表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第二章 魔女と人魚
35/82

第三十一話 奇襲

 燈現市の東に山間部とは逆に面する西にある一つの工場跡地。土地ごと放棄され伸びきった雑草や林に守られるように囲まれ、ひっそりと佇むそこにいくつかの影があった。


 影たちは主によって作り出された使い魔であり、この拠点を守る衛士でもあった。


 山間部の稜線からが日が昇り始めている。


 人気がない所とはいえ、朝昼まで扉の前での巡回はさすがにまずい。彼らはいつものように、また日が沈むまでに建物の中に身を潜めようとするが、ふと背中に何かが貼り付いたような違和感を覚えた。

 

 コートの男は何事かと背に手を回そうとしたその瞬間、彼の体から電流が走る。


 その光と音に他のコートたちが反応して、周囲の気配を探るが、手遅れ。既に、それぞれの片手に木刀と術符を携えた侵入者は集まった彼らの真ん中に佇んでおり、上段、横凪ぎ、突き、と木刀で容赦なく叩き伏せる。


「よし見張りはこれで……て、えぇ!?」


 普通の人間なら、病院送り……下手すれば致命傷に繋がる一撃を受けても、手足をあらぬ方向に折り曲げながらもなお立ち上がる男たち。そんな彼らを見て流石に冷や汗を流す翔吾はどうしたものかと思案するが、そうする間に彼らの間に新緑の葉を乗せた涼風が舞い込んできた。


 それと共に何やら幽かな歌声が聞こえてくると思ったら、コート男たちは酔っぱらいのようにあらぬ方向に彷徨いだして、やがてそのままパタリと倒れてしまった。


「すごいじゃないか。今のどうやったんだい?」


 翔吾は感嘆しながらゆっくりと安全を確認するように雑木林の奥から顔を出した実里に聞いてみる。


「大したものじゃないよ。この人たちは人形に死霊を吹きこませたものだから、元いた場所に帰るように説得しただけ」

「呪文というより祝詞っていうやつだね。……あれ? じゃあ僕が暴れた意味なくない?」

「いや、これは霊を閉じ込めていた器、つまり人形の体をある程度に損壊させてなきゃ効果が出ないんだよ。思っていたよりも結びつきが強いからね、この人たち」


 そう言って実里はゴッと動かなくなったコート男……人形を蹴り上げた。そこには顔の表面がひび割れて破片が剥がれ落ち、そこから中身の一部がさらけ出されていた。赤い肉の代わりに土くれが詰め込まれ、その詰められた土くれのさらに合間から頭蓋、すなわち白い人骨が垣間見えている。


「ホント胸糞悪い……」

「ああ、やっぱりコレ、材料は人間かい?」


 合点が言ったように呟く翔吾に対し実里は無言の肯定で返す。まるで言葉に出すの悍ましいとでも言うかのように。

 おそらく、これの操り主は霊魂を縛り付ける器となる肉体には、結局元々人であったものを素材に人形として作り直した方が一番良いと考えたのだろう。

 自分で殺した者たちの魂をその殺した死体で作り上げた人形に閉じ込めて意のままに操る。どこまでも効率的で怖気が走る所業であった。


「魔女も元々は黒魔術とかで似たような事をするって聞いたけど?」

「アンタ、デリカシーないって言われない? そういう人たちもいたらしいし、今も探せばいるかもしれないけど、全部が全部そうじゃない。少なくとも私はそんなことできないし、やりたくもない」


 怒らせながらも、律儀に答えてしまうのは彼女の生来の人の良さか。翔吾も言った後、さすがに不躾過ぎたかと、頭を掻きながら自省する。


「こんなのさっさと終わらせるよ」


 そう言って実里は工場の中へ通じるドアに手を掛けようとした次の瞬間、翔吾は彼女の手を引いて胸元まで引き寄せる。


「ちょ……!?」


 何事かと問いただそうとするが、丁度、さっき彼女がいた場所からギュイイイと凶悪な音を立てて駆動する丸ノコが内からドア越しに飛び出していた。あと少し遅かったら、彼女はあの刃で切り刻まれていただろう。


 ドアを蹴破り出てきたのは、今までと同じコートの男、だが他とは違う異様さを漂わせている。その両腕には普通の腕と違い、左腕にはさっき実里を襲った細長い丸ノコ、チェーンソー。右腕には太く黒い筒、銃というにはいささか不格好な黒い大砲を装備していた。


「魔改造にしては安直なデザインだよねえ。……イタタタ」

「いい加減に離してくんない?」


 ポカポカと自分の脇腹を叩く実里を翔吾はハイハイと解放する。


「もう少し命の恩人に対して感謝と労いの言葉をかけてくれてもいいんじゃないの?」

「アリガトウネ」

「わあ、こんなに心がこもってない感謝の言葉は初めて!」


 そんな漫才を繰り広げている内に、コート男は右腕の大砲の狙いを定めて、火球を撃ち放った。火炎と共に送れて鳴り響く爆発音。もうもうと立ち上る煙の横から、改めて実里を片手で背負い込んだ翔吾が飛び出す。


