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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第十七話 みんなが集まる

 その娘はある日を境に見えない者が見えるようになった。

 何がきっかけだったのかはわからないが、最初は靄のように見えたソレは日を追うごとに姿が鮮明になっていき、遂にはソレの声まで聞こえるようになった。


 ソレが何なのか、ソレが見えるという事がどういう意味を持つのか分からなかった娘はクラスの友人達にうっかりその事を話してしまった。


 娘はこの時の事を今でも後悔している。

 怪異が身近にあるこの世界においても、やはり畏怖や偏見といった一定の壁というものは存在する。娘はそれをわかっておらず、不幸にも彼女の周囲はソレに対する理解が乏しい環境であった。


 結局、見えないモノが見えるという噂が広まった末、娘は孤立した。


 仲良くしてくれた友人達を始めとしたクラスメイト達は皆手のひらを返し、娘を拒絶した。道を歩くだけで罵声を浴びせられたり、ゴミを投げつけられた。机には花瓶が置かれ、汚い言葉が落書きされていた。異物を街から追い出すという大義名分のもと、彼女は執拗なイジメを受けた。


 だが、娘に対する嫌がらせはある日を境に途切れることになる。彼らの中から特に過激なイジメを行っていた者らが皆、不可解な怪我を負ったり、行方不明になったと思ったら髪を真っ白にして廃人同然となって発見されたりした。

 

 これは勿論娘が自ら手を下したのではなく、娘を慕っていた霊や妖怪といった怪異たちの仕業であったが、当然周りの人間にそんな事情など知る由もない。皆は今度こそ恐怖して、今度こそ誰も娘に関わらなくなった。


 彼女は平穏と引き換えに学校での全ての縁を失ったのだ。


 しかし、そんな彼女にもたった一つだけ縁が残っていた。


「お前の体質は多分母さんの血だろうな。なあに、気にすることはない。それもお前の個性さ。みんな誤解してるだけだよ」


「さすが俺と母さんの子だ! 美人の上に人気者じゃあないか。……まあ、みんな人外だけどな!」


「怖くないのかって? ははっ。子を怖がる親なんていないだろ?」


 父はそんな事を言って娘を笑顔で受け入れてくれた。彼がいなければ娘はとうに心が壊れていただろう。顔も知らない母の事なんてどうでもいい。娘にとって父の存在がこの世の全てであった。

 

 そんなある日のことだ。

 父がとある地方都市に引っ越すと言い出した。

 なんでも父の古い友人が住んでいるそこは娘と同じような人やそうでない者らとの距離が近く、怪異への理解と知識がある人間たちも多く住んでおり、娘にとっても生活しやすい場所なのだそうだ。

 最初に話を聞いた時は嘘だと思った。だが、嬉しそうに語る父の話を聞いていくうちに、段々と興味が湧いてきた。

 父しかいなかった自分の世界が広がっていく、それに対して恐れと不安がなかったといえば嘘になる。


 だけどもし、もしも、自分を受け入れてくれる場所が、人たちが他にもいるのなら行ってみたい。飛び込んでみたい。



 娘の心に新しい希望が宿っていった。



 そして引越しの前夜。それは起こった。



「おい、コレどうすんだ」

「仕方ねえだろ、このオッサンが抵抗してきたんだからよ。どっちにしろ親の方はいらねえだろ?」

「おい、それよりも依頼主の連中はちゃんと報酬用意してるんだろうな?」

「海外の宗教団体なんざ億は出すってよ。ハハッ! こりゃあオークションに登録して正解だな」

「それにしても『コレ』見てくれはいいなぁ。 ……味見してもいいか?」

「バーカ、見た目はよくても中身は獣だぞ」


「……無駄口はそこまでだ。さっさと九尾を回収して夜明けまでには撤収するぞ」


 粗野な男たちの下卑た会話を娘は放心した様子で静かに聞いていた。彼らの足元には血だまりに沈む父の変わり果てた姿があった。

 彼らは退魔師崩れのチンピラ。妖怪や力の弱い精霊や神を捕え好事家に高値で売買を行うブローカーなのだが、当然、彼女にそれを知る由はなかった。


 放心していた意識が戻るごとに彼女の頭の中にはいくつもの疑問が浮かぶ。


 この人達は誰? 

