぐにこれである。


 茶菓子の煎餅をいただきながら、いけしゃあしゃあと答えてくるシズクに、拓郎は我慢の限界とばかりに噛みつこうとするが、源治が咳払いして制する。拓郎は源治に向けて睨むも、彼にしては珍しく真面目な表情なため引っ込む。


「拓郎よ、この子は儂の昔の仕事の関係で知り合った夫婦の娘さんじゃ」

「ジイさんの昔の仕事……っていえば」

「うむ、退魔師じゃ」


 退魔師とは、その名の通り人に仇為す者らを誅し討つ者たちの総称である。


 夜帳家もその昔は一族ぐるみで退魔師の仕事を生業としていた家系だ。明治にかけてから、一族そのものは衰えだしたものの。それでも祖父である夜帳源治はその界隈では結構な凄腕だったらしい。

 だが、祖父は自分たちが生まれてくる前に退魔師を廃業した。理由はわからない。彼はある日、自分の息子……つまり拓郎たちの父に対して自分の跡は絶対に継ぐなと言ってきたのだ。父はそんな源治の言葉に逆らったらしいが、結局は折れて表の仕事についた。こうして退魔師としての夜帳家は潰えたのだ。


「まだワシがギリギリ現役だった頃の話じゃ。当時、十代であったシズクちゃんの父親とその恋人……後のシズクちゃんの母親の二人がタチの悪い妖怪に追われている所をワシが華麗に助けたのが縁でのう」


 懐かしそうに目を細める源治。思い出に浸るだけなら良かったのだが、拓郎に向けて若干ドヤ顔をしているのがムカついた。


「カカ、尊敬してよいぞ?」

「うるせえ、それでなんでその昔のお知り合いの娘さんがウチに来たんだよ?」


「それは私が霊能力に目覚めたからです」


 シズクが口を挟んできた。先程とは打って変わって不安そうな面持ちで、怯えが混じった声色でたどたどしく答える。


「……去年の春頃です。いきなり視界に変なものが映るようになって、最初は眼の病気かなって思ってお父さんに話したんですけど……」

「……霊視に目覚めちまったのか」


 拓郎はそこまで聞いて何となくシズクの事情が見えてきた。


 素質があったのか、何かの拍子だったのか、わからないが、とにかく彼女はその日を境に突然見えなかったモノが見えるようになってしまった。霊、妖怪、精霊もしくはソレらに準ずる者。

 本来は見ることができない近しくも隔絶した世界に生きる彼ら。

 最初は何の夢かと思った。だがそれが現実であると気付いた時に彼女が起こしてしまったのは拒絶だった。見えないふりをしてひたすら普通の日常を演じ続けたらしい。


 だがそれこそが悪手であった。人に近しい性質や高い知性を持った一部を除けば、彼らは基本的にとてもさびしがり屋で無邪気だ、残酷なほどに。


 彼らは自分たちのことが見えるシズクにかまって貰おうと、とにかく彼女の周囲を引っ掻き回した。


 騒音を起こしたり、窓ガラスを割ったり、物を飛ばしたり、そうやって家でも学校でも騒動を起こした。あげくの果てはシズク本人に飽き足らず彼女の友人に対してまで悪戯をしたりした。そんな事が繰り返されている内にシズクの周りには誰もいなくなってしまうのは仕方ない事だった。


 原因である彼らに悪意を持った者はほんの一部ぐらいしかいないだろう。彼らの大多数は遊んでほしかった精霊か、あるいは救ってほしかった亡霊。だが、結果的に彼らによってシズクの生活は一変してしまった。


