第九話 かに問答(ネタバレ)
旦那呼びに変更しました。
あと加筆。
カタカタカタカタカタカタ
「なるほど、そういうことだったんですね」
カタカタカタカタカタカタ
「それで私たちの所へ来たと……」
場所は駅前の小さな喫茶店。
レトロな内装による落ち着いた雰囲気に加えて、美味いコーヒーと地元でも人気の場所であり、学生たちの行きつけにもなっている場所である。
拓郎はエプロンドレスを着たツインテールのウェイトレスが運んできたサンドイッチに手を付けながら、カタカタと頭蓋骨、または骨体全体を揺らして震わせている。そんな相席の骸骨に対して、シズクの方はふむふむと頷き返しており、隣に座る拓郎は唖然と彼らを交互に見返すばかりである。
はたから見ると、シズクはひとりでに動く白骨死体にひたすら話しかける危ない女子高生にしか見えないが、一応これでも彼女はれっきとしたコミュニケーションをとっている。
「……よくコイツの言葉がわかるな」
やがて、拓郎はコーヒーを啜りながら、関心半分呆れ半分で呟いた。
そもそもどうしてこうなったのか。
図書館を後にした拓郎たちは後ろからずっと付きまとってきた骸骨をどうしたものかと思案しているとシズクがとりあえず話を聞いてみましょう、と言い出したのだが、なぜか骸骨の言葉を理解できたシズクはそのまま彼と意気投合してしまい現在に至る。
「ええ、言葉自体はわかりませんけど、仕草とかでなんとなくわかるんですよ。例えば……」
そういってシズクが目の前の骸骨に目配せすると、骸骨は頷いて指を鳴らしながら両手を振り、下顎骨をカパッと開き、頸椎を揺らす。どうやら仕草を見るに何かを口ずさんでいるようだ。
これは歌っているのだろうか?
「ね、わかるでしょう?」
「全然!?」
「今のは『桜散るは桃色吹雪。その散る様はまるで……ピンク。超ピンク』です」
「ラップじゃねえのかよ! しかも浅い! 良いことを言おうとしてグダグダな上に浅い!」
置いけぼりの状態に思わず声を張り上げる拓郎だが、当のシズクはむしろそんな彼を理解できないのか『なんでわからないんですか?』と首を傾げるばかりで、骸骨の方もやれやれといった様子で首を横に振りながらため息をつくようなジェスチャーをしてくるため、小馬鹿にされてるようで実に苛つく。
「それにしても骨さんがいるのに不思議と目立ちませんね」
「まあ、この店は妖怪もよく出入りしてるし、そもそも従業員も妖怪が多いからな」
そういって拓郎はクイッと親指で後ろを指すと、先程サンドイッチやコーヒーを持ってきてくれたツインテールのウエィトレスが涙目で首をカウンターに向けて2メートルくらいの長さまで伸ばしており、一方で客のいなくなった奥のテーブルでは髪の長い別のウエィトレスが長い髪をさらに伸ばしながら、口と後頭部にあるもう一つの口の両方で何かをモグモグと頬張らせていた。
『マスタアアア。三番テーブルのお客様が注文してたのと違うってえええ。どうしようううう!』
『マスター。さっきのお客様が残してったこのパスタ食べちゃっていい? つーか食べちゃったわ』
『お前ら、まとめてクビにされてええかああああああ!』
馴れきった表情の拓郎と唖然としているシズクは髭を生やしたナイスミドルな店長が激昂している様をしばらく眺めていたが、やがて拓郎の方はゴホンと咳をして骨に向かって本題に入る。
「それよりもどうして俺たちについてきたんだよ、コイツは」
