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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第十五話 妖狐VS英雄

 この街に来て私は幸せだったと思う。

 

 新しい家で優しい人達に家族として迎え入れられて、学校では明るいクラスメイト達に囲まれて共に笑い合う。

 そんな当たり前で、とても楽しい夢のような毎日だった。

 だからこそ、その一方で彼らを騙している事に後ろめたさに何度も苛まれた。


 この街に来る前に家主の翁から打ち合わせた内容を本人とその孫たちの前で謳いあげた時、転校初日で友達ができた時、彼と図書館までの一緒に歩いた道のりで、何度、本当の事を明かそうと口を開き掛けたことか。


 ――でも結局できなかった。


 初めて、妖狐の力に覚醒した時の周りの人間の目を思い出し、もしも皆がかつての彼らのように離れていってしまったらと考えると、結局言い出せなかった。


 そしてその葛藤は、この街で暮らしていく内にさらに膨らんでいき、この前の妖怪達の各々の事情と人間達との実際の距離感を目の当たりにして、私は限界だった。


 本当に自分のような者がここにいていいのか。


 何度か自問自答していく間に、共に帰宅の途についた時の彼の一言で覚悟を決めた。


 全てを話そうと。

 それで拒まれたら仕方ない。大人しく家を出ていこう。元々、覚悟していた事だ。この街に来てからも一番一緒にいてくれた彼に拒絶されれば、結局ここも私なんかがいてはいけない場所だったと諦めがつく。


 だけど、彼は受け入れてくれた。私の代わりに真実を明かし化け物と嘲り笑う男に対して、それがどうしたと鼻で笑い弾き飛ばした。怒ってくれた。その時、私は自分の心を覆っていた靄が晴れ渡っていったのを確かに感じた。


『人の身内』


 こんな私の事をそう呼んでくれた時、どれほど嬉しかったことか、ずっと悩んでいた自分が馬鹿みたいではないか。まあ、直後にその言葉を素直に受け止めきれずに思わず悪態をついてしまったのは自分でもどうかと思ったが。


(謝りたかったな)


 そう、謝りたかった。

 お礼を言いたかった。 

 感謝の気持ちを伝えたかった。


 ……だが全てはもう遅い。私を身内と読んでくれた彼は後ろから腹を貫かれて、血溜まりに伏したまま動かない。



 その光景には私は見覚えがあった。



 家を出る前日の夜、――やだ、思い出したくない。家に押し込んできたアイツラが――考えちゃダメ――アイツラがお父さんを――やめてやめて――



「ううん、もしかしてって思ったけどやっぱり違うなあ。気のせいだったかな?」

「? 何を言っているのか知らないが、翔吾君。ちゃんと説明をしてくれないと困るよ」

「ん? ああ! 村田さん、こっぴどくやられたねえ、鼻から血がすごいよ? エッチなことでも考えてたの?」

「……こっぴどくやられて鼻血を出してるんだよ。もうちょっと気遣ってくれないかな?」


 横たわる彼に対して好き勝手言いあうこの者ら。ついさっき人を殺めたとは思えないほど軽い会話だ。この光景にも見覚えがあった。

 

 ……ああ、思い出した。


 私、妾、シズク、我の中のずっと心の奥底に封じていた記憶が浮上する。


 父が退魔師に殺されたあの夜と同じだ。


 あの夜、血溜まりの中に沈む父、そして父を殺して好き勝手な事を言い合う退魔師共。

 ああ、だから退魔師は嫌いなんだ。正義、義務と謳いながら好き勝手に暴虐を振るうこいつらが。そんなに私を殺したいか、どれだけわらわから奪えば気が済むのだ!


 悔しい。憎い。殺したい。

 

 ……もういい。お前らがそうするのなら、私も我慢するのをやめよう。

 

 あの夜を再現しよう。もう一度あの惨劇を作ろう。


 バケモノとしての本性をさらし、全てを蹂躙してやろう。


 お前達がにソレを望んだのだ。好きなだけ恐れ慄くがいい。


 最早貴様らに救いはない。降りしきる雨を貴様らの血で上書きして、彼への手向けとしようではないか。


 クハッ!


 クハハハハハハハハアアアアアアアァァァァ!


 ああ、そうともさ。我が名は――違う。妾は――、違う違う違う!  


 私はバケモノなんかじゃ……否、妾こそは――やめて!


