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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第十一話 冷奈さん

「どうもこんにちは」


 そんな挨拶と共に一人の女性が拓郎の家を訪ねてきた。

 

 二十代くらいの青髪の女性で、髪型をボブカットに切り揃えているが、前髪だけはやたら長く片目を隠している。だが、残ったもう片方の目からは覗く視線は怜悧さを帯びており、なまじ整った容姿をしている分、どこか近づきがたい冷たさを放っていた。


「誰かいませんか?」

「ああ、冷奈さん。久しぶり」


 顔見知りであったのか、そんな彼女が放つ空気を無視して拓郎は特に気にもせずに家に迎え入れる。一方で当の女性も表情こそ相変わらずの鉄面皮であるものの、口調は最初と比べて幾分かやわらかくして拓郎に挨拶する。


「タク君お久しぶりです。しばらく見ない間に大きくなりましたね。飴いりますか?」

「いや、いらないから……何、その親戚のおばちゃんみたいな行動」

「まあ、失礼ですね。私は確かに妖怪ですが、人間の歳で換算しても結構若いはずですよ?」


「そっちに食いつくんかい」


 そのまま冷奈は僅かに紅潮させて拗ねたようにぷうっと頬を膨らませてしまい、そんな彼女に拓郎は頬を掻きながら謝っておく。

 やがて冷奈は表情を一転させて『冗談です』とクスリと微笑する。先程の様子からは想像もできないほどに、小さくもそれでいて温かい笑みだった。


「源治さんはいらっしゃいますか? 少しお話したいことがあるのですが……」

「ああ、また自分の部屋にこもって模型組み立ててるよ。呼んでくるからあがって待ってなよ。お茶も出すからさ」

「ぬるま湯で」

「わかってるって猫舌だもんな」

「猫ではありません。雪女です」

「知ってるよ」


 二人は軽口を叩きあうも、やがて拓郎は茶を出すとその足で奥にこもった祖父を呼びに家の奥に引っ込んでしまい、話し相手がいなくなった冷奈は拓郎に言われた通りにそのままあがりこんで居間の座布団に正座する。


「……ふぅ」


 一息ついた冷奈はぬるいお茶を少しだけ啜る。寒くなってきた今の季節にはあまりそぐわないかもしれないが、雪女である彼女にはちょうど良い。

 しばらく茶の味を楽しんでいると、ふと何かに気が付いたように横の障子に目をやる。じっと障子を見つめる冷奈。彼女の意識は障子のその向こうの縁側に座る少女に注がれていた。





「ジイさん、冷奈さんが来たぞ」

「なんじゃと?」


 拓郎の言葉に源治は組み立てた戦車への塗装の筆の塗りを止める。模型作りは源治の趣味であり、暇があれば部屋に籠って何かを組み立てている。しかも彼に縛りはなく最近では機動する戦士や宇宙戦艦的なモノにまで手を出し始めている始末だ。


「盛り過ぎじゃね? あと窓開けろよ。匂い籠ってんぞ」

「ううむ、ウェザリングしてもう少し重厚感を出したいんじゃよネ」

 

 もっとも拓郎もこういうのは嫌いではないので、たまに一緒にジオラマを作っちゃったりしているのだがそれは別の話である。

 源治は少しだけ思案するような顔をして、やがて溜め息一つつくと拓郎に突然話を振る。


「ふむう、拓郎……今日は日差しもいいし暖かかろう? シズクちゃんを連れて少し外で遊んで来い」

「は?」

「どうせ休日じゃし、湯那と涼太も友達の家に行っておるんじゃ。お主もそうしろ。な? な?」


 おそろしく不自然なタイミングで外出を薦めてくる源治。


「大切な話があるから家を空けてくれって正直に言えよ」

「にゃ……にゃんのことじゃろのううううう?」


 わざとなのか、本気なのか。あからさまなレベルで狼狽する源治に拓郎は呆れつつも言うことを聞いてやることにする。


 腹が立たなかったといえば嘘になるが、なんだかんだ言って家族として過ごした時間の長さゆえか、拓郎は祖父を隠し事があったとしてもそれは本当に大切な事情があるのだろうと理解もできるし信頼もしていた。


