序話 始まり
昔々のお話です。
まだこの世界に八百万の神々や魑魅魍魎といった人ならざる者たちが跳梁跋扈していた頃のお話。
ある村に人間好きな土地神様がおりました。
社越しに祀られていた神様は、人間と同じように歩き、語らい、笑って過ごしたいと常々思っており、ある日我慢できなくなって、社から飛び出してしまい村人と接するようになりました。村人たちは最初は面食らったものの、最後はそんな変わり者の神様を笑って受け入れ、共に穏やかな日々を過ごし始めました。
しかしある日、村に凶作が訪れます。続く日照りにイナゴの群れ、大地はひび割れ、草木は枯れ果て、村人たちは飢えに苦しみました。
貧困に苦しみ喘ぐ村人たちは神様に祈りました。神様はたくさんの人に想い願われることで力を発揮できるのです。皆の祈りを快く聞き届けた神様は不思議な力で村を癒しました。
雨を降らして大地は潤い、草木は蘇りました。結果的に、その年はこれまで以上の豊作となり、村は救われました。
村人たちは諸手を挙げて喜びました。そしていままで以上に神様を敬い奉るようになったのです。
ところが、その噂を聞きつけた殿様や妖怪たちが、その神様を手に入れようと大勢を率いてその村に押し寄せてきました。欲に駆られた彼らは神様の力を巡って争いを始めてしまいます。
その土地の豊穣と繁栄を司る神様は、争いを止める力を持たないため、怯える村人たちと共に寺に籠ることしかできませんでした。
やがて、戦が激化する中、村人たちの中から年端のいかぬ子供たちが神様に駆け寄りお願いしました。
『みんなのいくさをやめさせてください』
神様は静かに頷いて、その願いを聞き届けました。
他の村人が止めるのも聞かず、神様は寺を出て、争う者らの前に姿を現すとその場にいた者ら全員に聞こえるぐらいに良く通る声でこう告げます。
『ここにいる者らよ聞け! 我が力を大地に還す。それでこの争いは終いぞ!』
そう言って神様は携えていた短刀で己の胸を一突き。
それだけで神様は呆気なく息絶えてしまいました。
争っていた者らは慌てて神様に駆け寄ろうとすると、神様の身体は光る泡沫とともに大地に溶けて消えてしまいます。
争いの理由はなくなった彼らは皆ポカンとその場に立ち尽くしていましたが、やがてポツポツと一人づつそれぞれが帰るべき場所へ帰っていきました。
皆が皆、まるで長い夢から覚めたような顔で。
ですが話はここで終わりません。
神様がいなくなったその村には、なぜか多くの妖怪や霊が引き寄せられ始めたのです。
訪れた旅の修行僧が言うには神が大地に呑まれた影響か、この土地の霊脈は特異になっており、加えて瘴気や人の想念が溜まりやすく、人ならざる者たちが住みやすい場所……特異点になっているそうです。
村人たちは最初は怯えていましたが、皆で話し合った結果、彼らを受け入れることにしました。もしかしたら、神様を死なせてしまったことへの彼らなりの償いだったのかもしれません。
さらに長い年月が流れ、文明が発展するにつれて、神や妖怪に対する畏れや敬いが人の心から薄れていき、彼らの姿が少しづつ数を減らしていく中、その土地にいる者らだけはその姿を色濃く残し続けました。
そして土地に人が増え、村から市となったその場所は現在もまだ人外と人が共に生活を続けているのです。
その街の名は「燈現市」、人と幻想が交差する特異点。
これはそんな街で巻き起こる大騒動のお話でございます。