第二話③
メイプルの日記
同日
孤児院にて
「冒険者になりたいかぁ、それはまたいきなりねぇ。」
椅子に座った私の髪を弄りながら狩人の方は言いました。
「クレアさんに相談したら、あなたを紹介されたんです。女性の冒険者として。」
「んー、確かに女性の冒険者は珍しいねぇ。」
「やっぱり、厳しいんでしょうか?」
「そりゃねぇ、今どき冒険者なんて仕事するなんて女でなくても厳しいさ。」
「そうなんですか?冒険者と言うと、皆に歓迎されるイメージがあるんですけど…。」
「あっはっは!そりゃ一部の連中の話さ。」
彼女は私の髪を梳きながら笑います。
「ほとんどの冒険者はその日暮らしの肉体労働者だよ、清掃とか運搬なんかの仕事をして過ごしてる。」
「私達みたいな魔物退治やら遺跡探索程度の仕事をしてるのは半分以下で、それだって決して華やかな仕事じゃないしね、正直傭兵まがいと言ってもいい。」
「物語に出てくるような冒険をしてる冒険者なんて、ほとんどいないよ。」
「そうなんですか?」
「ナナシからそういう話は聞いたことないの?」
「お仕事の話はあまり。」
「ふっ。あいつもそういうところ聴いてほしくないんだろうね、まったく。」
「そもそも冒険者ってのがどうやってできたのか知ってるかい?」
私の髪を弄りながら彼女は訪ねてきました。
「えっと?」
「まぁ知らないか。」
「この世界には【乱動期】と【安定期】があるってのは知ってるだろう?」
「はい。えーっと、大昔の魔法使いたちの戦争によってそうなったと聞いていますが。」
「正確には一人の魔法使いの一つの呪文によってらしいけどね。」
「まぁその呪文のせいで世界は定期的に乱動するようになったわけだ。つまり地面は揺れ動き海は割れ山が生まれ、都市は地の底に埋もれる。」
「そうやって10年とたたずに地図が次々と書き換えられる。それが乱動期。」
「はい。」
「それが50年近く続く。当然その間は交通や通信は遮断され、多くの国々が滅んでいく。そのずたずたになる世界の中で何とか文明を支えようとした人たちがいたわけだ。」
「彼らは危険を顧みずに世界を渡り、地図を描き人々の交流を支えた。これが冒険者の始まりなんだよ。」
「なる程、それは知りませんでした。」
「ふふっ、あんまり興味は持たれないからね。」
「で、乱動期が終わったら冒険者の仕事が終わりってわけでもない。」
「台地が落ち着く安定期に入っても文明はズタズタになってるわけだから、危険は一杯だ。」
「その世界での復興もまた冒険者たちが率先して行うんだよ。当時は冒険者と言うよりは復興者・開拓者なんて言われてたらしいけどね。」
「へー。すごいですね。」
「その時期の冒険者ってのは正に冒険者って何相応しい仕事をするんだけど。今は安定期に入ってから150年以上だからね、ある程度世界も落ち着いてきた。」
「おそらく以前の乱動期以前と同等かそれ以上にね?んで、そうなると冒険者の仕事ってのは当然減るわけよ。」
「で、文明が復興して社会が発展すれば落ちこぼれと言うかそういう連中も増える。そういう連中は何故か冒険者になるんだよ。まぁ冒険者になるのに資格なんていらないからかしらね?」
「そうして生まれるのが、さっきも言った名ばかり冒険者の連中さ。」
「奴らは冒険なんてしない、剣すら帯びちゃいない。日雇いの仕事を細々とこなして暮らしてるってわけだ。ぶっちゃけただのチンピラ。」
「チンピラですか?」
「そうだよ、仕事してない時は酒場に入り浸ってるような連中さ。連中に宝の地図を渡したとしても探索にも行きゃしないで売り払っておしまいってわけ。」
「えっと…でも皆さんは違うんでしょう?」
「そうだけどね。要は冒険者なんてのは禄でもない仕事だから他に選択肢がないならともかくそうでもないならしないほうが良いわよ。特にメイプルちゃんなんかまだ子供なんだから。」
「………。」
「それよりっと…。ほら、できた!」
彼女はそういうとポンっと私の頭を軽く叩きました。
「うん、似合う似合う。」
頭を撫でると、お土産に頂いた大きなリボンがつけられていました。
「本当ですか?」
「あぁ、可愛いよ。買ってきてあげた介がった。」
「ありがとうございます。えへへ。」
彼女は満足そうに笑って向かいの椅子に腰かけました。
「よっと、働きたいって気持ちは偉いと思うけど、君は冒険者よりもっと似合う仕事があるわよ。」
「私はなるべくナナシ様のお手伝いがしたいんです。」
「どうしても?」
「…はい。」
「ふーん、そういうちょっと頑固なところはあいつと一緒なのね。」
ナナシ様と一緒?そうなのでしょうか。
確かに、少し思い当たるところはありますが…私も頑固でしょうか。
「………。」
「ただ、どーしてもナナシの近くで働きたいっていうなら、手はないわけじゃないよ?」
「…?」
「聞きたい?」
「はい!ぜひ!」
………
ナナシの日記
同日深夜
「…っと。ここまでは順調だな。」
闇夜に紛れ、俺はとある屋敷の屋上にいた。
ターゲットの屋敷だ。
こういう時はこの街に漂う霧は便利だ、何をしなくても姿を隠してくれる。
俺は魔法は使わないから解らないが、確か魔力に対するジャミングとしても働いているらしい。
軽く呪いを発動すれば、暗黒で輪郭がにじみ、更に見つかりにくくなる。
この使い方はこちらに来てからしばらくしてから気づいた。
「…本当に殺人に特化した能力だ。」
俺は誰にも聞かれていないことを承知でぼそりと呟いた。
とは言え油断は禁物だ。
俺は注意深く周囲を探る。
外に人、いや、【命】の気配はない。
館内にひとつ、ふたつ…いくつかある。
恐らくターゲットと使用人、そして用心棒たちだろう。
頭の中に叩き込んでおいた屋敷内部の地図を思い出す。
「…行くか。」
俺は音を立てずに窓を開けると、屋敷の中に侵入した。
そこは廊下だった。
所々にある蝋燭だけが微かに足元を照らしている。
俺は物陰に隠れて周囲を見回す。
人の姿は、その他怪しいモノも見えない。
床には赤いじゅうたんが敷かれ、一見して豪奢な装飾がそこかしこに備え付けられていた。
見るからに貴族の屋敷と言ったイメージ通りだ。
「成金貴族、か。」
事前に入手した情報通りらしい。
一つぐらい持ち帰ってもばれないだろうか?
いや、それではただの盗人だしどこから足がつくかもわからない、やめておこう。
音を立てない様に慎重に廊下を進んでいく。
用心棒もいるはずだ、俺はいつ遭遇してもいい様に剣の柄に手を掛けながら進む。
っとその時、廊下の角から小さな足音が響いてきた。
「………っ!」
急いで近くの扉を開き身をひそめる。
コツ、コツ、コツ…
「………。」
扉の隙間からのぞくと、使用人らしい女性が通り過ぎていった。
「………ふぅ。」
足音が消えたのを確認し、ため息を吐いた。
いざとなれば屋敷全部を皆殺しにするという手もあるが。あくまで最終手段だ。
「…なるべく殺したくはない、なんて。今更だな。」
自嘲気味に呟いた。
俺は扉を開け周囲を確認し、部屋を出ようとした。
「…?」
その時、壁にかけられたある絵が目についた…。
………