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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第十八話 総力戦

茜を明乃に名前変更しました。

本当すいません……。

 廃寺の麓の野原に一つの集団が駐留してた。


 そこにいる者たちは年齢から性別まで様々で、最新鋭の銃火器から刀や杖といった時代錯誤のもので武装していた。まるで今にも戦争が始まりそうな物々しさだが、彼らは別に戦争を起こそうとしているのではなく、正確には戦争を起こるかもしれなかったが、その必要がなくなり撤収しようとしているのだ。

 

 九尾の討伐、あわよくば捕獲が彼らの任務であった。


 しかし、当の九尾自身が己の周りの者達の身の安全と引き換えに投降をしてきたため、あっさりと任務は終了となってしまった。


「思っていたよりも滞りなく回収できたわね」


 標的であった九尾を封印したコンテナがそのままトラックの荷台に運ばれていくのを見送りながら、鈴城友佳は一息ついたように胸を撫で下ろす。それに対して弟の翔吾はどこか不機嫌そうだ。


「正直に言わせてもらおうと拍子抜けもいい所だね。ロクに戦ってすらいないじゃないか」

「何言ってるの、向こうがわざわざ降参してきてくれたんだから、こちらからすればありがたい話よ」


 それでも翔吾は不完全燃焼と言った面持ちで愚痴り続ける。


「暴れたりないなあ……どこかにいないかなあ、強い奴」

「……へえ、アナタは昼間の騒ぎだけじゃあまだ足りないって、そう言いたいのね?」

「あ、いや。そういうわけじゃあ……」


 どうやら地雷を踏んでしまったようで翔吾は歯切れが悪くなる。

 友佳は昼間に村田や翔吾が起こした騒ぎの情報操作による隠蔽、地元の警察への手打ちも兼ねた説明、などと火消し活動に苦心していたため、彼女は彼女で翔吾たちに言いたい事が山ほどあるだろう。

 だが、今は任務中で九尾を捕獲したといっても、油断ならない状況である事に変わりないために、騒ぎを起こした当人らにぶつけることはないが、帰ったら説教地獄になる事は容易に想像できる。


 そして、さすがの翔吾も本気で怒った姉には頭が上がらないため、思わず身震いする。


 やがて社員の一人である大男が報告に来た。


「九尾の回収作業は一通り終えました!」

「ご苦労様、東君。これより私達は夜明けと共にこの街を脱出します。各員にもそう伝えておいて」

「了解!」


 東と呼ばれた男は威勢よく答えて、鋼鉄の盾を張り付けたような分厚い籠手を両腕に装着しながら持ち場に戻る。そんな彼の後ろ姿を見送った翔吾は友佳の顔を覗き込む。


「あれ? このまま撤収したりしないの?」

「夜も深いわ。妖怪達の時間よ。もしも九尾がこの街で百鬼夜行を作っていたならば、彼らにとって、この時間帯が彼女を助け出す最後のチャンスなの」

「つまりそこを待ち伏せして一網打尽、さらには殲滅かあ。さすが姉さん、容赦ないねえ。でもあの狐さんは周囲の人達に酷い事はしないでって言ってたよ?」

「それはあくまで『人』でしょう? 妖怪は別、私達は正当防衛かつ仕事として人に仇名す妖怪達を殲滅するだけの話よ」

「わあ、清々しいほどのこじつけだねえ。姉さん、悪役みたいだ!」


 弟の軽口は無視して、友佳はそうは言ったものの助けは来ないだろうと踏んでいた。情報を集める限り、標的である九尾は人としての生活を望んでいたのだと言う。そんな彼女が果たして妖怪を率いて人に仇為そうとするとは考えにくい。

 ならば、彼女は無害なので放っておいても良いのではないかという意見もでるかもしれないが、友佳としての答えは否だ。力の強い妖怪は存在するだけで何かしらの影響を及ぼす。実際、この街に来る前の彼女の周りには怪奇現象が絶えなかったという。そんな彼女が第一級霊災特区であるこの街にもどんな影響を与えるか分かったものではない。


