第二十九話 いつもの人たち
「そんでウチに来たってか。事情はわかったけどよ」
顛末を話し終えた獺と岸涯小僧は恐縮で座ったまま固まっている。
「それでなんでウチに来るんだ! ここは駆け込み寺でもなければ非難所でも託児所でもねえぞ!?」
座布団にドカリと座り込んで茶を啜りながら額に青筋立てて憮然とした表情でいる少年、夜帳拓郎。彼が座る丸いちゃぶ台の向かい側には獺と岸涯小僧が居心地が悪そうに正座していた。
「そりゃまぁ……」
「申し訳ありませぬ」
突然、真夜中に祖父の源治の昔からの友人である妖怪たちが急に訪ねてきて、運んできた年端もいかない少女をしばらくの間匿ってやってくれないか、と言い出したのだから無理もないかもしれない。
「そもそもウチなんかよりも頼れるところとかもっと他にあるだろ!」
ウンザリとした口調で言う拓郎に対して獺と岸涯小僧はいやいやと首を振る。
「いかにここが妖怪と共存するこの街といえど、妖怪関係での案件だあるならば人間の警察はアテになりませぬし、我らの知る限りにここ以上に適任な所はないと思った次第です」
「オラたち、そこらの退魔師の連中は信用できねえけど、源治さんは信用してんだ。元退魔師だけど現役時代から色々と助けてもらったからなぁ」
「なにより孫である貴方もかの九尾の血を引く御息女を強硬派の退魔師たちから守りきった立役者ではないですか」
彼らは褒めているつもりかもしれないが、こちらとしては厄介事を押し付けられているようにしか思えない。そもそも彼らの話は色々と誇張されているし語弊が混じっている。
あの戦いでの貢献者は騒動の大元を叩いてきた祖父である源治(認めるのは癪だが)であるし、そして彼女を助けるために集った妖怪たちだ。拓郎個人はその御息女様を助けようとした結果、我を忘れて暴走して逆に助けられたという有り様だ。
「なにより、前にこの家に遊びに来た時は……」
「うむ、困った事があればいつでも相談しに来いと言ってくれたな」
「少なくとも俺は言った覚えはないぞ」
そう言って拓郎は横の二人を睨みつけた。
「ヒュー」
「……」
「おい、シズクとそこのジジイ、こっち向け」
当の祖父の源治と例の御息女様である緋暮シズク。前者は何か悪い事を言ったのか、と言わんばかりの開き直りの態度を見せており、後者の少女は吹けていない口笛を吹きながら目をそらしている。
「とりあえず他を当たれ。ウチは知らん!」
「な、何を言ってるんですか、拓郎君! 困った時はお互いさまじゃないですか!」
「そうじゃ、そうじゃ。ほんに冷たい男じゃのう」
拓郎の態度に憤慨する二人、完全に反省の色なしである。
「それで毎度トラブルに巻き込まれてりゃあ世話ねえんだよ!」
「じゃあ拓郎君はあの女の子を見捨てろっていうんですか?」
痛い所を突かれた拓郎はうっと言葉を詰まらせ、思わずシズクと共に居間の隣の部屋に目を向ける。ふすまの戸は半分開いており、そこから布団に寝かされた幼い少女が見えた。
現在もつきっきりで少女の容体を見ている雪女の冷奈さん曰く溜まりきった疲労による気絶との事だ。どうやら獺たちに見つかるまで相当に疲弊していたようだ。
拓郎としても、彼らの言うとおり頼りになる所がここしかないのであれば、こんな状態の子供を見捨てるような寝覚めが悪いことなどできようはずもない。
突っ張っていても根底がお人好しであるためか、拓郎は意地になってしまっているのもあってか、苦々しい顔で何もいい消すことができずに不貞腐れるように俯いてしまう。
「拓郎君は私を助けようとしてくれましたよね?」
「そうだね……」
「私はとても嬉しかったんです」
「さいで……」
シズクはいまだに俯いた拓郎の顔を無理やりに上げさせて、真っ直ぐに目と目を合わせてくる。
「今度は私があの子を助けたいんです。それが理由じゃダメですか?」
「別にダメとか言ってないし、俺は単にこいつらの厄介事を全部ウチに押し付けようとする態度が気に入らないだけだし……」
どうにもシズクに対して強くでれない拓郎は親指で獺と岸涯小僧を指さした。矛先を変えようとしているのは明らかである。実に情けない。
「兄ちゃん尻に敷かれてるー。ダサーイ」
