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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第二十話 拓郎VS翔吾

雪村から鈴城へ名字を変更しました。ややこしくてすみません。

 次の瞬間、拓郎の右半身に巣食っていたソレは一斉に翔吾に襲い掛かる。

 髪切りの鋏が、赤舐めの舌が、鬼の腕が、犬神の牙が、化け猫の爪が、ありとあらゆる妖怪の部位が触手のように伸びて翔吾に迫る。


「醜いね」


 一言で切り捨てた翔吾は顔色変えずに襲い来るそれらを切り払う。


 最初見た時は面食らったが、所詮は有象無象、見る限り妖怪達の集合体のようだが所詮は寄せ集め、単純な力自体ならコレよりも大きい個体をいくつも相手取ったことがある。いくらでも対処は可能だ。 


 対して拓郎は無言で思いきり肥大化した黒い右腕を振り上げる。すると黒腕はさらに急激な膨張を初めて、大きく広げた手の平は上空から翔吾のいる場所に覆い被さった。


 公園ごと丸ごと叩き潰さんと真上から迫りくる大質量に翔吾は特に気にした風もなく剣で縦一閃に振り下ろす。巨大な手の平は右腕ごと真っ二つに裂かれる。だが攻撃は終わらない。二つに裂かれた右腕の断面は次の瞬間にギザギザのノコギリ状の歯型となって翔吾の左右両側から迫る。その異様はまるで影絵の怪物の咢のようであった。


「影鰐か。本当になんでもありなんだね」


 翔吾は素早く真上に飛び上がり回避する。ついさっき自分がいた真下からガチンと鋏がぶつかるような音が鳴る。あと一拍遅ければ自分はあの影絵に喰われていた事だろう。


「次はこっちの番だ。……破邪の祈りは弾け天鎚となりて降り注ぐ」


 拓郎がいまだ動いてはいない事を確認した翔吾は詠唱を行い、自分の周囲にいくつかの光る球体、光弾を生み出す。これは彼のあふれんばかりの霊力で聖剣の形状変化した粒子を無理矢理に凝縮したもので、凝縮を解くと勢いよく破裂する。いわゆる即席の爆弾だ。


「そら、お返しだ」


 そして、それらは彼が指を鳴らすと共に一斉に拓郎めがけて降り注ぐ。死を呼ぶ閃光の雨が拓郎達を襲う。


「さあ、抱きかかえているお姫様を守りながらどこまで避けられるかな?」


 響き渡る爆音と舞い上がる土煙。翔吾は次第にクリアになっていく視界に目を凝らす。するとそこにあったのは黒い繭のような塊だ。見た目のサイズからして人が一人、二人は入れるサイズである。


「僕もそれなりに万能だと自負してたけど、君も大概だね」

 

 なるほど防御にも転用できるのか便利な事だ、と素直に感心しながら翔吾はすぐさま手元の聖剣の姿を解いて純粋なエネルギーに変える。先程の光の玉とは比べ物にならない、大きな圧縮体。まるで小型の太陽のようである。これは昼にシズクに撃った技であり、あの程度の防壁ならばこの一撃で容易く撃ち抜けると翔吾は確信しての事だった。


「……ん?」


 それを撃ち出す直前に奇妙な事に気づいた。黒いドームの中から感じる気配がやたらと希薄なのだ。どういう事かより強く霊視してみようとしたその一瞬、翔吾の真後ろから迫っていた拓郎が右腕を今度は手と一体化した黒剣にして振り抜いた。


 翔吾は集中を打ち切り、背中をひねって、袈裟切りにされる直前をすんでの所で回避した。拓郎から距離をとる翔吾の肩からは血が滴っていた。


「昼間のお返しかい?」

「こっちは風穴を開けられたんだ。まだ足りねえくらいだよ」


 翔吾は口調こそ余裕そうであるが、冷や汗を流し息が上がっている。今のは危なかった。まさかこの手の妖怪に憑りつかれるなり、契約して力をつけた者はたいがい心が喰われ理性のタガも外れているものだが、この男はいまだに自我を保っている。言葉を返す分、どうやらまだ理性も残っているようだ。翔吾としては理性のない怪物が相手の方がやりやすかったのだ。


