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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第二話 帰路につく

 その後、無事に表通りに抜けた拓郎はシズクに簡単な道だけ教えて、別れようとしたが……


「だから、なんでそこの突き当りを右って教えたはずなのに左に曲がるんだよ!」

「別に間違えたわけじゃありません! ホラ! ちょっとのそこの美味しそうな屋台を覗こうとしただけなんです!」

「そのまま夢中になって教えた道を忘れるパタ―ンじゃねえだろうな!?」


 この通り、興味本位ですぐにフラフラと寄り道をする始末で、危なっかしい事この上ないため、拓郎はやむなく彼女の目的地まで道案内する事にした。


「ところで夜帳君は学生ですよね。案内してもらってる私が言うのもなんですが家の人が心配するんじゃないですか?」

「心配すんな。そんな殊勝な奴、ウチにはいねえよ」

「どんなご家庭なんですか……あ、火の玉があんな近くに!? すごい! 本物?」


 どれもこれも初めて見る為、興奮しながら低空飛行をする火の玉をなんとかして触れようとするシズクの首根っこを拓郎は引っ掴む。


「もう少し大人しくしててくれねえかなあ……」

「あうぅ。放してくださいよう」


 シズクは首の拘束を解こうとパタパタと手足をバタつかせるも、やがてあきらめたように動きを止めた。彼女の真上には、オレンジ色から完全に黒い夜空が広がっており、雲に遮られた星に代わり、いくつもの赤と紫の火の玉や宙に浮かぶ提灯がユラユラと揺らめいている。

 まるで今宵の夜の主役は星ではなく我らだと言わんばかりに、彼らは篝火となって夜空に灯りをともして彩っていた。

 

 そんな幻想的な光景にシズクは見惚れている。


「はぁ……、綺麗ですね……」


 シズクの感嘆の呟きに対して、拓郎はつまらなさそうに答える。


「そんないいもんか? あれ実際は人魂だったり妖怪だったりするんだぜ。死んだ人間の魂とか妖術で生まれた炎とか、普通は薄気味悪いと思うのがもんじゃね?」


 この街で育った者にとってはよく見る光景なのであろうが、あんまりと言えばあんまりな言葉で切り捨てられたシズクは不機嫌そうに頬を膨らませる。


「……もういいです」

「お、おい。いきなり足早めてどうしたんだよ。つうか、また道に迷うぞ?」

 

 足早のシズクに追い越された拓郎は何が彼女の気に障ったかわからず、首を傾げるばかりであった。


「だから待てってば!」

「うるさいです! ここから先は私一人で十分ですから着いてこないでください!」

「いや、そこの突き当り逆に曲がるんだけど……」


「……」


 顔を真っ赤にしながら、無言で戻ってくるシズク。


「今のはボケという奴です」

「そんなボケいらねえ」 


 この後もシズクはすれ違う鬼を追いかけたり、尾が別れた猫に話しかけるなどして、寄り道をしまくって迷いかける。その度に拓郎は彼女の腕を掴んで引っ張るという事を繰り返した。

 拓郎はまるで小さな子供を連れた母親のような気分になりながらも、彼女から借りた地図を頼りにようやく目的地まで辿り着く。


「ここで間違いないのか?」

「いやですね。夜帳君も一緒に何度も確認したじゃないですか?」

「途中から身に覚えがありすぎる道だ思ってたんだよなあ……」

「まあ、私はあなたの苗字を聞いてもしかしてと思っていたわけですがね。なるほど縁とは奇なものですね」


 うんうんと一人頷くシズクをよそに拓郎は到着した古い木造建築の一軒家の前で拓郎は頭を悩ませる。


「もしかしても何もここ俺んちなんだよなあ」


 乾ききった笑いを浮かべる拓郎に対して、シズクはどこまでもマイペースだ。


「いやあ、不思議な偶然もあるものですね」

「意外と順応性高いな、アンタ……」


 そんなシズクに拓郎は呆れつつも、その際に自分の吐いた溜め息の真っ白さを見て、すっかり日が沈み込んで冷え切っていることを思い出して、身震いしながらシズクを家に促す。


「話は家で聞くからとりあえず上がれよ。お茶くらいは出すしな」

「はい、今後ともよろしくお願いしますね」

「『今後とも』? ……ちょっと言葉のニュアセンスおかしくないですかね?」

「本当に何も聞いていないんですか?」

「何の事……ごふぇ!?」


 そのまま拓郎は家に入りながら会話を続けようとするも、襲い来る衝撃で突如として打ち切られた。

 バタンと勢いよく玄関の戸が開いて中から出てきた一人の老人はそのまま玄関前に位置していた拓郎を勢いよく蹴り飛したからだ。


「よ、夜帳君!?」


 さすがのシズクも思わぬ事態に驚きを隠せぬようで、大の字にして地に伏せった拓郎に、悲鳴混じりに呼びかけてみるが、ピクリとも動かない。一方の元凶たる老人は倒れている拓郎に対して、容赦ない罵声を浴びせる。


