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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第一話 少女来たる

 季節は秋の暮れにして冬の始まり時。


 少女は電車から降りて駅のホームへ出ると、暖房の効いていた車内との気温差に体をブルリと震わせて、白い息を吐く。


 年齢は高校生ぐらいであろうか。


 小柄な体をサイズが大き目のダウンコートで覆い、くせっ気の強い長い茶髪を無理やりに二つの三つ編みおさげに束ねて、尻尾のように揺らしている。顔立ちは小さくも整っていて、形の良い鼻梁の上にはいささか大きすぎて不釣り合いな眼鏡がかけられていた。

 ぶかぶかなコ―トのせいか、どこか庇護欲をそそる小動物のような印象を抱かせる少女、しかしそれに反して少女はしっかりとした足取りで駅の入り口まで歩き出す。


 少女は駅舎から出ると一旦一時停止、そこから背中に背負った大きなリュックサックから地図を取り出し両手に広げ、そこに記された現在位置と目的地を確認すると再び歩を進める。


 駅周辺を眺めてみると、そこにはビルや役所といった近代的な街並みが並んでいた。ここまでなら何の変哲の無い駅前通り。しかし歩むごとに少しづつその風景は歪んでいき、違和感は視界に明確に映し出される。


 木造建築が立ち並ぶ古い街並み。そしてそれらを行き交う人々。


 だが、少女の目に映っているのは、その行き交う人々に混じる異形たち。


「えー、マジで?」「マジだよ。アイツ鮭の喰い過ぎで動物病院に運ばれてんだよ」「だから程々にしとけって言ったのに……」


 尾が二つに分かれた猫たちが電柱のそばで人間の言葉を使って談笑していた。


「おっちゃん、キュウリくれ、キュウリ」「あいよ」


 八百屋で河童が買い物にきて店主は動じることなく対応していた。


「痛えな! どこに目ぇつけてやがる!」「あぁ、申し訳ない。私目がここですので」


 僧の両手についた目を見せられて、ヤンキーが腰を抜かした。


「ちょっと君困るよ。こんな所で一休みされちゃあ」「す、すんません……」


 路上駐車している朧車が警官に注意されてた。


 他にも子供に追いかけ回される人面犬、家の縁側で老人と将棋を指す一つ目入道、ニット帽にパーカーとジーンズを着込んだ骸骨、上空で追いかけっこしているカラス天狗とつるべ火。


 いわゆる妖怪と呼ばれる存在が平然と街中を闊歩している。


 一般の人間が見れば目を疑うような光景をに圧倒されて、少女は思わずその場で呆然と立ち尽す。


 立ち止まってしまったため、後ろにいた誰かとぶつかり少女は慌てて謝るも、なんと相手は頭に角の生えた熊であった。『気をつけな』と言って人ごみに紛れ去っていく熊を見送る彼女の胸中は恐れではなく、感動と興奮でいっぱいだった。


(すごい。本当に来たんだ……!)


 父からは何度も話に聞かされていたはずだった。だが話に聞くだけのと実際に目の当たりにするのとでは話が別だ。

 

 人と妖怪が共に暮らす街、燈現市。

 この街は国からも指定された第一級霊災特区の一つである。

 人ならざる異形の生物または現象、そんな彼らと人が共に歩む異端の街、人ならざる者との共存の可能性と戦争の危険性、その両方を持ち合わせたパンドラの箱ともいうべき場所だ。

 

 ――この世界で度々確認される超常の生命体、異形。それらは「妖怪」「精霊」あるいは「神」と呼ばれていたが、彼らは人間の文明の発展と共に数を減らしていった。

 だが、単純に生き残れるだけの強い力を持っている者、またはこの街のように龍脈を通じて強い霊力を宿している場所に住み着いている者、彼らは何らかの形で存在し、現在でもこの世界に寄り添い続けているのだ。


 少女はいまだに興奮の冷めやらぬといった面持ちで街を歩く。まるで自分が物語の主人公にでもなったような錯覚を起こしそうになる。あまりにも興奮しすぎたせいか、思わず立ちくらみを起こして足をふらつかせるも何とか持ち直し、あらためて気を引き締めて、少女は改めて目的地に向けて歩を歩ませる。


 ここでなら自分のような者でもやっていけるかもしれない。


 かつて全てを失い絶望した自分でもまっとうにやり直せるかもしれない。


 そして彼女は新しい生活に向けた新たな一歩を踏みしめた。




 ……そして迷ってしまった。


 踏みしめた途端にこの様である。

 地図で何度も確認しながら進んでいたはずなのに、気付けば人の気配が微塵も感じないこの路地に入ってしまっていた。


「別に方向オンチとかじゃないですから……」


 誰もいない一人きりの場所で思わず呟く少女。


 空を見れば既に陽が傾き始めて、オレンジ色の斜陽が差し込んできている。このままだと日は完全に沈み夜になってしまう。それはまずい。

 夜は異形の時間だ。妖怪は浮かれ騒ぎ、霊魂は彷徨い漂う。このような街では特にそうだろう。一刻も早く目的地にたどり着かねばならない。

 そう思いとりあえず来た道を戻って交番を探そうと少女は身を翻す。

 

