第二話/あなた(きみ)のことをおもって①
語っても語らなくても意図しても意図しなくても誤解はまねかれる
~詐欺の神の言葉~
ナナシの日記
魚の月××日 朝から陰鬱な霧
自宅にて
「私も冒険者になりたいです!」
「えっ…絶対だめ。」
メイプルと朝食を食べていると、突然予想外の事を言われた。
俺は一瞬硬直したものの、反射的に否定した。
…これも俺の悪い癖だ、問いかけや提案にとにかく拒絶から入ってしまう。だが今回の場合はよく考えてもやっぱり駄目だ。
「なんでですか。」
「なんでもなにも…君は女の子じゃないか。」
「女性の冒険者だっているじゃないですか?この前の狩人の方とか。」
「そりゃ特別な場合だ…女の冒険者なんてほとんどいない、実際には。」
「でも…。」
「待ってくれ…そもそもなんでいきなりそんなことを?」
「だって…ナナシ様がいつも危険なお仕事に行っているのに、私は何もできないなんて…寂しいじゃないですか…。」
「それに、私もここにいるだけじゃなくて、働いて少しでもナナシ様の助けになりたいんです。」
うわぁ…なにこの娘、可愛い…。
なんて惚けてる場合じゃない。俺は彼女に向き合って慎重に言葉を選ぶ。
「それは、えっとな、君はまだ子供だからそんなこと考えなくても良いし。冒険者ってのはとても危険な仕事だ。君に危険な目にあってほしくないし。」
「それに…君には家で俺の帰りを待っていてほしいんだよ。」
言ってて恥ずかしくなる。しかし本心だった。
「でも、ただ待ってるだけなんて…。私もナナシ様のお役に立ちたいんです!」
「充分役に立ってくれてる。それに仕事なら冒険者じゃなくてもいいじゃないか?」
「ナナシ様と同じ冒険者になりたいんです!」
いつになく食い下がって来る彼女に少し戸惑う。
「なぁ…んー、メイプル、気持ちは嬉しいけど、やっぱり危険だからやめてくれ。」
「でも。」
「君の為に言ってるんだ。」
ふと口に出た自分の言葉に嫌気がさした。
『お前の為だ。』『君の為だよ?』『それがあなたの役に立つから。』
昔からさんざん言われてきた言葉、何故か俺はそれが小さいころから嫌いだった…。なぜだろうか?でもなんだか上から目線で決めつけられるような言葉が、本当に嫌いだった…。それを今、自分が口にしている。確かに楽な言葉だ、面倒な説得を打ち切って恩着せがましく相手に選択を押し付けられる。
俺は内心の嫌悪を隠すために思わずぷいっと顔を背けた。
「…わかりました。」
その仕草を彼女がどう思ったかはわからないが、一拍おいてから渋々といった感じで返事をした。
だが明らかに不満そうだ…。ここに来て一月あまり、思えば彼女のわがままなんて今までほとんどなかった。聞いてあげるべきだったか?…いや、それでも冒険者は危険すぎる。
「じゃあ、俺は仕事があるから…いってきます。」
「いってらっしゃいませ…。」
何時もと違うトーンの見送りを受けながら俺はギルドへと向かった。
………
同日
冒険者ギルド【灰色熊の穴倉】
「ざわざわ。」
「がやがや。」
ギルドの中は多数の冒険者でごった返していた。
賭け事に興じたり、食事をしたり、冒険の打ち合わせなどをしている。
「よぉ、久しぶりだな陰騎士。」
「あぁ…。」
俺を見かけた一人の冒険者が話しかけてきた。脇に大きな斧を置いてある筋骨隆々の大男だ。
「最近はお前もギルドに顔を出すようになったな、どういう心境の変化だ?」
「別になんでもないさ。こっちの方が仕事も受けやすいってだけだよ。」
「ふーん、そうか。レオナルドから可愛い女の子と暮らし始めたって聞いたからそれが関係でもしてると思ってたぜ。」
あの馬鹿剣士め。
「そうじゃない…。」
「ま、ま、それに関して色々聞かせてくれよ。飲んでくだろ?」
「悪い、酒は飲めないんでな。」
「なんだよつめてぇなぁ。折角酒の肴にしようと思ったのに。」
「残念だったな、代わりにこいつでなんか頼め。」
銅貨を何枚か握らせる。
「おっ!へへっ、気前がいいじゃねぇか。わかったよ、今日は引き下がる。でも今度は付き合えよ。」