 見やると、黒いドームが溶け落ちて中からシズクと勘助の姿が見える。勘助はシズクの肩に怯えながらしがみつき、シズクはいまだに目の前で起こっている事を受け止めきれないのか。茫然と拓郎の姿を見つめている。


「彼女らを囮にしたのかい? 酷い事をするね」

「お前みたいな奴は面倒くさがって一気に吹き飛ばそうと大技を繰り出してくると思ってた。賭けだったのは認めるけどよ。……そん時は勘助が何とかしてくれたさ」


「過大評価も甚だしいっす!」


 外野の雑音を無視して翔吾は思考を巡らせる。彼の気を逸らすのもかねて彼女らにもう一度攻撃してみようかと思ったが却下する。拓郎のような手合いにそういった絡め手は逆効果であるのは、昼間の村田の惨状を見れば明らかである。彼のような輩の怒りによる爆発力は侮れないものがるものだ。


(さてどうするか……。ん?)


「まだだ……もうちょっと待ってろ!」


 思考を巡らせる翔吾をよそに、拓郎は自分の頭を押さえ息を荒くして苦悶の表情を浮かべる。見ると彼の体に黒い部分が広がっていた。黒すなわち憑りついた妖怪達は膨張させ浸食し拓郎を取り込み始めている。このままでは理性のない化け物へと転じるは時間の問題だ。


(それならこのまま長期戦に入った方が無難かな?)


 一刻も早くケリをつけねばと既に人からかけ離れた獣のような姿で拓郎は翔吾に襲い掛かる。案の定それは決着を急ぐあまりに隙だらけのお粗末な特攻だ。

 翔吾は光の粒子を聖剣に戻し刺突で応戦する。左腕を、両足の太腿を、赤い右目を、心の臓を、貫かれるも拓郎は構わず特攻する。穿たれた傷はすぐにその場で完治して、その度に拓郎の体の黒い部分は広がりを見せる。着実に人から遠ざかってきている。ならば簡単だ。完全な化け物に成り果てたその瞬間に全力の一撃を叩き込む。


(化け物退治は僕の専門分野だからね)


 改めて目の前の相手を見てみるとそこにいたのは妖怪と形容しがたい醜い化け物だった。黒一色で鮮明な姿はわからなかったが、いたるとこに羽やら角やら牙やら生えては引っ込むの繰り返しだ。赤い目だけが爛々と輝きこちらに敵意の目を向けている。


(もう楽にしてやったほうがいいかな)


 わずかに自嘲の色を滲ませながら翔吾はそこまで結論に至って聖剣を構えなおした。狙う部位は首。彼の理性が途切れる一瞬の隙をついて横一閃に振り抜く。


「さようなら。それなりに楽しかったよ」


 そんな何の気休めにもならない一言と共に拓郎は斬首された……はずだった。


 翔吾は目を疑った。目の前の彼は何なくと自分の剣の刃を掴んでいた。

 驚愕の表情を浮かべる翔吾に対して彼は笑みを浮かべてその手に力を込める。翔吾はやがて失望したように冷めた表情で目の前の相手を見た。

 どうやらこの聖剣を破壊しようとしているらしいが愚かな事だ。この剣は贋作ではあるが、あらゆる妖魔を打破するために破魔の祝福を重ねて受けた物だ。そう易々と壊せるものではない。


「……な!?」


 しかし翔吾の剣は彼の予想とは裏腹に変化が訪れていた。銀色の刀身は赤黒く錆びつき、鉄錆のような匂いが立ち込める。光の粒子は瘴気へと変わり、瘴気からは妙な声が響いてくる。


「痛い痛い痛い痛いぃ!」「助けてえええ!」「ここから出してよお!」「もう共食いは嫌」「お腹へったよぉ」「恨めしい」「殺してやる」「私は人に悪さなんてしてない!」「退魔師め、ここから出たら真っ先に貴様を頭からバリボリ喰ろうてやる」「苦しい」「もういっそ楽にして……」


