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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第十二話 亀裂

 次の日の朝、平日の月曜に源治が知人の家を尋ねてくると言い出した。


「それでは皆の衆、家の留守は任せたぞい。もしも困ったら冷奈ちゃんに頼るとよいぞ。しっかり話を通してあるでの」


「うん、わかった」

「お土産忘れんなよー」


 昨日のうちにまとめていた大きな荷物を老人とは思えぬ膂力で背負う源治にはっきり返事をする涼太と湯那であるが、拓郎の方は面白くなさそうに仏頂面で睨めつける。


「……」


 冷奈が訪ねてきて次の日に出立。しかも行先ははぐらかすばかりで教えないときたものだ。さすがにシズクが家に尋ねてきた事も含めて、ここまで黙秘を貫かれるのも勘弁してほしかった。

 そんな拓郎の心情を知らずに、あるいは知ったうえでか、源治は相変わらずの意地の悪い笑みで煽り立ててくる。


「なんじゃ? 愛しいおじいちゃんがいなくなって寂しいんか? んー?」

「違えよ、ボケが! むしろせいせいしてるわ! そのまま帰ってくん……いたっ!?」


 そこまで言いかけて、後ろからシズクに頭をポカリと叩かれる。


「お祖父さんに対してそんなこといっちゃダメですよ?」


 シズクはそう言っイタズラをした子供に対するような感じでたしなめてくる。拓郎は思わず何か言い返そうとするも強く出られず、そのままシズクに萎縮してしまう。


「カカッ、すっかり尻に敷かれ……打ち解けておるようでざまあ……安心したわい」

「おいジジイ、隠せてねえからな?」


「おっと、そろそろ時間じゃ。それでは来週には戻るでのー」


「いってらっしゃい」

「おみやげー!」


 涼太と湯那の言葉を背に、源治はかんらかんらと笑いながら家を出発した。拓郎は彼の後ろ姿が見えなくなるまでずっと睨み続けた。


 



 学校の休み時間、世間では12月を迎え、冬はいよいよ寒さに本腰を入れ始め、年末ゆえの騒々しさが世間の大人達だけではなく、学生達にまで感化されているのか、いつもよりも教室は賑わいを見せていた。


 といっても一年である彼らの場合は受験など幾分か先の話であり、大体の面子はこの冬休みという長期休暇とそれに伴うクリスマスや大晦日と言った年末イベントをどう過ごすかという話であったが。


 シズクも例外にもれずクラスメイトの友人達もとそういった話に興じていた。


「といってもさ。最近は妖怪があちらこちらで元気に騒ぎまくってるから、これが年末まで続くようなら、家で大人しくしておいた方がいいかもね」


 転校初日で友人となったクラス委員長を務める綾瀬美羽はシズクの席に手をつきながら、困ったように肩にかかったポニーテールを手で払いながら、溜め息をついた。


「騒ぎですか?」

「まあねえ。毎晩毎晩、付喪神とかが行列作って騒いでるらしいよ。実は私の家でも毎晩、床下で家鳴り……小鬼達がぎいぎい騒いでるんだよね。普段はあんなに騒ぎ立てるような奴等じゃないんだけどさ」


 目の下の隈を指さしながらそう言った美羽は、どうやら最近ロクに眠ることができていないらしい。普段は凛とした意志の強さを感じさせる目も今ではうつらうつらと重そうに瞼を上下させてる。


「事件の匂いがするにゃあ。これは記事にできるかにゃ? ……アイタッ!」

「三華、アンタはいい加減にその野次馬癖を治しな。文字通り、好奇心猫を殺すよ?」

「好奇心で死ねるなら本望にゃ!」


 堂々と言い放つ猫耳クラスメイトに美羽は顔に手をやり、シズクはアハハと苦笑いする。一見するとおちゃらけてみるようだが付き合いの長い美羽にはわかっている。この猫娘は本気で言っているという事を。好奇心の為ならば本気で命を捨てかねないという事を。

 

 何度目か分からない真似は慎めというお小言を始める美羽とそれを聞き流す三華を見ながら、シズクはふと思い立ったように提案してみる。


「妖怪さんが迷惑をかけているんですか……。じゃあ私も知り合いの付喪神の子達に何が起きてるのか話を聞いてみます」


その言葉を聞いてきた三華と美羽は“は?”と二人してぽかんと口を開け、一拍おいて、シズクを止めに入る。


「ちょ、ちょっとシズク!アンタ憑りつかれてるの? やばいって! すぐに祓い屋か退魔師のとこに言った方がいいって! 私、腕がいい人知ってるから」


 狼狽しながらシズクの肩を揺らし続ける彼女の姿はおよそ普段教室で目にする毅然とした立ち振る舞いの委員長とは思えない。


「え? え?」


「にゃはあ! シズクちゃん、付喪神と知り合いだったかにゃ! これはいいにゃ早速オウチにお呼ばれして突撃スクー……痛い!」


 美羽とは違う意味で興奮する三華をチョップで黙らせる。そして自分以上にハイになっていた三華を見て幾分か冷静さを取り戻したのか。コホンと咳祓いをして話を元に戻す。


「シズク、その妖怪達にはあまり近づかないほうがいいわ」


「そ、そんなに悪い子達じゃないですよ。昨日だって一緒にお茶を飲んでましたし……」

「良い、悪いっていう問題じゃないの。この街に来たばかりのシズクにはよくわからないかもしれないけど、妖怪や霊っていうのは本当はここにはいちゃいけない連中なんだから」


 納得できないといった面持ちのシズクのために美羽は一泊置いて説明を続ける。


「本来の彼らは彼岸の住人、であるからこそ彼らは仲間を欲する。引きずり込もうとする。この意味わかる?」

「私も仲間に入れようとするっていうことですか?」


 その言葉に美羽は静かに頷く。


「そこに悪意も何もない。ただ、彼らはもっと貴方と一緒にいたい。同じ時間を過ごしたいと願っているだけの純粋な思い。だから余計にタチが悪いのよ」


 怪異による神隠しなどのほとんどががそれに該当されると言う。実際この街ではその案件が他の町と比べて数倍多い。


「今、貴方の所にいる彼らだってその気はなくとも、やがて彼らの中にそんな考えを抱き始める子ができるかもしれないわ」


 最後にもう一度念を押すように美羽は言った。


「だからいい? 決して気を許しちゃダメ。触れ合うにしても心だけは手放さないで、彼らは本来一緒にいちゃいけない人達なんだから……ひゃあ?」


 そこへチョップから復活した三華が後ろから美羽に飛びついて胸をわしづかみにしてくる。


「美羽ちゃんは手厳しいにゃあ。本人の前でそんな事を言うなんて、そんな心が狭いから、胸も小さいんにゃよ?」

「ん……くっ……。アンタの耳と尻尾は先祖帰りの霊障みたいなもんでしょうが!」


 美羽は背中にへばりつく三華を引き離そうと暴れるが、三華は器用に彼女に張り付いて手のひらに収まる獲物をじっくりと検分する。


「しっかし、この絶妙な小ささ、程よい手触り……もう少し育てば中々の美乳になるにゃ!」

「……このエロ猫がぁ! そこになおれ! シバき回してくれるわ!」


 教室の中で追いかけっこを始める二人と、その二人による先程の百合姿と『美乳』というワードを聞きつけていた男子達の群がりにより、教室の喧騒はさらなるヒートアップを迎えるが、シズクは既にそちらを見てはおらず、ただただ顔色を失った青ざめた表情で席に座ったまま頭の中で美羽に言われたことをぅり返させて固まっていた。

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