「さっきからうるさいわい、このバカ孫め! いつまで家の前で騒いどるつもりじゃ! 近所迷惑じゃろうが! 帰ってきたら帰ってきたと……む?」


 老人はようやく家の前に立っていたシズクの姿を確認して、考え込むような仕草をするのも束の間、やがて合点が言ったように、手をポンと叩いて破顔する。


「もしやお前さんが話に聞いていたシズクちゃんかい?」

「え? あ、はい。そうですけど……」

「いやあ、遠路はるばるよく来たのお。ほれこんな所に立ってちゃあ風邪をひくぞ。早く家の中に……ごぶぁ!?」


 老人の先程までの拓郎への態度と比べてのあまりの豹変ぶりにどう対応していいかわからず、混乱を続けるシズクだが、老人は後ろから復活した拓郎にしがみ付かれ締め上げられる。


「ぐぶお? な、何をしおる拓郎!?」

「そりゃあこっちのセリフだ。いきなり何をしやがるクソジジイ!」

「馬鹿な……、復活が早い。ふっ成長したな。孫よ」

「何、遠い目をしてやがる! その実の孫を足蹴にしていう事がそれか!」


 口ぶりから察するに二人は孫と祖父の関係らしい、それにしてはいささかアクティブに過ぎる家族の交流にシズクは固まっていたが、やがて気を取り戻すと、このままではいけないと静止を呼びかける。


「あ、あの……二人とも、とりあえず喧嘩はやめて、落ち着いて話し合いま……」


 だが、無情にもシズクの声など彼らの耳には届かない。拓郎とその祖父らしき老人は、そのまま罵り合いながらプロレスばりの取っ組み合いをおっぱじめる。


「「うおおおおおおおおおおおお!!」」


 老人は己の孫でも容赦なしの巧みな関節技を繰り出すが、拓郎はそれを完全に極められる前にするりと抜けて、己の祖父である高齢の老人に一切の容赦なしの全力キックを喰らわせる。


「ごぶっ……なんてな!」


 だが胴に直撃したはずの老人は寸前に後ろに飛び上がりダメージを軽減していた。そのまま拓郎の両足を掴み上げ、捻り上げて地面に叩きつける。

 拓郎は靴を脱いで祖父の手から逃れて起き上がり、再び体勢を立て直して掴みかかる。



「オラア!!」

「ホアタァ!!」



 その後も、いささか過激すぎる祖父と孫によるスキンシップは、20分ほど経過して互いに体力が尽き始めた辺りで、ようやく鎮静化の兆しを見せ始め、さらに5分程経過した所で二人はぜいぜいと息を切らして仲良く地に寝そべっていた。


「腕を上げたのぅ……」

「手前はいつまで経っても変わんねえな……」

「カカ、口も減らんときたもんじゃ!」


 満身創痍といった面持ちの彼らは互いの健闘を讃えあうような空気を作っている一方で、シズクはというとリュックから文庫本を取り出して読みふけっていた。


「あ、終わりました?」


 そこでようやくケンカが終わった事に気付いたシズクは本をパタンと閉じる。


「あんた、結構余裕あるな!?」

「なんかもういちいちリアクションするのも馬鹿馬鹿しくて……だったら徹底的にやらせて動かなくなるのを待とうかなと」

「あんた、結構容赦ねえな!?」


 さっきまでのトボけた天然少女から一転、冷たいくらいにこやかな笑顔で返してくるシズクに拓郎は、ブルリと背筋を震わせる。さっきまで街の夜景でハシャイでいた少女と同一人物とは到底思えない。


「それに、こちらの静止も聞かずに、暴れてた人に言われたくはないですよ」


 どうやら彼女も彼女で心配して、怒っていたらしい。これ以上の言い争いはこっちが不利になる予感がした拓郎は傷む身体を起こして立ち上がる。


「ったく帰って早々エラい目にあったぞ……」


 そう言って、後ろでいまだに大の字で寝転がっている元凶を睨みつけながら毒づく。対して元凶であるジジイは自分は悪くないと言わんばかりに、寝転がりながら不貞腐れている。


「いい年して何ハシャいでやがるんだ……」

「なんじゃい! 少し派手なスキンシップでからかっただけじゃろ! こんなことで泣く奴が悪いんじゃ!」

「泣いてねえし、いじめっ子の言い訳か! というかさっさと起きろ。どっちが近所迷惑だ!」

「断る!」


 まったく反省の色が見えない祖父に呆れつつ、これ以上は時間の無駄と判断した拓郎はシズクを伴い家に入ろうとする。しかし祖父は不意に後ろから拓郎を呼び止めた。


「ま、待て! え? 本当にいっちゃうの? ゴメン、孫よ。実は腰痛くて立てんの。……肩貸して?」

「そのまま寝てろ!」


 怒鳴り返し、そのまま本気で放っておいてやろうかと思ったが、一足早くシズクが肩を貸してしまっていたため、仕方なしに自分ももう片方の肩を貸すことにする。優しいのか、優しくないのかわからない娘である。


「こんなジジイ放っておいても良かったんだぞ」

「いや、そんなわけにもいきませんよ。これからお世話になるんですし」


 だからそのお世話の意味が分からないのだ、拓郎は誰でもいいから説明を求むとばかりに、空を仰ぎ見るも、広がる夜空は何も答えず、ただ色とりどりの篝火が舞うばかりであった。

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