 何でお父さんは倒れてるの? 

 なんでお父さんは動かないの?  

 あの赤い水溜まりはは何? 

 この人達は何を話しているの? 

 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で……。


 現実逃避からくる自問による思考の洪水、そんな彼女の意識を現実から引き戻したのは男たちの一人の無情な一言であった。


「にしてもよぉ……」


 その男らはモノを見るような目でこちらを見ながら、嘲りの言葉を続ける。


「このオヤジもこんな娘をもったばかりに災難だったなあ!」

「へっ。化け狐に惚れちまってガキまで産ませてんだから自業自得だろうよ」

「ゲテモノ趣味ってか? ちげえねぇや。ギャハハハハハハハ!」


 高笑いをする男たち。それが娘にとっての最後の引き金だった。



「――ギイイイイイィィアアアアアアアアアアアア!!」


 

 その咆哮は己の叫びか、男たちの断滅魔だったのか。……そこから先は意識が途絶えて娘自身も覚えてないので、定かではなかった。


 意識が目覚めた時は、娘は体中に火傷を負い、救急車の中でで病院に運ばれている真っ最中だった。記憶の断片で随所に男たちの悲鳴のが聞こえた気がするが、今となってはどうでもいい。

 わかるのは自分の家は全焼して既になく、父ももうこの世にはいないということだった。娘が人生を諦めるのはそれだけで十分だった。



「君も災難だったね」



 病室のベッドで寝かされた娘を男が話しかける。コートを羽織り、帽子を目深に被っていたため顔は良くわからなかったが、声の深さや口元の皺から察するにおそらく父と同じくらいの年齢だろう。


「君の父上の話は私の親父から聞かされていた。面識こそなかったがとても素晴らしい人物だったようだね。残念だ」


 この男は何をいけしゃあしゃあと私の父を語っているのか。お前にお父さんの何がわかる。さっさと出て行け。目障りだ。


「……そう邪険にするものではない。私は君の父上の仕事を引き継ぎに来たんだ」


 お父さんの仕事?


「そう、君の引っ越しの手続きさ。本来は親父の仕事なんだが、生憎とあの人は君の父上の仇の残党と彼らが開催していた催し物を潰すのに忙しいんだ」


 ……どうでもいい。もう、なにもかも。いっそ私もお父さんみたいにあいつらの手にかかって死ねばよかった。もうどこにも行きたくない。私の事は放っておいて。


「それが君の父の願いであってもかい?」


 その言葉に娘は僅かに反応を示した。それを見た男はゆっくりと諭すように語りかける。


「まずは知りたまえ。君の父上が何を見せたかったのか。決断を下すのはそれを見てからでも遅くはあるまい。その上で、なおもこの世界を無価値と断ずるならば、好きにするといい。人として自害するか、妖怪として百鬼を率いて人間に復讐するか、どちらでもない道を選ぶのか。全部君の自由だ」


 男の話に娘はゆっくりと耳を傾ける。不思議と彼の言葉は自分の身体に染み込んでいくような感覚だった。


「まあ、後の事は息子たちや親父に任せるとしよう」


 無責任ともとれるそ物言いで男は病室を出ていった。


「あわよくば君が己と共に私の息子も救ってくれることを願っている」


 去り際に訳の分からない言葉を残して。





 シズクはゆっくりと目を覚ました。

 そこは寂れた木造の部屋で穴だらけの戸故に雨風にさらされ続けてきたからか、辺りから雑草や苔が生えている、ここは手入れされぬまま放置されている。かつて拓郎と一緒に赴いた廃寺だ。


 雨宿りしているうちにいつの間にか眠ってしまっていたのだったが、シズクは重い頭を無視矢理に動かして直後の出来事を思い出す。

 

 そうだ、自分の醜悪な姿に耐えられず逃げ出してしまい、半狂乱で街中を飛び回った後、やがて力尽きて倒れてしまった所をいつぞやの骸骨とその仲間の亡霊に拾われ、ここに運び込まれたのだ。