「助けるのは異存ないんだね。素直じゃないなあ」
少女が寝かされている部屋の側の開いたふすまの横側から妹弟の湯那と涼太がひょっこりと顔を出すが、冷奈によって『お話の邪魔をしてはいけませんよ』と引き戻される。
「いや、何も全て押し付ける気はありませんぞ? こちらもできる限りは協力させていただく」
「おいおい! まだ関わる気かよ!?」
心外だとばかりに獺は協力を申し出るが、岸涯小僧は驚いたように声を張り上げる。獺はともかくこっちの方は押し付ける気マンマンだったようである。
「乗りかかった船だ。このまま彼らに放り投げては気持ち悪かろう。……まずは明日にでも我らは人手を募り、がしゃどくろを見た場所に参ろうかと思います」
「勝手に決めんな! オラは絶対行かねえからな!」
「人手のアテはあるのかのう?」
「廃寺の死霊たちならば手を貸してくれるかと。気の良い奴等でありますし、なによりがしゃどくろ同様に元は同じ死霊、相性も良いでしょう」
「朝間さんちの巫女様に力を貸して貰ってはどうじゃ?」
「いや、彼女は……」
「神職の彼女らとは関わりたくはないか? あくまで彼女らの立場は中立であり使命は退魔でなく街の秩序じゃ。そこらの退魔師たちよりも信用できるはずじゃぞ?」
「なるほど……」
「オラを無視すんなや、コラァ!」
勝手に話を進める獺と源治に岸涯小僧はぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるが二人とも全く意に介さない。
拓郎はそんな岸涯小僧に対して『この勝手に巻き込まれてる感少し前の自分に似てるなあ』と同情と共に妙なシンパシーを覚えているのだった。
「とりあえず調べものはこちらでやりますので源治殿らはあの娘の世話をお願い申す」
「うむ、なによりあの人魚じゃからの。シズクちゃんとは別の意味で事を慎重に運ばねばなるまいて」
一転して真面目な顔つきになった源治と獺の話を聞きながら、拓郎は隣で眠ったまま一向に目覚める様子のない少女に目をやる。
人魚。
美しい女性の上半身と魚の下半身を持つ半人半漁、一般のイメージだとそんな感じだろう。だが彼女らほど地域や国によってイメージが変わる者らもいない。
拓郎は小さい頃、人魚姫の童話を聞いて人魚に対する夢で目を輝かせていた所に、意地の悪い笑みをした父に東洋の人魚……角を生やした人面魚や上半身の獣成分が強めだったりする絵を見せられた事がある。以来、今でも軽くトラウマとして拓郎の中で刻み込まれている。
(西洋との交流によって今のイメージになったって聞いた時、国際化万歳と思ったもんだ)
実際、この世界においての人魚は多様な側面を持ち合わせている。人に近い姿で静かに暮らすもの者らもいれば、海難事故を起こしては獰猛に人を襲い喰らう者らもいる。だが、どちらも元を辿れば祖は同じ存在らしい。
だがこの少女は完全に太腿の鱗以外は魚の部分はまるで存在せず、人そのものである。彼女の容体を見ていた冷奈もここまで人に近い個体は珍しいとのことだ。
「この子も私と同じなんでしょうか……」
ふと隣のシズクが少女を見ながらポツリと呟いた。
災厄を招く怪物とされる一方で人魚の伝承の中には肉を食べると不老不死になるとか、涙が真珠になるといったものがあり、稀に存在するそれこそお伽噺に出てくるような美しい個体が存在することもあって、いつの時代でもその手の好事家たちに狙われているそうだ。
かつてはシズクもそんな好事家たちから珍獣として、退魔師たちから害獣として狙われたのだ。彼女としても思う事があるのだろう。
「だとしたらお前が向き合ってやればいいだけだろ」
「……」
もしもこの子がシズクと同じであるならば、同じ苦しみを持つ者同士、痛みや苦しみを分け合えるかもしれない。それがただの慰めでしかないとしても、一人で苦しむよりはずっといい。
シズク自身がさっき言っていたではないか、『今度は自分が助けたい』と。
「言った事の責任ぐらいはとれよ?」
「はい!」
シズクは力強く頷く。
その一部始終を覗いていた鵺が縁側で笑いを噛み殺すようにクックッと唸っていた。




