表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第二章 魔女と人魚
34/82

閑話 大人たち

 足元すらロクに見えない広く薄暗いトンネルのような通路を男は迷いなく進み続ける。

 設置された照明は古いのかしかりに点滅し頼りない。まさに一寸先は闇とも言うべき状況だが、男の足取りは依然としてしっかりしたものだった。


 その男はスーツを着込んでいるが、それ越しでもわかる筋骨隆々といった体つきに加えて、熟練差を感じさせる彫りの深い壮年の顔つきに隻眼の上に眼帯をつけていた。その明らかに堅気ではないと思わせる風体からは尋常ではない威圧感が滲み出ている。


「この有り様はどういうことだい、鈴城君?」


 だがそんな近寄りがたさを放つ男に対して、ふと気安い言葉が不意にかけてくる者がいた。 

 しかし、その一言で男が纏っていた威圧感ともいうべき空気はあっさりと破壊されてしまったが、男は特に気にした風でもなく声のした方に振り返る。


「あなたですか……」

「ちょっと、ちょっと。そんな怖い顔で睨まないでくれよ」

「? 特に普段と同じ表情ですが……」


 そこにいたのは白い着流しの上にマフラーと黒い外套を羽織った眼鏡の老人だった。どこか捉えどころのない世捨て人のような印象を与える老人だ。しかし、顔に浮かべる表情こそ人好きのする笑顔であるが、眼鏡の奥の眼光は猛禽類のように鋭い。

 老人は気を取り直したように本題に入る。


「例の異形売買組織。君から潰すのに協力してほしいっていうから、ウチの若い子らの経験値稼ぎも兼ねて派手にやろうとしたのにまさか先客がいたとはねえ……。一応聞いとくけど、これ君の仕業じゃないよね?」


 鈴城と呼ばれた男はやや不快気に即答した。


「流石にここまで趣味は悪くありませんな」

「それじゃあ源治の阿呆が先に来てやり過ぎたとかかな?」

「あの人が? 有り得ません」


 鈴城はかつての大恩ある師を疑われてますます機嫌を悪くしたが、老人はあえて無視する。自分もあの阿呆がやったとは本気で思ってはいない。いちいちこの程度の冗談で不貞腐れられてはかなわない。


「昔の師匠を悪く言われて怒っちゃったのかい? そもそも一応僕だって君の師に当たるんだけどなあ……」

「別にそっちの話ではありませんよ。貴方と彼の仲の悪さは知っていますし。私はただ純粋にこの場所に嫌悪感を抱いていただけです」

「そりゃあ……まあ、無理もないか」


 彼らはそのまま視線を自分の足元に移すと、そこには死体という死体が撒き散らかされていた。

 撒き散らかされるというのは、そのままの意味だ。手足、内臓、骨。水溜まりのように滴る血だまりと共に、人体のありとあらゆるパーツがばら撒かれていた。


 それらはかつては人であり、人であった頃は妖怪、妖精、もしくは力の弱い神を捕獲し、好事家に売るという違法組織であった者たちだ。


「……流石に同業者の仕業っていう線は薄いかなあ。はぐれの可能性は否定できないけど、それでもこここまで好き勝手できる奴なんて国内でも数えるほどしかいないし、僕の知る限りコレはそいつらの趣味からもかけ離れているからねえ」


 変わらぬ鋭い目で検分を始める老人に鈴城は自分の意見を口にする。


「こいつらが捕まえていた妖怪が暴走したというのは?」

「それも薄いかな。さっきウチの子たちが牢を見てきたらしいけど、ここと同じ感じだったそうだよ。単に見境なく暴れただけかもしれないけど、ここまで派手にやれる奴がこんな連中にあっさり捕まってたとも思えないしねえ」

「人も妖怪も見境なしですか……」


 濃密な死の臭いが蔓延するその場所で、いくらか不快気な色を表情に浮かべながらも、意見と考えを交わし続ける二人。それだけで彼らが相当の場数を踏んできている事への証明であった。

 

 やがて、老人の方はふと何かに気付いたようにふむと口元に手をやる。


「どうかしましたか?」

「うーん。やっぱりこのやり口は西洋の魔術に似てるかなあ……」


 厄介事を潰すつもりが、さらなる面倒事を見つけてしまい、老人は疲れた顔をしながら言葉を続ける。


「しかもうんとタチの悪い死霊術の使い手。この手の奴等はねえ、よく使い魔作ったり、儀式をするために、必要な材料を揃えるためによく殺しまくるんだよね。しかもできるだけ足のつかないようアングラな連中や妖怪を狙ってさ」


 反吐が出るほど合理的だ、と吐き捨てるように老人は言う。


「これもそうだと?」

「とにかく今は一人でも多く人手が欲しいっていう感じかな。多分、近いうちに何かやらかすかもしれないね」


 そこまで言うと、老人の懐からいきなり白い鳩が飛び出してどこかに飛び去ってしまった。老人はそれが通路を器用に滑空していくのを見送ると、今度はいつの間にか自分の後ろに立っていた水干を着た男に目配せする。すると水干の男は軽く頷き消えてしまう。


「今のは?」

「式はお役人様への経過報告、部下の方はこれをやった奴の追跡かな。とりあえず僕自身は最近この国に術者が入ってきてないか、調べてみるとしよう」

「大変ですな」

「全くだよ。お役所勤めも楽じゃないさ。……とにかく僕らも僕らで頑張って追いかけてみるから、そっちも備えだけはしておいてね? 一応君も僕も退魔師の組織の長なんだからね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