 嫌嫌嫌々嫌々イヤダ嫌嫌嫌々イヤイヤイヤダ


 誰か私を止め……――





 彼女を彼女たらしめていた大切な何かが崩壊した。


「ああああああああああああああアアアアアアアアアアアァァァァアア!!」


 慟哭と共に、彼女を中心に焔華が咲き、燐火が舞い散る。


「な!?」


「へえ?」


 村田と翔吾はそれぞれ驚愕と興味の声を上げる。

 彼らの前に立ち上るのはシズクを中心とした巨大な炎の渦。だが、それも瞬く間に消え去り、中からシズクが変貌した姿で現れる。

 いや、もはや彼女はシズクではないのかもしれない。


「村田さん、結界張っておいて」


 翔吾は短く村田に指示を送り、村田は素直にそれに従う。

 もはや事態は己の許容範囲を超えていた。


 緋暮静九は妖怪として完全に覚醒した。


 瞳は妖しい輝きを帯びた紅玉に変じ、二房にまとめられてた三つ編みは解け波打つ髪に伸び広がり、薄い茶髪から夕焼けのような橙色に染め上げられ、頭には狐の耳が生え臀部からも獣毛に覆われた長い尾が四本生えている。元々の整った容姿と相まって幻想的な美しさを見せており、その姿は凄絶ながらも気品にあふれ、まさに妖の姫というにふさわしい。


 ただ、その眼光に映る憎しみが全てを台無しにしていた。紅の瞳は怒りに燃え盛り、口元からは伸びた牙をむき出し涎を垂らす。もはや理性の欠片も残っていないのは明白。

 今の彼女は憎悪に狂い我を忘れる獣であり、怨みに呑まれた幽鬼だ。 

 だが、故にこそ恐ろしい。人など武器が無くば、怒れる野獣の爪牙をもってたやすく八つ裂きにされ、人は純粋な怨念に他愛なく心を病み、最後にはあっけなく命を奪われるものだ。


 村田はあまりの緊張で唾を飲み込む事すら忘れる。


 当たり前だ、自分達が今目の前にいるのはかつて三悪に数えられ、現在でも復活の可能性ありと特級霊災害獣と指定されている怪物の末裔なのだ。


 元々、こうなる前に自分の手で収集をつけたかった。もちろん功績を独り占めにするという功名心がなかったわけではないが、それを抜きにしても、自分が所属する会社の同僚たちが覚醒していない、見た目だけならいたいけである少女を目にして手心を加えないと言い切れる保障などないのだから。

 

 だから村田は泥を被る覚悟でこの場に赴いたのだ。無論、彼の同僚たちからすれば、おせっかいかつ独りよがりの行動でしかなかったが。 


 しかも結局は、あの小生意気な少年と我らがジョーカーの介入も含めて全て裏目に出てしまった。


(独断専行で覚悟してましたが、友香さんに叱られるね……。いや、それ以前にこの状況をどう切り抜けるか……)


 降り続ける雨滴を一瞬で蒸発させるその莫大な熱量と溢れ出る妖力。力の象徴たる尾の数は四本とまだ半分にも満ちていないが、それでもその力は破格。自分を含めた社の人間全員でかかっても太刀打ちできないだろう。


 隣に立つ彼を除けば。


「九尾かぁ……。思っていたより大したことなさそうだね」


(そう、どう彼らの戦いに巻き込まれずに済むかなんだよね……)


 鈴城翔吾はなんの気負いなくそう言ってのけると、彼女の前に一歩踏み出す。


 まだロクに距離をとっていない村田が制止しようとするが、もう遅い。既にシズクは動きだし少年に襲い掛かる。彼女の手は爪が刃のように鋭く伸び、一本一本がナイフのようだ。

 だが、翔吾はその動きを完全に見切り、彼女の右腕の手首ごと片手だけで掴み、そのまま捻り上げる。そのまま翔吾は手に少しだけ圧力をかけると、シズクの手首から鈍い音が響き渡った。


「ギィ!」


 シズクは短く悲鳴を上げると、強引に翔吾の拘束を外して離れる。


「折角の妖狐なんだからさ、もっと色々とやって見せなよ。彼の仇を討つんだろ?」


 翔吾はせせら笑いながら挑発し、それに応えるかのようにシズクは咆哮を上げながら、己を中心にして彷徨っていた狐火達を無事な左手に一か所に集めて翔吾に突き出す。紫の炎柱が横凪に彼に向けて繰り出された。


「残念」


 しかし、その一言とともに翔吾は手から一筋の光による一閃で襲い来る紫炎を掻き消す。


「……!」


 シズクはその瞳を驚愕に見開く。

 

 それを傍らで見ていた村田は心の底から同情した。彼にとって妖怪は憎むべき敵だが、それでもこの一方的な蹂躙は相手に一抹の憐憫を抱かせる。

 最悪の相性だ、勝てるはずがない。なぜなら彼女の前に立つ彼こそは人に仇なす全てのモノを払うために産みだされた英雄、いや人間兵器なのだ。

 人は獣や怨霊に容易く葬られる。しかし相手が人でないなら? 

