第二十七話 鍋どこいった?
この章でキャラを全て揃わせたいです。……できるだろうか?
燈現市に滞在することになった翔吾たちが真っ先にすべきことは居住地と職場の確保だった。
住処はそれぞれ全員分のマンション、借家など住宅地の確保はできた。
退魔師としての職場も都市部のとある貸しビルのフロアを丸ごと借りて、そこに新しい事務所(支部)として居を構えることになったのだが、彼らは一通りの引越し作業を終えて日も沈みかけた頃、なぜか社員らの中の誰かが引っ越し祝いのパーティーをしようと言い出した。
「どうせならさー。鍋にしようよ」
「なんで鍋?」
「だって季節的に丁度いいし、なによりそっちの方がにぎやかでいいじゃんよ」
「まあ、ウチは人も多いしね」
「私どうせなら海鮮鍋がいいなあ……」
「俺はちゃんこがいいな!」
「どうせ鍋一つじゃ足りねえし、複数用意しようぜ」
「それ以前に材料足りなくない?」
ヒートアップする彼らを止めようとした友香も最後には『白菜がないとダメよ!』と彼らの波に埋もれながら喚き出す始末だ。
そして案の定材料が足りなくなり、じゃんけんに負けた翔吾が急遽買い出しに来たという経緯である。
「さて、この状況はどういうことなんだろう?」
帰路につく途中、妙な霊力を感じたため、辿ってきたのだが、そこには骨の巨人と木の巨人が取っ組み合いを始めており、そのすぐ近くでは自分と同じぐらいの年齢の少女がコートの男に足を掴まれ、逆さ吊りにされていた。
思わず体が動き、少女の方を助けてしまったのだが、いまさらになって少しばかり後悔し始めていた。
なぜならこの街では妖怪や霊能者といった存在は溢れかえっており、見た目だけでそういう判断をしてしまうのは浅慮と言う他ない。
(実はこの少女が実は巧妙な術で凶悪な妖怪が化けたもので男の方はそれを捕えようとした同業者であったならどうしよう?)
考えれば考える程不安になってきたので、いっそ当人らに事情を聞いてみようかと思っていたら、男の方に変化が起こった。
具体的にいうと翔吾に折られた腕をボグンという音と共に元の状態に戻した。やがて男はゆっくりと翔吾に向き直る。翔吾の姿を映すその目は何の感情も見えないまるでガラス玉のような目だった。
(……あれ?)
なぜか妙な既知感を感じた翔吾はもしかしてどこか知り合ったことがあったかと、思わず話しかけようとするも、次の瞬間に男は翔吾の目と鼻の先まで迫っていた。
「うわあ!?」
遠巻きからさっき男がいた場所には蹴り砕いたような抉れた跡が地面に残っていた。どうやら脚力一つでここまで飛んできたらしい。
男はそのまま抜き手を放つが、翔吾は僅かに右にずれて回避する。だが男は絶え間なく手刀による連撃を繰り出していくるも、それでも翔吾はたまに頬をかすらせながらも紙一重で避け続ける。
その上でなお彼は男に話しかけ続けてみる。
「ねえ、もしかしてさっき骨を折った事を怒ってるのかい? だったらごめんよ。でもこんな山中で女の子を逆さ吊りにされてるのを見たら誰だって止めに入ると思うんだ。もちろん君らが恋人同士でさっきのも特殊なプレイの一環だったという可能性もなきにあらずだけど……」
「んなわけないでしょうが!」
気付けば蚊帳の外にされて、逃げる機会を窺っていた実里は思わぬ風評被害に突っ込みを入れてしまった。彼女にだって乙女としてのプライドがあるのだ。
「え? じゃあ猫パンツは被害者なのかい?」
「そうだけど……『猫パンツ』? おいコラ、それもしかしてアタシの事じゃないよね!? 見たの!? ねえ、見たの!?」
聞き逃せないワードに羞恥で顔を赤らめる実里に対して翔吾は無神経かつ傲岸不遜を地で行く彼にしては珍しく、申し訳なさそうな顔で思った事を正直に口にする。
「はっきり言ってその歳でプリントされた下着はどうかと……」
「死ねえ!!」
心からの叫びと共に実里はポケットから種を翔吾たちに向けてぶちまけた。先程の木の巨人を呼び出したものとは違う。大きさはビー玉ぐらいの丸々とした黒い球状のもので、率直なイメージで言うならそれはまるで爆だ……