「あ、はい。端的に言いますと、最近自分たちの溜まり場がタチの悪い妖怪に乗っ取られてしまったので助けて欲しいそうです」
「あっさりと無理難題を押し付けやがって……」
話によると、彼……いや彼らは元々は成仏し損ねた亡霊、行き場を失った魂、およそ未練らしい未練ももたず、強い執着も怨念も持たず、ひょんなことから輪廻の輪から外れて、ただ漠然と現世に踏みとどまる浮遊霊の集まりだった。
そんな彼らは古い廃寺でひっそりと暮らし、仲間同士で言葉を交わして意志を理解し合い交流を重ねる。そうしていく内に、彼らはやがて己の生に納得し成仏する。
そもそも浮遊霊とは孤立し孤独に彷徨う事で、やがてそれらに耐えられなくなり、妄執と未練を募らせて、やがて悪霊となってしまう例が多い。
だからこそ彼らは同じ境遇同士で認識し合い、己の在り様を再認識することでこの世に折り合いをつけて旅立っていく。
つまり、これはまつろわぬ者同士の自浄作用のようなものであった。
だが、ある日彼らが溜まり場にしていた廃寺に妖怪が現れた。
妖怪は黒い影に覆われていて正体はわからなかったが、今にも天井を突き破らんとばかりに聳え立っていた。
戦う術を持たない単なる浮遊霊でしかない彼らは為す術なくあっという間に追い出されて、街を彷徨い歩く亡霊になってしまったのだ。
「でもこの街なら、私たちよりも全然頼りになる人たちがいそうじゃないですか?」
「まあ、妖怪の依頼を聞いてくれる退魔師や祓い屋っていうのはあんまりいねえからなあ……」
「やっぱり……そうなんですね……」
どこか複雑そうな顔をするシズクの言葉に拓郎はひっかかりつつも思案を巡らせる。無論探せばいるだろうが、彼らも商売だ。タダとはいかないだろうし、当然見返りが必要になるだろうし、悲しい事に妖怪たちにその見返りを用意できる者たちはそう多くない。
(無償で妖怪の為に働いてくれる祓い屋、いる事にはいるらしいんだが……俺自身は面識がないんだよな)
よく祖父の口から聞かされた変わり者の祓い屋の話だが、そんな人間はここにはいないし、いない者の事を考えても仕方がない。なにより頼まれているのは自分たちひいてはシズクなのだ。しかし当のシズクは霊能者ではない。あくまで強い素質を備えただけの一般人だ。
「夜帳君のお祖父さんはどうなんですか?」
「ジイさんは無理だよ。古傷の後遺症とか今でも残ってるらしいし、何より歳だからな。無茶はできねえよ」
シズクの提案にすげなく返す拓郎。自分の案が却下されたことよりも、拓郎のそっけない態度にシズクは思わず頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
ちなみに拓郎の案としては自分たちでお金を出して退魔師を雇い、その妖怪を退治するなり、祓ってもらう事だろうと拓郎は述べたが、ソレを聞いたシズクはハッとした表情で拓郎に向き直る。
「でも、この人は私を頼ってくれたんですよね? だったら私が答えてあげたいです」
「そうは言われてもなぁ」
「私は助けたいんです」
語気を僅かばかりに強めるシズク。
おそらく彼女も自分が身勝手な事を言っているのを理解しているのだろう。だが、それでもと彼女は我がままを押し通そうとしている。何が彼女をそうさせるのは自分でもわからないが、これを説得するのは骨が折れそうなのはわかる。
(さて……どうするか?)