 化け物の子と呼ばれ追い立てられるほどに。


 自分達とは違う特別な何かを異質として扱われて拒絶される、よくある話だ。実際に実害があるのならばなおのことだろう。


「ただ憑りつかれているだけなら、祓うだけで良かったそうです。でも私がその力を持つ限り、彼らは寄ってくるんです……」

「見えるだけで……そんなに干渉されるもんか?」


 拓郎はシズクの話を聞いて疑問を抱いた。


 別に彼女の事情を軽く見ている訳ではない。言葉は悪いが、霊が見える程度の能力を持った人間ならこの世界いくらでもいる。実際、拓郎の友人にも一人いて、そいつもそいつで見える分には大変そうだったが、それでもたまに悪戯されるくらいで、シズクのような大事にはなったことはないはずだった。

 もっともその友人の場合、生まれも育ちもこの街だったのでそこまで大事に至らなかっただけかもしれないが。


 拓郎の考えていることが分かったのか、源治が補足説明に入った。


「霊視だけではない。シズクちゃんはとても強い霊力を秘めておるんじゃ。いるだけで『彼ら』を呼び寄せてしまう程にの。……修行を重ねうまく制御できれば国内でも有数の退魔師にもなれるじゃろう」


 『退魔師』、その言葉にシズクは少しだけ肩をビクンと震わせた。

 源治はそんな彼女の反応に一瞬だけ目をすぼめたが、構わず話を続ける。


「だがその前にいままでの小物の比ではない……大妖怪や怨霊に狙われ喰われてしまうかもしれん。ヤツらにとって目覚めていない霊力持ちの人間は己の力を強めるための格好の獲物じゃからの」

「だからこの街に来たってのか」


 普段の彼からは思いもよらないほどの重い源治の口調に、拓郎もつられて重く答える。どうやら話は自分が思っていたよりも、はるかに大事らしい。


 何より彼女がここに来た理由も大体察せられた。


 はっきり言ってこの街は異常だ。真っ昼間から人に混じって妖怪が天下往来を歩き、暮らしている住民も100分の1は霊能力者だ。ここならば彼女と同じ事情を持った者も沢山いるし、妖怪や霊との距離も近いため、以前のような大事に見舞われるようなことも少ない。ここならばシズクも普通の生活が送れるかもしれない、そう源治や彼女の両親は考えたのかもしれない。


 拓郎はもう一度シズクに視線を移すと、彼女は土下座をしていた。


「夜帳君、もう一度お願いします。私をここに置いて下さい。……もうここにしか居場所がないんです」


 さっきまで飄々としていた少女の姿はどこにもない。よく見ると、彼女の身体は小刻みに震えている。おそらく、ここの他に彼女が身を寄せる場所はないため、断られるのを恐れているのだろう。一種の強がりのようなものだったのだろう。


 見栄を剥がされた今、ここにいるのは自分とそう年の変わらないか弱い小柄な少女だった。


 一体何が彼女をここまで変質させてしまったのだろう。ここにくるまでどれだけの大切なモノを失ってしまったのだろう。しかもその原因となったのは他でもない自分の中に眠る力だ。他者を責めるのは簡単だった。だが、彼女はそうしなかった。己を押し殺し仕方がないと妥協してここまでやってきた。


 ふと視線を感じてその先を見ると、湯那と涼太が何か言いたげにこちらを見ている。


「拓郎、どうするんじゃ?」


 なぜかこちらに自分に判断をゆだねてくる祖父。どうするも何も最初から決まっているだろうに。


「だってのに、まるで決定権が全部俺にあるみたいな感じやめてくれませんかねえ……」


 そう言いながら、拓郎はシズクに改めて答える。


「この家にアンタが住むのを反対してる奴はいやしねえよ。好きなだけいりゃあいいさ」


 その言葉にシズクは顔を上げて、嬉しそうに目を輝かせる。拓郎は彼女の目を直視できず、思わずそっぽを向いてしまった。

 そもそも、あれだけ重い身の上話を聞かされて放り出せるかという話でもある。


「兄ちゃん、もっとマシな言い方できないの?」

「兄さんにツンデレは似合わないよ。というか気持ち悪い」


 とりあえず余計な事を言う妹弟ズの頭を叩いておいた。

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