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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第十六話 迎えにいこう

大幅に加筆修正しました。 冷奈さんの会話とか。

 「うわぁ!?」 


 拓郎は意識を覚醒させて跳ね起きた。


 見覚えのある壁、見覚えのある天井、我が家である。


「目覚めたようですね」


 さらには見覚えのある女性が髪の毛から片目でこちらを覗き込んでくる。

 その目には僅かに安堵の色が見られる。


「冷奈さん……」


 元から親しい付き合いのあった人なので家に上がり込んでいるのは気にしないが。


「その様子ですと怪我の方はもう大丈夫のようですね。まあ、ここに担ぎ込まれた時点で既に完治していましたが」


 見ると、上半身は裸で服の代わりに包帯が巻かれている。

 包帯には明らかに尋常ではない量の血の痕が滲んでいたが、不思議と拓郎の体そのものは傷の痕こそ残っているが、身体を貫いた傷そのものは塞がっているようだ。

 拓郎は試しにそのまま体をゆっくりと体を起こし、手足を少しだけ動かしてみる。僅かに気怠さを感じるだけで痛みはない。


 自分が眠っていた布団から前方には湯那と涼太が互いに寄り添うように壁を背に眠り込んでいた。


「アナタの側にいると言って聞かなかったんですよ。ですが良かったです。その程度の傷で済んで」


 そう言われてもその傷自体なくなっているわけだが、彼女が言っているのは外傷の事ではなく内側の話であろう。

 

 だが、今の彼に自分の事など埒外であった。


「シズク」


 そう呟いて、拓郎は服を着て部屋を出ようとする。そこを冷奈が押さえつけて静止させようとするも、彼女の腕を振り払い進む。


「待ちなさい! どこに行く気ですか!?」

「……シズクはどうなったんだ」


 玄関の前で立ち止まった拓郎は冷奈に対し、有無も言わせず、それでいて絞り出すように口にする。

 それに対して、冷奈はやがてあきらめたように、ここに彼を運んできた朝間明日香から聞いた状況を伝える。





「一応この街の霊的案件については全て私たちに委ねる、……最低でもこの街で何かをする場合は話だけでも通すっていう取り決めだったはずじゃあないですかね?」

「それは申し訳ありませんでした、巫女様。ですが何分こちらも急を要する事態でしたので、その混乱で連絡が行きわたっていなかったのでしょう」


 威嚇するように弓を構える明日香に対して、翔吾はあくまで丁寧かつ慇懃な態度対応する。その全く悪びれた様子はない態度に明日香は眉をひそめるが、今は現状の把握を優先させる。


「私の足元に倒れてる、彼。刺したのは貴方ですよね? 最近の退魔師は一般人も平気で傷つけるのですか?」

「ああ、彼は普通の人間だったのですね。彼には申し訳ない事をしました、なにせそこの妖怪をかばっているように見えましたのでね。てっきり仲間の妖怪かと間違えてしまったのです」


 わざとらしく芝居がかった調子で嘆くような動作をとる翔吾。挑発のつもりだろうが、明日香はこんな男にかかずらっている暇はなかった。


 明日香は拓郎を見て狼狽しているシズクに目を向ける。


 彼女の激情で我を失っていたその目には、わかりやすく正気が戻り始めており、そして戸惑いが見えた。その姿を見た明日香はどこか安心したような面持ちで語りかける。


「見ての通りよ。アナタの大切な人はこの通り生きてるわ。だからもういいの。こんな事をしなくたって――」

「ア……、あ……」


 巫女ではなく明日香という個人としての言葉で語りかけられ、シズクは思わずその場で崩れ落ちる。

 

「私はアナタの味方よ。私が来た以上はこいつらの好きにはさせない。だから一度話を聞いてくれない?」

 

 シズクが明日香の呼びかけに答えようとしたその一瞬、視界に水たまりに映った自分の姿が映る。

 

 そこに映されていたのは獣が入り混じり、理性を失い憎しみに呑まれて暴れ続けていた自分の姿。


 その姿がシズクを受け入れがたい現実に引き戻させる。


「あ、あ……」


 何を自惚れていたのか、既に己に居場所などなかった。つい今さっき自分で証明してしまったではないか。自分がここにいるだけで周りの者に迷惑をかける。人を傷つける事しかできず、妖怪を惑わし狂わせる怪物。それが緋暮シズクだ。こんな妖怪ですらないケダモノとなった自分が彼らと共にいられるはずがない。


「いやあああああああああああああああああ!!」

「! 待ちなさい!」


 明日香の静止を振りほどき、シズクは跳躍だけでビルを跨ぎ、空に消えてしまった。

 それを他人事のように眺めていた翔吾は、少し間をおいて傍の村田に語りかける。


「ねえ、村田さん、この場合はどうなるのかな?」


 それに対して、村田はチラリと明日香の方を見やり無表情でいけしゃあしゃあと答える。


「今の彼女は完全に妖怪化した上に理性を半ば失っています。いわゆる獣同然です。被害が出る前に駆除した方がいいでしょうね。元々、それが我々の仕事だったのですから」

「……ということだよ、朝間さん。悪いけど事態はさらに悪くなってしまった。僕達はこれから総出で狐狩りをするわけだけど、相手はあの九尾だ。よければ貴方にも手伝って……」