 怨嗟、悲哀、絶望、憎しみ、ありとあらゆる悪感情が聖剣を通じて翔吾の心を蝕む。思わず吐き気がこみ上げて、咄嗟に目の前の拓郎の顔を見る。さっきまでのようなまとまりのない滅茶苦茶な姿ではなかったものの。そこにいたのはやはり決して人ではない。翔吾は改めて彼の顔を見る。


 黒一色。


 そこから浮かび上がるように数多の眼球がこちらを見つめ、牙だらけの口は端までつり上がり弧を描いている。獣の体毛のような伸びきったザンバラ髪。妖怪よりもおぞましい化け物として彼は完成されてしまったのだ。


「うわあああああああああああああああああああ!!」


 思わず絶叫を上げる翔吾。彼の心に浮かんだのは絶望、そして恐怖。この仕事に携わってもうそろそろ一年たつが、彼がこのような感情を抱いたのが初めての事だった。

 

 だが、初めての恐怖と挫折を経て、彼の心に一抹の奇妙な感情が生まれる。


「はっはは……」


 それは歓喜だった。


 翔吾は生まれた時に実の親に売り払われ、とある施設で人でない異形たちと戦うための教育と調整を施された。退魔師を育てるための施設は公共機関でも存在してはいた。だが、その施設は従来のそことは趣の違う、非公式かつ非人道的な場所だった。


 超人を作り出す。


 育てるのではなく作る、再現。かつて魔物と戦って散っていった英雄。魔導の深淵に辿り着いた賢者、最強と謳われた陰陽師。そういった者達を再現する事が目的であった。


 投薬と手術により元あった人格は塗りつぶされ、適性のない武器を持たされた。痛みと植え付けられた人格による自己矛盾で苦しむ中、科学者たちはこう言った。


「君たちは所詮は贋作だ。だがそれはそれで兵器として使い道がある。だから遠慮なく使い潰されてくれたまえ」

「そうそう、どうせ偽物の君らは化け物退治しかできないのだからねえ」


 後の義父が率いる部隊にその施設を壊滅されて、翔吾が引き取られた後も、優しい父や姉に惜しみない愛情を注がれ人並の感情を取り戻しても、彼の心にはその言葉が突き刺さって消えることはなかった。


 だがら戦った。義姉の反対を押し切って義父の会社に入社した。


 義父は反対しなかった。それが彼が自分の意志で選んだ道ならばと受け入れてくれた。そうして翔吾はがむしゃらに戦い続けた。かつてあの科学者に植え付けられた『言葉』に従うか、もしくは振り払おうとするかのように。


 そして、今も彼の前には怪物がいる。まごうことなき人の世を乱す怪物だ。これとまともに戦えるのは今いるメンバーの中で自分だけだ。自分には所詮これしかできない。だが、これを続ければいずれ自分は本物のになれると翔吾は思っていた。

 いや、それにすがるしかなかったと言った方が良かったかもしれない。


 そのまま彼は残りの聖剣の欠片たる光の粒子と己の霊力をその身に纏い、怪物に突撃した。

 ありとあらゆる攻勢エネルギーを高濃度に圧縮しての特攻。並の妖怪ならば触れる事すらままならず、一瞬で蒸発してしまうだろう。

 だがそれは並の妖怪であるならばだ。今回ばかりは相手が悪すぎた。


「あ……れ?」


 バシュッという音と共に彼の両手の中に束ねられていた光の束はあっさりと散らされる。


 相手は百鬼分の全てを凝り固まらせた闇の申し子。そして翔吾の力は所詮は与えられた贋作だった。結果は火を見るよりも明らかであったのだ。


 なにより、彼にとっての最大の不幸はこの彼の根拠のない妄想を指摘して止めようとする姉や仲間がここにはいなかった事かもしれない。


「ご……はァ?」


 かくして鈴城翔吾は既に人の形すら失くした怪物に矢じりのように尖らせた尾でたやすく貫かれた。

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