 人を襲う獣を噛み殺す猟犬、人に災いを降りかける怨霊を払う守護霊。人を守るために人をやめた者。今、シズクが対峙しているものこそがそれであった。


(大人しく私の手で討伐されておけば、人になれなかった哀れな少女として死ねたものを……)


 人に憧れた少女の悲劇は終わり、ここからは少女に化けていた怪物が英雄に討伐される、ありきたりで、故にこそ愛され親しまれる王道の物語が展開される。


「さて、そろそろ終わりにしようか」


 まるで残っていた書類仕事に取り掛かるような調子で言ってのける翔吾。まるでさっきのシズクと同じような仕草で手をかざし、彼女が繰り出した炎を超える質量の光を放つ。シズクは為す術もなく、あっという間に飲み込まれた。


「ギイイイアァァァアアアア!」


 響き渡る断末魔、勝負は決したかと思われたが、光に呑まれる直前、シズクの姿は人型の紫色の炎になり、掻き消える。


「!?」


 それを確認した翔吾はようやく自分が化かされたことに気づく。だが遅い、シズクは既に彼の真後ろに回り込んでいた。

 最高のタイミング。彼も一泊遅れて反応してきたが間に合わない。


 振り返る前に、変化の術で硬質化させた尾でこの少年を背中から貫く。拓郎にしたのと同じように。


 シズクは勝利を確信し、喜悦に顔を歪ませる。その刹那、翔吾が最初に放った閃光が剣の形になって舞い戻ってきた。

 真上からの奇襲。光の剣は伸ばしきっていた尾をたやすく断ち切り、地面に突き刺さる。


「ギアァ!」

「ああ、そういえば狐って化かすものだったなあ。うん、今のは面白かったよ? でも惜しかったね」


 翔吾は静かに賞賛して地面に刺さった完全に剣となったソレをいとも引っこ抜いた。


「いわゆる聖剣ってやつさ、対君たち用に特化させたレプリカだけどね。持ち歩くのは面倒だから普段は光の粒子にしてしまっているんだけど」


 精緻な意匠が施された西洋の大剣をこともなげに振り回しながら、翔吾は自慢の玩具を自慢するかのように己の武器を語る。

 切断された尾を押さえながらも、敵意をむき出しにしているシズクは聞く様相を呈していないが、かまわず翔吾は喋り続ける。


「他にもいくつかタイプがあったみたいだけど、僕の剣の場合は西洋の『選定の剣』を人と魔で分けられるように変質させたんだってさ。誇っていいよ。大抵の奴はコレを出しただけで消し飛んじゃうんだ。そう考えると……うん、撤回する。君は強いよ」


 それなりにね、と言い置いてそのまま剣をシズクの喉元に突き付ける。

 翔吾はどこまでも無邪気に笑いかけ、対してシズクはなおも揺らぐことのない憎悪に満ちた目で睨み返す。


 ガシッ


 シズクはそのまま喉元に突きつけられた刃を無造作に掴む。

 手の平から血が滴るがそんな事など気にも留めない。聖刃に触れた代償として掴んだ部分は焼け爛れ、体中を電撃が襲うが知ったことではない。

 ただこの目の前の男にだけは屈してたまるか、敵わぬまでもせめて一矢報いてやるという一念でシズクは抗い続ける。


「いいね」


 翔吾はその姿に僅かな敬意を抱いて、剣を動かそうとする。おそらく次の瞬間にはシズクは掴んでいた指を全て切り落とされ、そのまま彼に切り捨てられるだろう。


「来世ではまっとうな生うを送れることを祈っているよ」

「アアアアアアアアアアアア!」


 退治する者とされる者、シズクに待つのは断罪のはずであった。


 だがその寸前に、二人の間に一筋の矢が放たれて、シズクは手を離して尾で地面を叩き、その反動で素早く後方に移動。一方の翔吾もシズクへの追撃はせず後ろへ跳躍し距離をとる。


 両者とも一定の距離をとると矢が飛んできた方向に目を向けた。


「どいつもこいつも、人の管轄で好き勝手やらないでほしいわね」


 目を向けた先からは凛とした少女の声が響き渡った。そこに立っていたのは弓を携えた巫女服を着た少女。そして、その足元には上半身を脱がされた代わりに巻かれた包帯を血に滲ませた夜帳拓郎が横たわっていた。

 様子を見るにどうやら巫女の少女が応急処置を済ませてくれたようだった。


「朝間の巫女……!」


 現れた巫女少女を確認した村田は苛立つように呟いた。

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