「黙れよ、クズ共が」


 明日香は底冷えするような声を出して黙らせた。先程とは一転した粗暴な口調に思わず村田は固まっり、翔吾も静かに目を細める。なんとなくこちらの方が自然な響きに聞こえてしまうのは、おそらくこちらが地なのかもしれない。


「元はと言えば、お前らが好き勝手にハシャいだのが原因だろうが。それに私らも巻き込むんじゃねえよ。……喰わせるぞ」


 そういって彼女の身の回りに謎の力が噴き出てくる。それは一般の人間が使う霊力でも妖怪の妖力ではない。それらの上をいく超常の存在の力、すなわち神気であった。


「面白いモノを飼ってますね」


「面白いモノとは不敬であるな、小僧」


 どこからか聞こえてくる壮年の男の声、翔吾は目の前の彼女に俄然と興味がわいた。ここで彼女とも潰し合うのも悪くはないかもしれないが、村田からの非難を込めた視線を受けて、わかってるよ、と相槌を打つ。


 今回は大人しく引くことにしよう。

 今は仕事が優先だ。プライベートはまた後でいいだろう。巫女との喧嘩にしろ、彼女の足元で寝ている少年の正体にしろ。


「では私達はここで一旦下がりますが、よろしいのですね?」


念を押すように聞いてくる村田に明日香は朝間の巫女として答える。


「私の仕事はこの街の治安の維持です。彼女がこの街に害をなすとはまだ決まっていません」


 



 一通りの話を聞いた拓郎はシズクを探すためにに家を出た。門の外に出ると思わず振り返り、出る前の冷奈との会話を思い出す。


「源治さんが戻るまで待つべきです」

「……あのジジイはどこに行ったんだ」

「この騒動の大本を断つために動いてらっしゃいます」


 数日前に出奔した源治の後ろ姿を思い出しながら、拓郎は歯噛みする。既にあの時から自分は蚊帳の外であり、戦力外だったのだ。

 そんな事も知らずにのうのうと日常を謳歌していた自分をぶん殴りたくなる。


「やっぱ最初から全部把握済みかよ……。そんなに俺は信用ねえのか」

「そんな事はありませんわ」


 冷奈は首を振る。


「人にはそれぞれ合った領分があります。貴方や妹君と妹君の役割はシズクさんと共にあり、彼女の心を癒すことでした。今回は我々の落ち度です」


 話によると、冷奈を始めとしたシズクの影響を受けにくい妖怪達の手でよからぬ者が彼女に害をなさぬように護衛にあたっていたらしい。

 もっとも、化け蟹騒動や鵺を拾ってきた時はさすがに肝が冷えたらしいが。


 だが、あの村田という男とその仲間の退魔師達がこの燈現市に入ってきたことで状況は一変した。このままでは激突は必須であり、互いに多くの犠牲者が出るとのことで、源治は彼らの長と話をつけるため、単身赴いたとのことだ。

 勿論、その間も護衛は緩めなかったらしい。


「我々の認識の甘さと実力不足です。まさか彼らがここまで強引だとは……」


 そういって彼女は袖をまくると、そこに見えたのは生々しい傷痕だった。おそらく彼女らも拓郎の知らない所で壮絶な戦いを繰り広げていたのだろう。


「それでも行くのですね」


 拓郎は静かに頷き、冷奈は止めない。シズクを家に連れ帰るという事は彼女を滅そうとする退魔師達と事を構えるという事だ。

 彼の行動は無謀そのものだ。狂気の沙汰と言ってもいい。だが、それは拓郎に戦う術がないのであればの話だ。

 おそらく退魔師の手で致命傷を負い、死の淵を彷徨った今の彼なら、中で眠っていたアレも目を覚ましているはずだろう。だからこそ今の自分が情けなかった。こんな年端もいかない少年に本来自分達が背負うはずの重荷を背負わせてしまうことが。


「拓郎君、私は……」

「大丈夫だよ、冷奈さん。夜明けまでにはシズクを連れて帰るからよ」


 片手で手を振りながら拓郎は玄関で靴を履く。


「だから朝飯の準備よろしくな」





 拓郎はもとより止まるつもりはない。


 頬を両手で叩く。


 自分がすべきことはわかっていた。消え去った九尾を止めることでも、あの腹の立つ退魔師を殴り飛ばすことでもない。


 家出をした家族を迎えに行くだけだ。

 そして彼女と一緒に家の玄関をくぐるのだ。そう決意を新たに走り出した所に意外な人物に出くわした。


「遅イゾ、憑き者ヨ」


 なぜか道路の真ん中で街灯に照らされながら、鵺が鎮座して待ち構えていたのだ。

 夜の通行人が見たら、ひっくり返る事間違いなしである。


「彼女ヲ助ケニ行クノダロウ。力ヲ貸スゾ」

「オイラは関係ないですよねええええええ!?」


 その下には虎の前足で化け狸の勘助が地面に踏みつられながら悲鳴混じりの絶叫を上げていた。

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