 最悪、本物・・の九尾の復活という線も考えられる。


(私たちは非情に徹さなければならない。恨んでくれてもかまわないわ)


 友香はコンテナを収容したトラックに目を向けながら、そこに封じられた少女に、そして己にそう言い聞かせて気を引き締める。その時だった。


 ヒョオオオオオオオオオオオオオオオオオ


 空気の抜けたような奇怪な音が当たりに響き渡る。


 ヒュイイイイイイイイイイイイイイイイイ


 風圧を感じない所を見ると風の吹く音ではないようだ。

 それにしても何という耳障りな音だろうか。

 聞けば聞くほどに気味が悪い、まるで神経を逆撫でされたか、背筋に虫や氷を入れられたかのような感覚だ。気の弱い者なら吐き気すらこみ上げてくる。


 カラン 


 どこからかそんな音が鳴り響いた。見ればそこには顔色を悪くした社員が自分の退魔用の武具を落としていた。普通ならば叱りつける事だが、友香や翔吾はもちろん村田を始めとした一部の者らも既に何かに気づいたような様子で、戦闘準備を始めていた。


「総員、迎撃準備!」


 遂に友香がそう叫ぶと同時に九尾が積まれたトラックの上空からに大型の肉食獣のような妖怪が降り立った。


 彼らはその獣に見覚えがあった。猿の頭と狸の胴、虎の背足に蛇の尾、鵺だ。


 鵺は猿面の口から濃い瘴気を漏らしながら凶悦を滲ませている。

 その異様に新人や若者の社員達は足が竦んでしまう。中には見覚えがる者もいたはずだ、目の前の妖怪はこの街に来る直前に相対し我が社のエースたちが深手を負わせて退かせたはずだった。

 だが、かつての手負いだったはずの妖獣は完全に傷を癒し咆哮を響かせている。しかも、その嘶きはただの威嚇ではない、長く聞けば聞くほどに精神を浸食し、心を狂わせる呪詛だ。


 このままではまずい。そう彼らが思った時、後ろの方から冷静に状況を分析し的確な指示を送る者がいた。


「打ち合わせ通りに六班と七班は結界を張って、呪詛に耐性のない者はそこに退避。遠距離からの援護に専念してちょうだい。」

「了解」

「鳴羅、聞こえたわね? アナタは三班と合流して彼らのサポートに専念してちょうだい」

「が、がんばります!」


 友佳はトランシーバーに一通りの指示を送った後、後ろの方に声をかける。


「村田」

「はいはい」


 友佳が合図を送ると、後ろから村田が姿を現す。同時に辺り一帯に紙風船が浮かび上がる。一見するとしゃぼん玉のようで幻想的な光景だが、それらは鵺にゆっくりと近づいていく。やがて一つが鵺の身体に当たると同時に大きく爆発する。


「一斉の『爆』!」


 その爆発を皮切りに、連鎖的に紙風船は爆発していく、あまりの衝撃にトラックも大きく揺れて、倒れそうになる。

 これには流石の鵺もたまらず後退、ボロボロになりながらも、空中に浮かんで一度体勢を立て直す。


「村田! 少し威力が強すぎじゃない!?」

「いいじゃないか。どうせ九尾も殺すつもりだったんだろ?」

「それはやむおえない場合よ! 依頼でもできうるなら生け捕りってあったでしょう!? というかウチの子達も巻き込まれたらどうするのよ!」

「チェッ」


 あきらかに不満そうな声に、友佳は帰ったら減給確定と考えていると、その瞬間、悪寒が走って思わず後ずさる。

 一瞬にして辺り一帯に迸る冷気、さきほど彼女が立っていた地面は一面が凍っていた。周りを見ると氷から逃れられず、身動きが取れなくなっている社員者達も多数いるようだった。