辺りに爆発音と共に煙と風が吹き荒れる。
すんでの所で爆発を逃れた男は燃え移ったコートを脱ぎ捨てる、それでも顔面の皮膚が焼け爛れているが、彼は特に意に介さず状況の確認を始める。
爆発に一帯に一気に炎が燃え広がったと思っていたが、見回すと火の類はどこにも見えなかった。どうやら最初の爆風以外はただのまやかしだったらしい。
ならば、今のであの小娘と小僧は逃げてしまったのか。
そこまで考えると、向こうの方でがしゃどくろと戦っていた巨人も動きを止めて大きく奮えると共に巨体の輪郭がほぐれ崩れ始めた。木々が巻きつき組み合っていたその体は、やがてそのまま蔦や枝葉に戻っていき、最後には実里が初めに撒いた種の分の数だけの芽に戻ってしまった。
それを見た男は目だけで相手を失った巨大な骸骨に合図を送る。すると骸骨は音もなくスッと夜の闇に溶けて消えてしまった。
男も身を翻すが何か気になるのか、もう一度振り向くが、やがて諦めたようにかぶりを振って姿を消してしまった。
「いったのかい?」
「みたいね」
男が消えて10分ほどたった後、そんな会話と共に翔吾と実里が姿を現した。実里の手には木彫りの人形が握られていた。よくみるとその人形には全体に文字が彫られており、おそらくそれが何かしらの効果をもたらしたのだろう。
「便利な術だねえ」
「……それほどじゃあないよ」
素直に感心する翔吾に対し素っ気なく返す実里。彼女はそのままそっぽを向いて歩き出す。掴まれた方の足は痛むがそんなもの気にしてはいられない。もしもあの男があのままあの少女を追いかけていったのだとすると大変だ。早く奴等よりも早くあの子を見つけなければならない。
あの少女に刻一刻と危機が迫っていると思うと気が気でない。思わず奥歯をギシリと軋ませる。
「待ちなよ」
「……何?」
急いでる実里は煩わしそうに翔吾を睨む。
「君のその足、怪我してるよね? 多分さっき掴まれた時、軽く痛めたんじゃないかい?」
「だったらどうするの?」
「事情は知らないけど良ければ手伝ってあげようか?」
「は?」
実里は一瞬目の前の少年が何を言っているのかわからなかった。
「アンタが何を言ってるのかがわからないんだけど」
「そのままの意味だから深く考えなくてもいいよ? 父さんや姉さんからも困っている人がいたら助けてやれって言われてるし、そもそもそれが僕らの仕事だからさ」
朗らかな笑顔でベラベラと好き勝手喋り続ける翔吾に対して実里はひとしきり黙って聞きながら、目の前の少年について熟考した。この少年の最初の名乗りを思い出してみる。確か退魔師、人に仇なす魑魅魍魎を相手にする荒くれ者(個人の偏見が混じっているが)たちだ。
正直味方とすれば心強いだろう。
(だけど信用できるの?)
そもそも退魔師というの存在自体ピンキリなのだ。あくまで祓い清めるという分野に特化した祓い屋から異形という異形は一切の容赦なく殺し狩り尽くす血に飢えた狩人まで。果ては半端に習得した術で悪事に手を染める者までいる始末だ。
祓い屋ならまだ良い、もしも狩人だったら最悪だ。なぜなら実里が迎えに行かねばならないあの子も他でもない妖怪……異形の者なのだから。
生憎と、後ろから刺される可能性のある人間を味方に据える程、自分は度量や器がある訳ではない。
しかし、自分に戦う力が残されていないのも事実だった。たった一度の戦闘で足を負傷し魔力も使い切った。まだ奴らの戦力もわからない。このまま戦いを挑んでも早々に返り討ちにあうのがオチだろう。
多少のリスクを負ってでも戦力が必要かもしれない。
(毒を食らわば皿まで……ね)
彼女は決心する。
「東雲実里。もうわかってると思うけど魔女だよ。……よろしくね、退魔師さん」
「鈴城翔吾。通りすがりの正義の退魔師さ。よろしくね」
自己紹介をする彼女はゆっくりと手を伸ばして、改めて名乗りを上げる翔吾は笑顔で強く握った。