「ひひひっ」

「くくっ」

「ははっ」


 すると所々からくぐもったような小さい笑い声が聞こえてきた。


「だ、誰ですか?」


 少女は思わず問い返すが、返事は返ってこず姿も見えず、返ってくるのはひたすらに嘲うような笑いのみだ。


「人の子が迷い込んでおるわ」

「行きはよいよい」

「可哀相になぁ」

「美味そうだなぁ」


 周りから晒される粘つくような視線と共に引っかかった獲物を値踏みするような嘲り。

 辺りを見回しても姿は見えないないのに、嘲りの声だけが絶え間なく少女の耳に入ってきて、少女に言い寄れぬ恐怖と不快感を一層掻き立たせる。


「おお、歩が早くなったぞ」

「無駄さ。無駄さ」

「帰りは怖い」

「何日もつかなぁ」

「賭けるか?」

「おう、ワシは七刻」

「アタシは三日」

「なあに、日が沈むころには潰れてるさ」


 我慢できずに走り出した少女は耳を塞ぐ。


 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。


 一心に念じながら走り続けるが、なのにどうしたことだろうか。一向に表通りに戻ることはできず、行けども行けどもさっきと同じような道に戻ってきてしまう。

 自分はずっとまっすぐに歩いてきたはずである。なのになんでこんな所が枝分かれしている、坂道になっている、行き止まりになっている。

 走れども走れども先が見えず、自分が通っていた道が思い出せなくなる。


 思い出せない。思い出せない。思い出せない。思い出せない。思い出せない。


「無駄だと言っておろうに」

「いつまでもつかな」

「きゃはははははは」


 後ろから、左右から、前から、四方八方から、耳を塞いでいるはずなのにまだ嘲笑が聞こえてくる。 


 しかし、それでも少女は足を止めない。今の自分にはこうすることしかできないのだから。

 いったい自分はどうなってしまうのだろうか、ずっとこのまま果てのない迷路を彷徨いつづけるのだろうか、そんな身の内を蝕む不安や焦燥を振り払うように、少女は走り続ける。


 そして次の曲がり角にさしかかった所でドンと何かにぶつかり、少女はしりもちをつく。


「きゃっ!?」

「うおっ!?」


 少女は何事かとおしりをさすりながら何事かと見上げる。


「痛っ……なんだぁ?」


 見上げた先にいたのは自分と同じくらいの年つきの少年だった。

 地元の学校の帰りだろうか。

 黒い学ランを着た少年は少女とぶつかった拍子に落とした鞄を拾いながら、怪訝な顔をしてこちらを見てくる。少女はようやく自分と同じ人間に巡り合えて息をついたが、少年の眼光……少年というにはいささか鋭すぎる目つきなので思わず萎縮してしまう。