「こんばんわ」


 フードを目深に被り、動きやすいパンツルックをはいた女が暗闇の奥から顔を出した。声からして女だとはわかるが、顔まではよくわからない。


「やはり若い子達に責を全て負わせるのもどうかと思いまして参上した次第です」


 友香は彼女が一瞬何を言っているのかわからず、思わず問い返そうとするが、その彼女の後ろに蠢く者達を見て絶句する。


 金棒や刀を構えた筋骨隆々の鬼たち、空を滑空する烏天狗と怪しげな色で揺らめく火の玉、尾が二つに割れた猫、3メートルを超す化け蟹にそれを優に超す身長の一つ目の入道、人魂や骸骨、果ては付喪神の群れに大小様々な河童たち、他多数。ありとあらゆる異形がそこにいた。


「何匹か見たことがあるわね。この街に来た時にこっちの動きを嗅ぎまわっていた連中ね」

「己の縄張りを好き勝手に荒らされては誰だっていい気はしないでしょう?」

「そのまま大人しくしていれば良かったのにね」

「同胞が理不尽な理由で連れていかれようとしているのです。放っておくわけにはいきませんわ」


 臨戦態勢をとる女に対して、友香も懐から小刀を取り出す。


「村田、あなたは鵺の方をお願い」

「……了解」


 姿を消すスーツの男を見送り、それと同時に友香は自分の弟の姿もいつの間にか見えなくなっている事に気付く。だが特に気にはしない。

 彼の独断専行はいつもの事であり、むしろこういう時の彼は決まって独自の嗅覚に従い大金星をとってくるのだから。


「貴方お一人で我らを相手にするつもりですか?」

「心配要らないわ」


 友香がそう言うと共に、動きが取れなくなっていた者達がある者は術を使って、ある者は力づくで強引に足を引き抜き、各々のやり方で足元の氷を破壊し駆け付けてきた。


「生憎と私らの仕事はアナタたちみたいな血気盛んな化け物共を相手取る事よ。さあ、大掃除の始まりよ」

「……それはこちらのセリフです」



 ◆



 妖怪と退魔師。二つの集団が激突を始めたその頃、吉野明乃はトラックの中の九尾が入れられたコンテナの守備に回されていた。

 正直な所、彼女自身としてはいつもコンビを組んでいる牧内玲がそちらに回されていたため、自分もそちらで共に戦いたかったのだが、指揮を執る友香から非常時に陥った際の行動として、あらかじめ言い渡されていたのだから仕方がない。

 それに自分の術が防衛向きだというのは自分でも知っている。ならば自分は自分の役目を果たすだけだ。トラックに駆けつける。そこには同僚の東が先に来ていた。


「遅いぞ、吉野!」


 胴間声を張り上げる大男に明乃は思わず耳を塞ぐ。相変わらずやかましい男だが一方で心強かった。この男は馬鹿ではあるけれど、実戦では頼りになる男だ。


 トラックの上を見ると、鵺はそこにはいなかった。どうやら村田先輩との戦いで場所を移しているようだ、遠くから爆音がする。普段はどうやったら妖怪を惨たらしく殺害できるかと物騒な事ばかり考えている先輩だが、彼も彼でこういう時だけは頼もしい。

 とにかく自分は役目を果たすだけだ。夜明けまで九尾の入ったコンテナを守り切れれば、自分たちの勝ちなのだから。そう決意を新たにしてコンテナを見ると、ふと違和感に気付いた。


「ねえ、東」

「む? なんだ、吉野」

「九尾が入ってるはずのコンテナが空じゃない?」

「ああ、心配はいらん。ここはもう危険だからと山下の奴が運び出していったからな! つまりここは囮だ!」

「私そんなの聞かされてないんだけど?」

「俺もさっき聞いたところだ!」


 なんだか猛烈に嫌な予感がしてきた。明乃は顔を引きつらせて、おそるおそる東に聞いてみる。


「……っていうかさ、山下って誰?」

「む? そういえば誰だ?」

「へ?」

「ん?」


 事態をなんとなく理解した明乃はとりあえず無言で東を張り倒した。

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