やがてもう少しだけ間をおいて熟考するも、このままでは堂々巡りだなと息を吐いて渋々と了承する。
「わかったよ、決行は今夜だ。ジイさんたちに見つかると面倒だから寝静まるのをかくにんするぞ」
「ありがとうございます! わあい! 夜帳君、大好き!」
「その、余計な媚びはいらねえからな?」
一瞬前言撤回しようかなと思ったが、嬉しそうに骸骨とハイタッチしたりガッツポーズをとるシズクを見てその気も失せてしまった。
それでもこんなのに根負けしてしまった事が今更ながら悔しく、バツが悪そうに顔を背けるが後ろから化け狸の勘助が顔を出して、
「旦那って結構チョロいんですね」
とおかしそうに言ってきたためデコピンしておいた。人間半ば自覚していることを他者から指摘されると腹が立つものである。
◆◆◆
時刻は丑の刻、肌寒い風が吹き抜ける真っ暗闇の中を二人は歩き続ける。
彼らの先頭には骸骨が先導している。緊張からか無言で歩いていると、目の前に古いお堂のような建物が見えてきた。
「そろそろだな。準備はいいか?」
「はい、塩を用意しました」
ドヤ顔で塩が入った小さなビンを見せつけるシズクに、拓郎の目は完全に冷め切っていた。
「……その食用品でどうしようっていうんだ?」
「え? 塩を振りかければ溶けるんじゃないんですか?」
「ネメクジじゃねえんだぞ! あと塩ならちゃんとした清めたヤツを持って来い!」
「な……! 金属バット持ってきてる人に言われたくありません! ヤンキーの喧嘩ですか!」
「調味料よりは効果あるわ!」
そのまま言い合いを始める二人にいまだに彼らにくっついてきていた勘助が呆れ返る。骸骨もいつものようにカタカタ震えずに黙っているばかりだ。
「本当にこの人たちで良かったんですかい?」
……カタ
骸骨も不安なのか、僅かばかりに震わせる骨身にはどことなくもの悲しさを感じさせた。
すると、お堂の方から大きな物音が立ったかと思えば、野太い男の声が響き渡る。
「むう匂う、匂うぞ! なにやら人の匂いがするぞ」
次の瞬間、お堂の戸が勢いよく開くと、生ぬるい風が吹きすさぶと共にのそりと出てきたのは、体長の2メートルを超す袈裟を着た大男だった。
男は地面につくほどに伸びた髭を撫でながら、大きな顔とは不釣り合いな小さな丸い目で拓郎とシズクを一瞥しながら、涎をこぼしながら舌をなめずり回す。
「ほう、そこな亡霊は以前ワシが追い出した連中の一人、ふむ、ワシのためにわざわざメシを用意してくれたのか。中々に殊勝な心掛けではないか!」
大男から言葉を受けた骸骨は、明らかに今までとは違う怯えによる震えで体中を鳴らす。
「違います。私たちはあなたを追い払って貰うように頼まれたんです!」
「何? 追い出す? 貴様のような小娘がこのワシを? ガハハ、これは片腹痛いわ!」
唾を飛ばしながら、豪快に笑う男はやがてピタリと笑うのをやめ、思いついたと言わんばかりにシズクと拓郎を見据えた。
「よかろう。ただ一思いに喰らうのもたやすいが、それでは饗が冷めるというのも。貴様ら! ワシの問答に答えて見せよ!」
「問答?」
「うむ、それに答えれば、ワシは潔くここを去ろう」
そういって男はゴホンと咳をして語り始める。
「では行くぞ……大足二足……」
「あ、俺それ聞いたことあるわ。蟹だろ?」
『え……?』
拓郎が事もなげに答えて、周りが凍りついた。大男は固まったまま動かず、骸骨は頭を逸らし、勘助はあちゃあと顔を押さえ、シズクは『え? 問答は?』といまだ何が起こったか分からず、狼狽している。
なんだか全体がすごく気まずそうな雰囲気を醸し出しており、拓郎は奇妙な罪悪感に見舞われた。
なぜか、昔、中学の頃に八代から『お前微妙に空気読めねえよな』と残念そうに言われたことを思い出した。なんでそんな謂れを受けたか今でも見当がつかないが。……ないったらないのだ。
「……帰る」
やがて、大男がドロンと白煙を上げて、大きなカニとなりガサガサと哀愁漂う姿で横歩きで森の中に消えていった。
それを一同で見送った後、勘助がポツリと呟く。
「結局あの化け蟹、何がやりたかったんでしょうかね?」
「問答がしたかったんじゃないでしょうかね。……骸骨さんとは会話ができなかったみたいですし」
その呟きに対するシズクも残念そうであった。どうやら彼女もしたかったらしい。