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陰(キャ)騎士と兎の少女  作者: 羊の迷宮
5/24

第一話終

………


同日

孤児院から市場へ向かう途中の路地


「おかしいな…。」

彼女を探して何度か市場への道を往復したが見つからない。

市場への道は他にもあるにはあるが遠回りだったり危険だったりでこの道以外を使うなんて無い筈だが。

迷ったのか?

いや、彼女もこの道は初めてじゃない。一緒に買い物に行ったこともあるんだ。

もしかしたら知らずにすれ違ったのかもしれない。

「あれぇ、旦那、奇遇ですねぇ。」

一旦帰ろうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。

「あぁ…お前か。」

イラついていたのかつい乱暴な言葉が出てきた。

「へっ、ご挨拶ですね。久しぶりですのに。」

情報屋の男は不気味な笑みを浮かべながらぬるりと路地裏から姿を現した。

「今忙しいから、仕事の話ならまた今度…。」

「おやおや、そっけないですよ。今日は仕事の話じゃなくてもっといいものをお見せしたくてわざわざ待っていましたのに。」

「………?」

待っていた?何も心当たりがない。

いい加減無視してメイプルを探しに行こうとした時、男が背中に隠していたものを見せてきた。

…それには確かに見覚えがあった…そうだ!孤児院で使っている買い物籠だっ!

俺は次の瞬間、奴の首を掴み、近くの壁に叩きつけていた。

「いっでぇ!」

「どこでそれを拾った!言え!彼女をどこにやった!」

「ぐぐっ…いやだなぁ、旦那。俺はこれを拾っただけですよ、へへへ。俺が…犯人ならとっくに逃げてますって。あいててっ…。」

男は冷や汗をかきながらも不敵な笑みを浮かべる。

「………。」

確かにそうだ、この男が犯人ならこんなところにひょっこり現れるわけがない。

俺が手を離すと奴はゲホゲホとえづいた。

「どこだ。…どこで拾った。」

「…市場へ向かう狭い路地ですよ、ほら、浮浪者だまりになってるあそこ。路地の入口に落ちてましたね。」

「…っ!」

俺はとっさに走り出していた。

「へい!むやみに探しても連中の居場所は解らないでしょう、旦那!」

しかし男の言葉を背に受けて俺は足を止めた。

「連中…?」

心当たりがあるのか?

「いいですか?この霧とは言え目撃者はおらず、悲鳴を聞いたものもいない。現場にはその籠一つ落ちていただけで証拠も無し。おそらく犯人は複数人…それも手慣れたプロの連中ですかね。」

プロの人攫い組織。そうだ…先日の会話を思い出した。

この街じゃそんなの珍しくもない、誰も騒ぎはしないようなことだった。自分には関係ないと今の今まで忘れていた。

俺は馬鹿だ。メイプルはつい先日攫われたばかり、また狙われるかもしれない、と。一人で出歩かせるなんて絶好の標的だと、なんで気づかなかった!

「…そいつらはどこにいる。」

言葉に焦りが出てしまう。

「なんでです?」

「いいから教えろ。」

「そりゃ…俺も居場所はチェックしてますけどね?まだ連中は小規模で被害も小さい、賞金がかかってるわけでもなし。というわけでまだまだこの情報に価値はないですよね。…それに赤の他人の娘一人、どこでどうされようが知った事じゃありませんし。」

「じゃあなぜ俺にそれを教えた。」

「ふっ、そりゃまぁ、旦那にとっては、価値のある情報かと思ったんでね?」

奴のもったいぶった言い回しにイライラが集う

「今すぐ教えろ。」

「無料ってわけにはいきませんよ?」

「………。」

つい剣に手をかけてしまいそうになるのをグッとこらえる。

その気迫に気づいたのか男は余裕の笑みを浮かべながら一歩間合いを取った。

「…しかしまぁ、そこまで怒るとはさすがに予想外。旦那らしくもないですね、娘一人に。」

「………。」

奴の問いに、俺は答えられなかった。

確かに俺は今まで人と深入りすることは避けてきた。元の世界でも、こちらでも。一人でいるのが気楽で、他の奴と関わるのは面倒だった。人付き合いはストレスしかなかった。この街ではさらに危険も多い。一人でいる事の言い訳には好都合だった。

でも…俺は…。

「取引だ。」

あの子の泣くところは見たくない。

「奴らの居場所を教えろ。」

「へっへっへ…。貸し一つですぜ?」


………


同日

?????