 とりあえず縁側で日向ぼっこをしていたはずのシズクを呼びに玄関を出てみる。


(……とついでに朝干した洗濯物と布団を取り込んでおくか) 


 物干しざおが立てかけてある庭に立ち寄ると、案の定、そこにはシズクが縁側で裁縫をしていた。


 いや正確には、その裁縫しているのが白うねりという古い布巾の付喪神で、シズクはソイツの引き裂いた体を縫い合わせている。

 よく見ると白うねりだけではなく、シズクの横には頭に鈴をつけた幼女を始めとした付喪神達が座って茶を啜っており、彼女の足元には猫と犬を足して二で割ったような妖怪、すねこすりがコロコロと転がりながら足に擦り寄っている。

 

 昼下がりなのに軽い百鬼夜行状態である。


 しかもシズク本人は特に気にした様子もない。馴れって怖いね。


「何シニ来タ、憑き者メ」


 とりあえず庭に大きく寝そべりながら威嚇してくる鵺の言葉は無視することにする。


「風に任せて滑空してたら枝に引っかかってそのまま引き裂かれてしまったようです」


 そういって白うねりの経緯を説明するシズク。彼女が怪異を呼び込む体質的だというのは知っていたが、いちいちそれに対して真面目に対応する彼女も彼女だと思う。まあそれが彼女の良い所ではあるが、前の学校ではその真面目さが災いしたともいえる。

 当然それを本人に言えるはずもなく、彼女の長所でもある以上、少なくとも自分から言うべき事柄ではないだろう。


 そう心の内で区切りをつけた拓郎はとりあえずシズクの裁縫の腕を見てみる。


「裁縫できんのか。上手いじゃん」

「ええ、前の家では家事全般は私がやってたんですよ」


 なんとなしに修復作業を見物していた拓郎の評価に対し、シズクはとどこか誇らしげに大きな胸を張る。その際にたゆんと揺れる大きな胸に目を合わせないようにしながら、拓郎は話を続ける。


「家事? お母さんがやってるとかじゃなくてか?」

「ええ、私が小さい頃から母がいなくて父子家庭だったんです」


 そこまで話した後、二人の間に気まずい沈黙が流れる。拓郎は内心やってしまったと頭を抱え込み、シズクも見て分かるほど慌てふためく。


「そ、そういえば、さっきお客さんが来てましたね! 挨拶しましたがとても綺麗な人でした。もしかして雪女の人ですか?」

「お、おう冷奈さんは親父の代からウチと付き合いのある人でな。ああ見えて優しい人だから、いつでも頼っていいぞ。小学生の妹さんもいてな。美人姉妹だってんで近所でも有名だ」

