小話①
魚の月初めの日 うっとうしい霧模様
「ナナシ様。」
「ん?」
食後、リビングでのんびりしているとメイプルが話しかけてきた。
「なんだ?」
食器洗いを終えた彼女がとととっとリビングにやって来た。
「以前クレアさんにナナシ様の好物をお聞きして、お弁当に入れたのですけど。」
「あぁ、唐揚げか、美味かったよ、ありがとう。」
「えへへ、ありがとうございます。」
彼女は嬉しそうに笑い大きな耳をピコピコっと揺らした。
「それでですね、他にもナナシ様の好きなものがあればお聞きしたんですが。」
「んー、そうだなぁ…。」
ステーキは高いし、ラーメンはこの世界にはないっていうか弁当には無理だろう、餃子…も無理そうだな。あぁ、こっちの世界に来てあんまり後悔は無かったけどこういうときばかりは向こうが恋しくなる。
こころの中で溜息をつきながらしばし考えた後に思いつく。
「竜田揚げも好きだな。」
「タツタアゲ?」
彼女が首を傾げた、から揚げはあっても竜田揚げはないのか。
「えーっと、唐揚げの仲間だよ。鶏肉なんかを片栗粉でまぶして揚げるのさ。」
俺も詳しい作り方は覚えてなかったけど確かそうだったはずだ。
「なるほど、それは初めて知りました…ナナシ様の"故郷"のお料理ですか?」
「そうだな。まぁ無理そうなら…。」
「いえ、大丈夫です!…多分。おつくりします!」
彼女はふんっと鼻を鳴らして勢いよく身を乗り出してきた。
「お、おう、わかった…。楽しみにしてるよ。」
「はい!」
「………。」
「…?どうかしましたか?」
「あー、うん。メイプルは好きなものはないのか?」
「私ですか?ヴィアンヌベントが好きです!」
「ヴィ、なに?」
「えーっと、人参やお野菜をですね、お肉で巻いたお料理なんですけど。」
「ふーん。」
アスパラ巻きのようなものだろうか?
「…よし。」
「?」
「明日は休みだし、二人で買い物に行こうか。」
「あ、はい!何を買いましょうか?」
「今言った料理の材料、竜田揚げとヴィアン、えーなんとかのさ。」
「え!?本当ですか?」
彼女は耳をピンと立てて椅子の上で跳ね上がった。まるで本物の兎の様なリアクションに笑みがこぼれてしまう。
「あぁ、金も入ったしな。たまにはいいだろ。」
「あ、じゃあ、えっと…孤児院の他の子たちにも…?」
「んんっ…あぁ、まぁ…足りるだろ。」
急いで頭の中で計算する…。うん、足りる足りる。多分、俺がまたすぐ仕事に行けばいいだけだ、うん。
「やったぁ!ありがとうございます、ナナシ様!」
彼女は満面の笑みを浮かべてデレっとした表情を浮かべた。
うん、この笑顔の為なら大したことは無いな。
自分にそう言い聞かせることにした。
その夜は、買い物にテンションを上げる彼女と共に遅くまで会話を楽しんだ。
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