「いやぁ、しかし兎耳族とは思わぬ拾いモンだったな。」

「あぁ、こういうのを好きな奴を知ってる、高く売れるだろうよ。」

「はっはっは、他の奴隷と一緒に連れて行けばしばらくは遊び放題だぜ!」

何処かの薄暗い廃墟の中、メイプルは縛られていた。

周囲には複数の男たちがおり、不穏な会話を交わしている。

「それにしても上玉だぜぇ。」

「おいおい、こんな餓鬼に欲情してんのかよ。」

「でもわかるぜぇ、ちょっとだけ味見してもいいかな?」

「…ひっ。」

下卑た笑みを浮かべた男が舌なめずりを浮かべながら近づいて来ると、メイプルは恐怖で身を引きつらせた。

「…やめろ、商品に傷をつけたら殺すぞ。」

斧を背負ったリーダー格らしき男が低い声で警告を発した。

「冗談だぜ、ボス。」

「へっ、まぁ我慢しろよ。この仕事が終われば娼婦なんていくらでも抱けるぜ。」

「はっはっはっは。」

「…しかしボス、最近動き過ぎじゃねぇか?このままだと遠からず賞金稼ぎ共にも狙われるようになるぜ?。」

「なんだよ、お前、ビビってんのか?」

「そうじゃねぇけどよぉ。」

しかしボスと呼ばれた男は不敵な笑みを浮かべる。

「ふっ、それぐらい考えてある。今回の依頼人の一人とこの先も仲良くしたいって話が来てるんだよ。」

「それってつまり?」

「ばぁか、お偉いさんが俺達の事匿ってくれるって事だよ。」

「うひょお!まじかよボス!そうと分かれば怖いもん無しだぜぇ!」

「それに…いざとなったら先生がいるからなぁ。」「はっはっは、ちげぇねぇぜ!」

チンピラ達がボスの隣に静かに座っているフードを被った男を見た。

いつからいたのか、不気味な気配を放っている。

「この前の仕事も先生の魔法のおかげで楽ちんだったしなぁ。」

「その通り、俺達に敵なんていないぜぇ、ヒャッハー!」

彼らの言葉を聞きながらメイプルは真っ青になる。

自分はこれから売られるのだ。そう理解したとたん、以前攫われた時の気持ちが一気に蘇る。

恐怖、孤独、不安…。

「…やだ、やだ…。」

涙がとめどなくあふれ、ガタガタと震えてしまう。

(誰か、助けてっ…)


バァン!


「…!」

「あんっ?」

「…!?」

その時、大きな音と共に扉が開かれた。

「誰だ!」

「ん…バリグ!?」

廃墟内の全員が思わず振り向くと、そこには血まみれの男が立っていた。

「かっ…かはっ…たす、け…。」

「お前、どうした!」

しかしバリグと呼ばれた男はそれ以上一歩も動かずに白目を剥くと、ドシャっと崩れ落ちた。

そしてその後ろには、真っ黒な外套を羽織った人影が一人。血濡れの剣を手に立っていた。

その立ち姿はまるで、騎士の様。

「っ!バリグ!」

「んだてめぇ!」

「お前がバリグをやりやがったか!」

「………!」(…え?…ナナシ、様?)

「………。」

一瞬ナナシ様の姿に見えました、しかしどこか違いました。この世の悪意がオーラが人の姿を形どった様な、そんな不吉な気配を発するそれにゾッと背筋が凍ってしまう。その人はチラッとこちらを見て、直ぐに視線を男たちに戻した。

「おう、てめぇ。何とか言いやがれや!」

シュバッ!

