第二十一話 バカ騒ぎしてる場合じゃない
なんか調子が悪いので後で加筆修正すると思います。
「くらえ!」
冷奈の氷の刃から繰り出される袈裟切り、それを友香は僅かに後ろに下がり紙一重の距離で避ける。
だがそれは罠、冷奈は力を込めて大気中の成分を凝結により氷刃を拡大。
リーチの長くなった剣閃の範囲内に入れられた友香の首はそのまま斜め一閃に切り捨てられるも、しかしその宙に飛んだ友香の首は微笑を浮かべていた。
(……手ごたえがない!?)
まるで靄を斬ったような感覚に冷奈は目の前の友香が幻術だと気付くも、真上からは苦無の雨が冷奈を襲う。
回避しようにも間に合わないと察した彼女は片手で氷による半円状の防壁を作り、まるで傘で雨露をしのぐようにようにそこに身を寄せる。
「そんな薄氷で防げると思っているの? ……まあ、関係ないけどね!」
だが、友香は攻撃の手を緩めない。彼女は既に苦無の雨をしのぐ冷奈の真下に移動しており、そこから両手に構えた忍び刀で襲い掛かる。その姿はさながら獲物の喉元に喰らいつく狼のようである。
「もらったぁ!」
「……そうくると思っていましたよ」
しかし、冷奈も同じ手が通じる程甘くはない。
友香の気配に気づいていた彼女は友香にめがけて氷の傘を丸ごと叩きつけようとする。友香は身を捻り躱す。
だが、その先に待っていたのは冷奈が彼女の隙をついて造りだした氷柱の槍の穂先。友香はそれを両手で交差させた小刀の刃で受け切る。
「チッ!」
「クッ!」
鎬を削り合う二人はここまで一進一退の攻防を繰り広げていた。それはずっと戦いが始まりずっとこの場に張り付けにされているという事だ。
お互い戦いを有利に運ばせる糸口が見つからずに苛立ちと焦燥を募らせる。だが、冷奈としてもここまでの使い手と戦うのは初めてであり、友香もここまで人に近い戦いをする妖怪と戦うのは初めてであった。
「妖怪の分際で随分と知恵が回るわね」
「あんまりな偏見ですね。泣いてしまいそうです」
言葉とは裏腹に冷徹な表情を崩さない冷奈に友香は内心舌打ちする。どうやら挑発にも簡単には乗ってくれそうにない。
彼女らは一度互いに距離をとり、戦況を確認するために辺りに視線を移し、この膠着状況を打破する材料がないか探してみる。どうやら彼女達だけではない。皆、泥沼の闘争が続いているようだった。
仮面をかぶった老人はいくつもの面を宙に浮かせ、それらの面は口から火柱や水流を吐き出し、妖怪たちを攻撃する。それに対し、河童やつるべ火も同じように水や火を飛ばして迎え撃つ。
小学生ぐらいの幼い少女が手に持った小槌を振り上げる。彼女がそれを振り上げるごとに周囲の退魔師たちの力は漲っていくはずだが、それに対し、首だけの犬や烏天狗が何やらブツブツと呟き、その効果を阻害する。
村田が折り鶴、紙風船、紙手裏剣、とありとあらゆる紙の式神を飛ばす。
それらは刃のように切り裂いたり、爆発するなどの術が付与されているでけでなく、強い妖力に対しての追尾機能を有しており自動で鵺に襲い掛かる。それに対して鵺は村田本人への牽制として口から瘴気を吐き出しながらも、獣毛をざわつかせ雷光を発して式神を焼き尽くすなど応戦する。
その他にも至る所で異形と人がぶつかり合い、怒号と悲鳴が飛び交う。この様相では自分への援護は期待できそうにないし、自分もできない。奇しくも同じ結論に辿り着いた友香と冷奈は改めて互いに向き直る。ならば自分にできることは一刻も早く目の前の相手を叩き潰すことだ。
冷奈と友香はそう結論付けて、再び激突しようとした次の瞬間、彼女達の持っていた武器が一瞬で霧散した。
否、彼女らだけではない。他の妖怪たちや退魔師らも持っていた武器が一瞬で消えたり、ひどい者はまるで力が抜けたように倒れ伏したりしている。
見ると、さっきまで相対していた冷奈も息遣いを荒くしてへたり込んでいた。絶好のチャンスであるはずなのだが、友香も手の持っていた小刀が錆びつき風化して崩れて使い物にならなくなっていた。それだけではない今もなお体中から霊力が吸い取られていくのがわかる。
一体何が起こったのか事態を確認しようとした矢先に、
『皆さん、こんばんわああああああああ!!』
キーン、と大音声で鳴り響く。
行動不能な状態の上に、鼓膜を震わせるスピーカー越しの大声に、皆は思わず声のした方向に振り向く。
そこには平らな草が生い茂る原っぱのささくれ立つ丘に巫女装束の少女がメガホン片手にふんぞり返っていた。
『いやあ、こんな真夜中までご近所の迷惑も考えずに暴れまくっちゃって、ヤンキーの抗争かってんですよ。え? 山間部だから大丈夫ですって? これぐらいの距離なら遠くの家屋まで音が響いてるんだっつーの、バーカ!』
メガホンに口を当て好き勝手に言いまくるのは長い黒髪の巫女装束の少女、朝間明日香。彼女の足元には二頭身の黒いイノシシなのか象なのかよくわからないぬいぐるみが二足で立ちながら、「お主のやってる事も十分近所迷惑だぞ」と突っ込む。
『アナタ達がバカ騒ぎしてるおかげで、私なんてこんな真夜中に叩き起こされて出張ってくる羽目になったんですよ! 夜更かしはお肌の天敵なんですからね!』