「この前の大きな木の巨人呼び出せないの?」

「あれは豊富な地脈と一緒にわだかまってた大量の妖力を利用して顕現させたの! ここじゃ無理!」


 豊富な地脈だけなら、この街一帯にはどんな小さな妖怪でも顕現させる位には張り巡らされているが、この一帯に限りはそれすらも流れをいじくられて阻害されていた。彼女個人の力による術ならまだしも土地の力を借りた大規模な術は使えない。


「そういうアンタはどうなの?」

「僕も少し前ならまだしも、今は単純な肉体強化と簡単な符術しか使えないんだよね」

「役立たず!」

「運んでもらってる人が言うセリフじゃないよね、ソレ」


 懲りずに、どこか緊張感を欠いた会話を続ける二人だが、後ろから迫る爆音と火炎に嫌でも現実に向き合わざる負えなかった。


「……どうするの?」

「こうする」

「? ……きゃああああああ!?」


 あっさりと言い放つ翔吾に詳しい策を尋ねようとした実里は突如彼の手で空中に放り投げられる。


(あの野郎……!)


 自分を囮にして逃げる気か、やはり退魔師なんて信用するんじゃなかった、あの○○野郎、と頭の中で翔吾に対するいくつもの罵詈雑言が浮かび上がる。

 ふいに真下を見下ろすと、変わらず翔吾に対して銃口を構えるコート男がいたが、よく見ると様子が変だ。男の目線だけはなぜか自分に対して向けられており、そのせいか銃口の狙いは定まっていなかった。

 

 それを知っていたのか。翔吾は男の正面に向けて駆け出す。


 ようやく目線を切り替え、狙いを定めた男は大筒から火球を繰り出すが、僅か数センチ、翔吾の髪先をかすり、焦げ付かせる程度だ。


 ズドッ。


 次の瞬間、男の喉元には木刀の先が突き立っていた。


「この木刀も特別製でさ。とある神木から削り作られたんだよ。……だから結構頑丈だし、一般で邪法と呼ばれてるものなら打ち消せる」


 その言葉と共に、木刀を引き抜かれた男はゆっくりと崩れ落ちていった。


 ◆


「何度も謝ってるのに、ビンタしなくてもいいじゃないか」

「うるさい」


 顔に紅葉型の手形を残しながら、歩きながら涙目で『姉さんにもブタれたことないのに』とのたまっている翔吾を無視して、実里は工場奥の地下室を探し回る。

 目的は人魚の少女と黒幕の手がかりだが、一向に手掛かりは見つからなかった。

 途中、拘束具と大量の血痕がついたベッド……人形の製造していたと思わしき場所を見つけ、実里は最悪の事態を想像をしながら、吐き気をこらえつつも妖力の痕跡など入念に調べたが、あの子がそこに寝かせられた形跡は見つからず安堵した。


(もしかしてまだ一人で逃げているの? ううん、楽観視は禁物か。他のアジトで監禁されてる可能性があるし)


 気になるといえば、建物に入ったというのに外のように見張りの兵士がいるどころか、侵入者迎撃用の罠の一つも見受けられないというのもおかしかった。既にこの施設は廃棄された後か、もしくは……

 と、そこまで考えた後、実里はふと視線に気づいて、その視線の主である翔吾に声をかける。


「何か、文句でもあるの?」

「うん、よく家族でもない知り合って間もない相手に対してそこまで必死になれるなって。……いや馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。普通に羨ましいなって」

「羨ましい?」

「あぁ別に大した話でもないけどさ……」


 翔吾が何か言いかけた所で突然違和感を感じて黙り込む。だが、それは実里も同じことだった。いや、彼女の方が事態を正確に読み取れている分、自分たちを取り巻く状況の深刻さに対する絶望は強かった。


 床が、いや、建物自体に突如激しい揺れが襲った。改めて辺りを見回すと、いつのまにか天井、壁面、床下とありとあらゆる場所に幾何学の紋様が浮かび上がっている。紋様が輝きを増せば増すほどに揺れが激しくなっていくのは気のせいではないだろう。


「抜かった。こんな奥地に誘い出されるまで気付かないなんて……」

「一応聞いておくけど何が起動したの?」

「自爆術式」


 この地下室だけではない。相手は外の工場跡全体はもちろん、外で打ち捨てられた人形男たちに至るまで、徹底して証拠隠滅を図るつもりであった。


「ちくしょう」


 無念そうに短くそう呟いた実里を翔吾は有無も言わさず、抱え込み、脱出を試みる。


 数分後。工場跡地は大きな地響きと共に崩壊して、近所の通報で消防車やパトカーが呼ばれ大騒ぎになるのだが、そこには遺体はもちろん魔力(霊力)、妖力と一切の痕跡すらも見つからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