「へえ! それは一度お会いしてみたいですね!」


 さっきまでの会話を互いに忘れさせようと必死に言葉の羅列を並べ立てる二人であったが、そこまで話した後、拓郎は違和感に引っかかる。


「よく冷奈さんが雪女だってわかったな。あの人、自分が妖怪だっていうこと気にしてて、妖力を隠す隠形用の札を服に忍ばせてるのに」

「え? そうだったんですか?」


 首を傾げるシズク。いくら彼女が強い霊能者としての資質を有しているからと言って、こんな簡単にわかるものだろうか。

 そもそもあの札は元退魔師である己の祖父が作った自信作だったはずだ。ちょっとやそっとの事ではバレたりするもんじゃないだろう。

 そこまで考えた後、拓郎は源治のちゃらんぽらんなドヤ顔が思い浮かび、いや、割と欠陥品だったんじゃないのかと思い直す。


 思わず、祖父がいる向こうの襖をチラリと見やるも、やはりここからでは何を話しているのか見えないし聞こえるわけがないので、やむなく大人しく布団を取り込み始める。


「あの人は妖怪であることを気にしてるんですか?」


 シズクから再び話しかけられた拓郎は布団を背負いながら、考える。


 そういえば人の事情に首を突っ込むべきではないとずっと距離をとっていたため自分でも詳しい事情はわからなかったが、シズクのどこか寂しそうな表情だけは気にかかった。

 それは妖怪に居場所を追われた者の表情とは思えなかった。一瞬その訳を聞こうとするが、すんでの所で立ち止る。

 我ながら、臆病なことこのうえない。


「この街にはそういうのないと思ってました……」


 そう小さく呟いたシズクの声色には失望と悲しみが含まれていた。


「そう簡単に割り切れるもんじゃないだろう。こういうのは必ずどっかで綻びがでてくるもんだ」

「この街ではみんな仲良しなんじゃないんですか?」

「そんな夢物語みたいなの、現実でもそうそうあるもんじゃねえだろうよ」


 シズクの言葉に対する拓郎の返答はどこまでも素っ気ない。


 彼は知っているのだ。

 この街でも共に暮らしている以上は何かしらの事情を抱えている者も多いし、どうにもできないことがあるということ。

 妖怪は結局人間とは違う生き物であるし、難儀な事に人と同じ知識と感情を有している。すれ違いや確執というのも少なからずあるものだ。他でもない同じ人間同士でも諍いは絶えないのだから。


「あ……、すいません。無神経でしたね」

「……いや、俺も言い過ぎた」


 しばらくきまずい沈黙が二人の間に流れるもシズクは意を決して再び拓郎に語りかける。


「この世界中には妖怪を含めた沢山の異形・異種族が残っているんですよね? それでも彼らは昔と比べて大分数が減ったと聞き及んでいます」


 そんな彼女の疑問に拓郎は逃げずに単刀直入に答える。


「一番の原因はまあ人間だな」


 かつては畏敬の念を集められて崇められていた異形も、人の世の文化が発展していくごとに、その念は薄れていった。どころか彼らは異形に対して、恐怖と嫌悪、そして欲望を向けるようになったのだ。


「少し前までは、それどころか土地開発で住処を追いやられたり、タチの悪い退治屋に難癖つけられて討伐されたりする奴らもいたって話だ」

「そんな……」


 シズクは絶句する。前の学校の授業で人と異形の間で一通りの出来事は学んだ。だがそれは数十年前に協定を結んだという簡素な内容だ。それが結ばれる前にいったいどれだけの血が流れたのだろうか。どれだけの涙が流れたのだろうか。


「まあ、当時は田舎を縄張りに若い女子供を生贄にしていた悪神や妖怪も多かったし、一概に人間ばかりが悪いとは言えないけどよ」


 どこか虚しさと諦観を感じる拓郎の言葉にシズクは思わず反感を抱く。


「それでも協定を結べたんですよね?」

「それも体面上って話さ。人間だって犯罪が後を絶たないんだ。妖怪なんて余計に守らないだろ」


 とりつくしまもない拓郎の言葉にシズクは今度こそ絶句する。


「仲良こよしなんて絵空事さ」


 拓郎は最後にそう付け加えて、前を進む。その後をシズクは何も言わずについていく。


(やっぱ少し言い過ぎたか?)


 後ろを歩くシズクの表情を窺い知ることのできない拓郎は先程の己の言動を後悔しかけるが、いやいやと思い直す。


 シズクはどういうわけか自分の力とこの街について夢見がちな所があった。みんなが仲良く暮らす楽園。残念ながらここはそんな都合の良い理想郷ではない。

 人も妖怪も変わらない、それは良い奴もいればでも悪い奴もいる。彼女が今後もこの街の住人として暮らすなら、まずそこを受け入れるべきなのだ。


(初日みたいなトラブルに巻き込まれちゃ敵わないしなぁ)


 そして後日、シズクの本当の事情を知った拓郎は、この時彼女に投げかけた言葉を後悔することになる。

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