「いや、お主元々深夜ドラマとかで夜遅くまで起きてるであろうが。どうせ今日見てた奴も録画しておるのだ……痛っ!?」
余計な事を言おうとするぬいぐるみを明日香は片足で蹴り飛ばす。草むらの向こうへ飛んで行ってしまったソレに対して、彼女は特に気にかけず話を続けようとする。
すると当然、納得がいかんといわんばかりに双方から反発の声が出始めた。
「人間め、ふざけるな!」
「朝間の巫女だか何だか知らぬがでしゃばるな!」
「これは我らの問題です」
『はーい、そこの元気の良いジャリ共ー! お盛んなのは結構ですがもう少し目上の者に対する口のきき方を習いましょうねー』
小馬鹿にしたような明日香の口調に彼らはもう我慢の限界だった。彼らも譲れぬ誇りと信念の為にここに立っていた。それを目の前の二十歳にも届かぬ少女は一笑に伏した。
無論、殺すつもりはなかった。退魔師は無事であった拘束用の鎖の呪具を放ち、妖怪は一般人であるなら卒倒するであろう瘴気を含んだ煙を吹きつける。
「ですからねえ。そういうのをやめろっつってんですよ」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。ただ彼らは薄れゆく意識の中で巫女の真後ろに象とライオンを混ぜたような巨大な影を見た。
意識を途切れさせることなくその一部始終を見ていた友香や冷奈を含む他の者らは凍りついたように動きを止めていた。そこにいる妖怪たちは彼女とそのぬいぐるみをよく知っている。退魔師たちもこの街に入る際に、事前の情報として聞いていた。あの彼女の足元にいる存在は間違いない。
神獣、獏。
一瞬だけ見せたあの威容は間違いない。中国から伝わる悪い夢を喰らう神獣。全ての幻想を泡沫の夢と断じ、喰らい尽くす。術に携わる者、幻想その物である存在達にとっては紛れもない死神といっていい存在だ。
「まあ、本来の主食は鉄や銅だがな」
獏の呟きを無視して明日香は言葉を続ける。
「まあ、殺意がないだけ理性的で良かったわ。それに免じてちょっと寝込むだけで許してあげる」
昏倒した彼らを確認した明日香は少女としての素の言葉で呟いた。
朝間の巫女とはこの燈現市における裁定者だ。全ての幻想は彼女たちにその存在の在り様を問われる。故に彼女たちは代々この街において畏怖と崇敬を集められている。
そんな彼らの心情を知ってか知らずか、明日香は胸に手を当て一拍呼吸するとメガホンに口をつけ、もう一度だけ響かせる。
『ええー、今ここにいる方々はすみやかにケンカを中止して家に帰って寝てくださーい。妖怪も人も関係ありませーん。というかケンカ自体いけませーん。争いは何も生まないって親に習わなかったんですかー? 私はしょっちゅう姉さんから習ってますよ、主に拳で。……いつか見てなさいよ、あのクソ姉』
好き勝手に喋り倒す巫女に対して、ようやく状況に頭が追いついた友香は口を挟む。
「いままで九尾を放置していたくせに十分な言いぐさですね、朝間の巫女殿」
一応この土地一帯を守護する守護職に対しての一定の敬意を払いながらも、友香は抗議するも、明日香はどこ吹く風といった姿勢だ。
「別に放置してた訳じゃないですよ。ちゃんと見守ってました。むしろ彼女はアナタ達がかき回すまでは非常に良好な状態だったわけなんですがね」
「……いつ暴発してもおかしくない状態だったのでは? 事が起こってからでは遅いのです。その前に確実に対処する。それが我々の仕事です」
「おせっかいな使命感ご苦労様。それも結局無駄骨……いいえ、藪蛇になってしまいましたね」
「仰ってる意味がわからないわ」
「そろそろ、そちらのボス……社長さんから連絡が来るはずですよ? 詳しい話はそっち聞いて下さい」
明日香の言っていることを理解できない友香は思わず聞き返そうとするが、その前に彼女のポケットのスマホから着信音が鳴り響く。
友香は一瞬躊躇するも目の前の冷奈も既に得物を下げており、殺気も感じられない。おそらく彼女も土地守の巫女がやってきた以上はこれ以上の戦闘は無駄だと理解しているようだ。
それを確認した友香はゆっくりと送られてきた報告に目を通す。
「どういうこと!?」
意味が解らないと、友香がその内容を確かめる前に、ズシンと地響きが鳴り響いた。
何事かと慌てふためく妖怪たちと連続するイレギュラーに動揺を隠せない退魔師たち。
そして一泊遅れて、都市部の方向から遅れて濃密な瘴気が溢れだした。
明日香は背中にしょっていたリュックサックから手早く双眼鏡を出して瘴気のする方向を覗き込むと、それを確認すると、やがて彼女はやや真剣味を帯びた表情でもう一回メガホンをとる。
『すいませーん。皆さん、やっぱ帰る前にもう一回だけ一仕事していってくれませんかー?』
理不尽かつ訳の分からない事を次々と言い出す巫女少女にいい加減そこにいる全員が怒鳴り返そうとしたが、近づいてくる地響きの原因が視認できた者から次第に絶句していった。
『このままだと軽くこの街ピンチでーす』
既に双眼鏡を覗き込むまでもない。状況はなんとなく彼らでも理解できた。その方角からは巨大な黒いナニカが形状を変えながらも、あらん限りの咆哮を上げていた。