 だが、少年の口から飛び出したのは当たり前で普通の一言。


「えーと、どちら様?」


 こちらのセリフだ。いや、お互い様か。


 とにかく自分の状況を伝えようとすると、不意に後ろの方から声が聞こえた。


「誰かと思うたら、憑き者ではないか」

「関わっては損ぞ」

「くわばらくわばら」


 そんな声と共にザァッと潮が引くような音と共に後ろから少女を追いかけていた声は消えていった。


 少女の様子を見た少年は得心が言ったように手を叩いて、語りかける。


「ああ、アンタ迷わされてたのか」





「だからさ、あいつら……子鬼たちは人を迷わせて怖がらせる。それだけだから喰われるなんて危険はなかったはずだよ。迷わせるといっても1・2時間ぐらいだしさ」

「充分タチが悪いです! こっちは本当に死ぬかと思ったんですからね!」

「まあ、アンタみたいなお上りさんは向こうさんからすれば、からかうには格好の獲物だろうしな」


 そんな事を言いながら少年と少女は共に歩いていた。少年は苦笑しながら、少女は涙目で頬を膨らませながら。


「それに平常心を保って歩き続けると『見事也!』とか言って賞賛して目的地まで連れてってくれるんだとさ。そんなに悪い事ばかりじゃないだろ?」

「だったら最初から案内してくれればいいんじゃないですか!」


 単にからかわれただけということ知って、いまだ怒りが冷めやらぬといった少女を少年は宥めながら人通りの多い場所まで案内していた。

 なんでも少年が言うにはこの辺は子鬼よりもはるかにタチの悪い妖怪がよく出るから一緒にいたほうがいいとのことだった。

 最初はこの得体の知れない少年を信じていいものかと思ったが、助けてくれたのも事実であり、ご厚意に甘えることにした。


「でもおかしいです……。その子鬼の影響は消えたんじゃないんですか? なのに全然道がわからないなんて……」

「その広げてる地図逆さだぞ」


 言われて気付いた少女は顔を真っ赤にしてゴホンと咳ばらいをしながら地図を戻すも、頬はまだ僅かに紅潮している。


「どうやらさっきの子鬼たちは人の脳にまで影響を及ぼすようですね」

「いや、そこまで高度な術は使えないはずだが……んんー? 顔赤いぞー。どうしたー?」

「これは暑いからです!」

「そろそろ秋の終わりだけどな。あー寒い」


 そんな愚にもつかない掛け合いをしていると、急に木陰がザワザワと一斉に騒ぎ始める。 

 二人は何事かと周囲を見回すと、突如、周囲から数多の木の葉が舞い上がり、一か所に集まって山を作り出す、そして木の葉の山は笑い声と共に人型へと変じていった。


「がははははははは! どうにも人臭いと思ったら、我が領内に人の子が二人紛れ込んでおったか!」


 人型は少年の倍くらいの背丈をもった巨人となり、二人を見下ろしていた。

 いや、ただの巨人ではない。筋骨隆々の赤い肌に頭頂部に突き出るのは一本の角。童話にもよく出てくる馴染みの怪物。

 

 鬼だ。


 鬼は牙だらけの口を広げ哄笑しながら、二人を睨めつける。少女の方は絶句してペタリとその場でへたり込んでしまったが、少年の方は冷めた面持ちで鬼を見ている。

 そんな少年の態度が気に入らないのか鬼はさらに声を張り上げる。


「貴様、我が怖くないのか!」

「全然」


 全く怯む様子を見せない少年に対し鬼は悔しそうに歯噛みして、改めて口上を口にしようとする。


「こ、ここはオイ……我の縄張りよ。命が惜しければ荷物を置いてさっさと立ち去……ギャン!」


 言い終わる前に、少年は溜め息一つつきながら、その場で飛び上がって鬼の頭に拳骨を一発叩き込んだ。そして、拳を叩き込まれた際に、鬼の頭の角はポキンと音を立ててへし折れると、そこから煙が溢れだした。


「な、こうゆう奴がたむろしてんだよ」


 呆気にとられる少女に対し、少年はそう言いながらモクモクと揺蕩う煙の中から、むんずと何かを引っ張り出した。

 見れば、それは狸であった。


「ヒィ! お助けえええええ!」


 少年に尻尾を掴まれて、逆さに吊り上げられた狸はしくしくと泣きながら詫びを入れてきた。


 何でもこの狸、変化の術を覚えたのを契機に、憧れていた人里に来たはいいが食い扶持が見つからず、当てもなく彷徨っていた所を自分たちを発見。うまく化かして食べ物をせしめようとしたらしい。


「どうしてオイラの変化が見破られたんですかあ……」

「木の葉で登場する時点で違和感バリバリだし、ところどころ角や牙の造形がハリボテみたいでお粗末、なにより尻尾が丸見えだったぞ。端的に言って、お前才能ねえから山に帰れ」

「そんなあ!」


 少年に泣いて許しを請う狸を少女の方は唖然と見つめる。既に彼女は化かされたことよりも、変身して人の言葉を話す、まるで童話から飛び出てきたような狸の存在そのものに関心を寄せられていた。


「あ、あのオイラの顔に何かついていやすか?」

「え? え、ええ。はい。まるで音楽デビューしようと上京してきたら業界の人に才能なしとバッサリされたミュージシャン志望の人みたいですね!」

「げぼぁ!?」


 どうやらトドメだったらしい少女の言葉を受けてビクンビクンと動かなくなる狸であるが、やがて復活して再び頭を下げる。


「うぅ。申し訳ございやせん……。腹が減って判別つかなかったんですぅ」


 なおも謝り続ける狸に対して、さてどうしたものかと少年は考えていると、少女の方がポツリと口を開いた。


「あの……少しだけならいいですよ?」


 そういうやいなや少女は背中に背負ったバッグからいくつか缶詰と菓子パンの袋を取り出していた。

思わず呆気にとられる狸と少年。 

 少女はメッと戒めるように狸に念押しする。


「もうこんなことしちゃダメですからね?」





「いいのかよ。食べ物分けちゃって」

「非常食ですし」


 渡された食料を風呂敷に包み、何度も頭を下げながら去っていく狸を見送りながら、少女は特に気にした様子もなく屈託なく笑った。


「でもこれであなたに助けられるのは二回目ですね。ありがとうございます。えーと……」

「拓郎な。夜帳拓郎よとばりたくろう


 礼を言われ馴れていないのか、照れた様子で少女から視線を外しつつ、僅かに赤らめた頬を掻きながら名乗る少年。


「助けてくれてありがとうございます、夜帳君」


 そう言って少女は朗らかに笑いながら自己紹介をした。


「私はシズクです。――緋暮シズクといいます」


 これが二人の出会いだった。

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