男が一人、騎士に近づいたと思ったら、一閃。

瞬きする間もなく彼の剣が降られた。同時にバッ!とチンピラの首から血しぶきが飛んだ。

「おっ?おろろろぉぉぉ………。」

その男もまた先程の男と同じ様に地面に倒れ込んだ。

「ジルゥ!」「てめぇ!」「死んだぞお前ぇ!」

一泊置いて、男たちが武器を手に怒りの形相で彼に突撃する。

「………。」

(いけない!逃げて!)

そう思った瞬間にはもう男たちは騎士を間合いに捉えていた。

剣先が斧先が、彼の身体に触れようとした瞬間…。その黒い剣が光った。

キュン!

再び一閃、そして同時に血しぶきが上がる。

キュン!キキュン!

更に二度、三度、と同じ様に閃光が上がり、男たちが倒れた。

そこでようやく気付く。あれは、剣が、あの黒い剣が、目にもとまらぬ速さで、迎撃しているのだと。

「んなっ!」「こいつぁ!」

流石に予想外の光景に残りの男達は一瞬動きを止めた、しかし彼らはすぐにまた突撃した。

が、その時にはすでに、黒い騎士が間合いに踏み込んでいた。

バシュ!バッ!キュバッ!ババンッ!

「こいっぎがぁ!」「はっ!?」「ぎゃあああ!」「ぐぇっ!」「ひっ、あぎゃあ!」

黒い閃光が男たちの間をかけ、それに伴い血しぶきが次々と上がり男たちが倒れていく。

まるで踊る様に、死をまき散らしていく。その姿は恐ろしくも目が離せなかった。

一人崩れ落ちる毎に、黒い騎士はさらに黒く染まっていき、不気味なオーラもますます色濃くなっていく。

「な、なんだ、こいつ…。」

リーダーらしき男が青ざめ呟く。当然だ、こんなの…こんなの、人間じゃないもの。

殺戮が、一方的な虐殺が繰り広げられていく。恐怖にかられ逃げだそうとする者すらも背中から容赦なく斬り捨てられる。

「…まるで、伝説の魔神だな。」

フードを被った男が口を開いた。

「魔神!?魔神って異界の化け物じゃねぇか!そんなのがいるわけねぇだろ!」

「そうだな、だが…ただの人間ではなさそうだ。少なくとも魔術武装をしているのは確かだ。」

彼らが会話している間にも次々と男たちが死んでいく。十、二十…屍が詰み重なっていく。

「魔術武装っ!あの黒いオーラがそれか。へ、へへへ…。」

「ボス!どうするんだよ!」

「あわてんじゃねぇ!へへっ、魔術武装とは驚かせてくれたが、そうとわかれば大したこたぁねぇ。」

「おい!出番だぞ!こういう時の為に高けぇ金払ってんだ!」

リーダー格の男に呼ばれた先程のフードを被った男が立ち上がった。

「わかっている…。」

「どんな魔術武装かは知らねぇが、本物の魔法使い相手にかなうわきゃねぇ!あいつをぶっ殺せば魔術武装も手に入る。はははっ!安く見積もっても数年は遊んで暮らせる金にはなる!」

「………。」

魔法使いがフードの中から杖を取り出し、掲げた。

そして黒い騎士に向けて杖を向ける。

「…××××××。」

魔法使いが呪文を唱え始める。

「…!」

その呪文には、聞き覚えがあった。

記憶がフラッシュバックする。燃える空、焼ける村、そして響き渡る悲鳴。

あの時…村のみんなを… 私 の 家 族 を 殺 し た 呪 文 … 。

「だめっ!逃げてぇっ!」

思わず叫ぶ、その声に丁度最後の一人の敵を倒した騎士が反応した。

しかし、既に時遅く逃れえぬ死の呪いが放たれた。

【死の一撃(ブラック・ハント)】!

放たれた【死】は一直線に黒い騎士の元に走り、そして…。


         パァンッ…!