 シズクは少しだるさが残る体を起こしながら、先程見た夢、いや今までの事を思い出す。この街で本当に沢山の事があった。泣きたいこともあった。楽しかったこともあった。短い間だったがどれも自分にとってのかけがえのない思い出となった。

 結局、自分で滅茶苦茶にしてしまったが、それでもシズクは感謝している。

 おかげで良い夢が見られた。


 窓からはあの骸骨達や見覚えのある化け蟹がこちらを覗き込んでいる。おそらく心配してくれているのだろう。シズクは軽く会釈して廃寺を出る。骸骨がカタッと体を揺らす。それに対してシズクは振り返って『大丈夫ですよ』とだけ答えて進み出す。

 

 既に雨は止み日は沈んでいる。


 夜は妖怪の領分だ。目に見えぬ怪異達が顔を出し歌え騒げやと踊り狂う、かくいう自分も不思議と気分が高揚してくるのを感じる。既に自分もこちら側の住人なのだろう。


 歩き始めてしばらく森を抜けた途端に、人工のライトに照らされる。あまりの眩しさに思わず目を瞑るが、シズクはゆっくりと目を慣らして真正面から“彼ら”を見据える。

 

 剣や槍を装備した女性達や大きく無骨な籠手を付けた男、小槌を携えた少女に面をかぶった老人。さらには村田とかいうあのスーツの男もいる。皆が皆、シズクを狩るために集まった退魔師達なのだろう。


「覚悟はできたようだね」


 そんな彼らの中心に立つのは数時間前に殺し合った少年だ。隣に眼鏡をかけた妙齢の女性を従えて、光の粒子を放つ西洋剣を構える。


「ええ、もう逃げも隠れもしません」


 当のシズクは顔色も変えず彼らを受け入れる。言葉通り彼女は逃げるつもりは毛頭ない。


「終わりにしましょう、私の命で」





 鵺は屋根伝いで飛び回り、拓郎は鵺の背に振り落とされぬように必死でしがみつく。まるでロデオにジェットコースターを足したような気分だ。最悪の乗り心地である。


「ところでアイツがどこに行ったのか。わかるのか?」

「雨デ匂イガ消エテ皆目見当ガツカヌ」

「駆けずり回ってるだけかよ!」


 と言っても拓郎も彼女の居場所など分かろうはずもないのだが、携帯に呼びかけても一向に繋がらず、聞き込みに周ろうとも、今は深夜、こんな妖怪が溢れかえる街で人が出歩いている訳もない。

 結局、鵺のように街中を手当たり次第に探すしかないようだ。


「じゃあ諦めて帰りましょうよぉ! 退魔師連中にケンカ売るなんて無茶苦茶ッスよぉ!」


 なんだか後ろの方からやかましい事を言っている狸がいるが拓郎達は無視する。いや、正直言うと何でコイツがいるのか気にはなったが。鵺の『非常食もしくは囮』で納得した。


「納得すんなああああああああ!」


 やがて、いくつかの屋根を飛び回っている内に鵺は急に動きを停止させる。

 慣性の法則に従った結果、拓郎だけは鵺の背中から放り出されてゴミ捨て場に頭から突っ込むんでしまう。なんとか復活した拓郎は立ち上がって何事かと鵺に掴みかかろうとしていたが、ふと自分のポケットのガラケーが震えていたことに気付く。


 慌てて開くと相手は自分の幼馴染であり、命の恩人であった。


『久しぶりね、拓郎』

「明日香……」

『その様子だと怪我の調子は良いみたいじゃない?』

「まあ、身体の方はな」


 巫女としてではなく、敵を威嚇するときの粗野な口調でもない、昔馴染みの少女として朝間明日香は対話している。それに対し拓郎は少しだけ感慨深かったが、今はそんな余裕も時間もない。


「お前が助けてくれたってのは聞いてる。礼ならまたいずれ改めてするから……」

『緋暮シズクの居場所を教えてあげてもいいわよ?』


 その言葉に拓郎は固まった。

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