「あぁ、わかったよ。」
テーブルに戻って行く男の背中を見ながらふと思った。
メイプルについて相談しても良かったかもしれない、と。
しかしどうせまともな返答は期待できそうにない、と首を振った。
俺は気を取り戻し、依頼人が待っているはずの別室へと向かった。
………
「兄を殺してほしい。」
「………。」
部屋に通されるなり、そう告げられた。
依頼人はみるからにお坊ちゃんといった感じの少年だ。
テーブルに両ひじをつき、偉そうな態度でこちらを睨みつけてくる。
十代後半だろうか…?こっちの世界では15にもなれば立派な成人という扱いらしいが、それでも酷い依頼の様だ。
「兄をか、理由を聞かせてもらえますか。」
「なんだ?正当な理由がなければ受けられないとでも?君はこういった依頼を引き受けるのに慣れてると聞いてわざわざコンタクトをお願いしたんだがね。」
彼は歳不相応のエラそうな仕草と口調で詰め寄って来る。
「違う、別に善悪で依頼を引き受けるかどうかを決めるわけじゃない。ただ依頼人の意図を知っておかなければ予期せぬ結果になりかねないだろう…命を奪う以上、取り返しはつかない。」
こういった依頼人は初めてじゃない、俺は淡々と意図して事務的に返答する。
「………。」
「………。」
「いいだろう。」
彼が深く腰を下ろすと、ギシッと椅子が鳴った。
「僕の名はアーリー・フォンブ・アルンベリン。由緒正しいかのアルンベリン家の次男だ。」
「ということはターゲットは嫡男…。跡取り目的か?」
「ふんっ、とっくに両親は他界している。兄を殺すのは正当な復讐と制裁だ。両親の死後、兄はすべての遺産を独り占めして僕を家から遠くの学園に追いやったのだ。」
彼は苦々しげに語る。
「僕が何度訴えても家に入れすらしない!『それがお前の為だ。お前は勉学に励め。』としか言わん。実の弟の為に酷い仕打ちだと思わないかね?」
「…このご時世、勉学に励めるなんてのは贅沢だと思うが。」
「ハッ!その建前で厄介払いしたいだけさ。あの男は。」
「僕には才覚がある!きっと家と事業を乗っ取られるのが怖いんだ。」
「そうですか。」
これ以上突っ込んでもろくな話は出てこなさそうだ。
「では、細かい話を。この事を知っているのは?」
「君と僕だけだ、当たり前だろう。」
いざばれた時にも責任は俺一人が被れってことだな。
「わかりました…。期限は?」
「そうだな、今週中に頼む。」
「急ですね、理由は?」
「兄は今、病に臥せっていてな。かなり重いらしい。医者の話じゃあと一月もたないという事だ。」
「…?それならわざわざ手を下さなくてもいいんじゃないか?」
「いや、だからこそだ。兄は今死に直面しており、しかしある程度の時間、猶予がある。」
「ならば何をすると思う?死後、家や財産についての遺書を残そうとするにきまっている。そしてその場合…当然僕への相続はほとんどないだろう!」
「それは、決めつけでは。」
「そうに決まってる!今までだってそうだったのだからな!」
興奮する依頼人を宥める。
「…とにかく、だからこそさっさと始末してしまいたいのさ。そうすれば財産は僕のモノになるからな。」
「なるほど…依頼内容は把握しました。」
「うむ、これが前金だ。成功したらもう半分を渡そう。」
ジャラリと聞くだけで大量の金貨が入っているとわかる金貨袋がテーブルに置かれた。
「気前がいいだろう?僕は兄と違ってきちんとした人材、働きは評価するのさ。」
「…どうも。」
どうでもいいことだ。
彼の気が変わる前に懐にしまう。
「他に細かいサポートはいるか?無論、僕が疑われない範囲でだが。」
「いいえ、全部自分でやります。」
「流石だ。それでは失礼するよ…。あまり長いしたい場所ではないのでね。」
彼は帽子と外套を身に着けると、裏口に止めてあった馬車に乗り込み去って行った。
「…兄弟げんか、か。」
霧の中に消えていく馬車を見送りながら俺は独り言つ。
そして俺もまた、逆方向の霧の中へと歩いて行った。