「っ!?」

「はっ?」

黒い濁流は、騎士に当たると同時にはじけ飛んだ。

「へ?は?え?い、今ので…死んだのか?」

しかし騎士は悠然と構えたままだ。

「そ、そんなわけ、そんな…。」

「…こんなものが、死?」

狼狽する魔法使いに向けて、騎士が口を開く。その声は冥界の底から響き渡る様な聞くだけで背筋が凍る様な音色を孕んでいた。

「ひっ!?」

「ば、ばかなぁあ!そんな馬鹿なぁ!【ブラック・ハント】!」

再び死の呪いが放たれ、そして同じように消え去った。

「ずいぶん安い死だな。本当の死ってのは…こういうもんだっ。」

ズズズズズ、と騎士から強烈な殺意が放たれ、同時に黒いオーラが強大化して彼をまとっていく。

その姿はまるで。

「ま、魔神…っ!」

「ひぃぃ!」

紅い瞳を輝かせ、騎士が不気味に笑った。


………


力がみなぎる、殺せば殺すほど快感が増していく。強大な力で圧倒的な死を与える、快感。

周囲の風景が、モノクロになっていく。

思考が、殺意に、染まる…。

…誰かが叫んでいる。

「ま、魔神…っ!」

「ひいぃ!」

「あ、おいこらぁ!逃げるなぁ!」

しかし耳には届かない。ただ、標的の心臓と呼吸の音だけが、聞こえる。

「………!」

身にまとった殺意を、死の呪いを、右手に収束させる。

ギィィィィィイイイイイイイン…!

金属同士をぶつけるかのような不快な音が辺りに響き渡る。

「ひぃ…!」

標的は、魔法使いが一人、斧を背負った男が一人、背を向けて逃げようとする男が一人、そして…。

「…っ!」

もう一人と、目が、合う。

彼女は、違う。殺意に満ちた俺の思考にノイズがかかる。

「…ウォオオオオ××××××!」

衝動のままに咆哮を上げる。大気の震え、奴らの恐怖を肌で感じ、優越感が沸き上がって来る。

改めて標的の、三人を、捉える。

「くっそがぁ!」

斧遣いが吠える、しかしその方向は、ただの恐怖の現れだ。

俺は、混じり気のない純粋な殺意のこもった右腕を振るった。


『生殺与奪の(デス・ペナルティ)』!


ズドォオンッ!!!!

ドガガガガガガガガガガガァアアアン!!!!!


漆黒の津波が放たれる。

それは周囲のがれきや死体を根こそぎにしながら、一瞬で標的に迫り、そして…。

「「「ぎゃああぁぁ!!ああぁぁぁっ!ぁぁ………ぁ…ぁ…………。。。。。。」」」

彼らの肉体をその悲鳴毎、暗黒の中に飲み込んだ。


ズッドオオォンン!!!!!


………


「…ナナシ…様?」

轟音と崩壊が収まり、砂埃が舞う中、俺が近づくと彼女が問いかけてきた。

「………。」

「さっきの姿は…。」

奴らを廃墟の半分諸共吹き飛ばした先程の一撃で殺意はすべて解放していたからか、俺は既に元の姿に戻っていた。

「怪我はないか?」

「えっ、あっ…はい。」

「そうか…。」

横たわる彼女を抱き起し、縄を断ち切ってやる。

彼女は何とも言えない、混乱した様な表情で見つめてくる。

無理もない…。

「…俺はな、この世界の人間じゃないんだ。」

困惑する彼女を見つめ、意を決して話し始める。

「えっ?」

「かつてこの世界に召喚された異世界の住人だ。」

「だからか、この世界の理…例えば魔法とか呪いってやつに対して高い耐性を持っている。」

「初めてこの世界に呼ばれた時に、俺は強烈な"死の呪い"をかけられた。俺自身はもちろん、周囲に存在するモノ、触れるものに伝染して、殺しつくす…そんな呪いだ。」

彼女は俺の話を黙って聞いている。

「だが、俺には効かなかった。しかし呪い自体は発動を終えているから、今でも俺にまとわりついている。」

「…さっきの、は。」

「そうだ、あれはこの世界に伝わる死の神の力をまとったものさ。俺自身の殺意を媒介にしてな。…あの状態だと生きる者に対して、絶対の生殺与奪権を得る事が出来る。」

「呪われた存在なんだよ、俺は…。」

「…そんな。」

彼女は泣きそうな表情で見つめてくる。

それはそうだろう、こんな化け物を目の前にすれば。」

「………。悪い、君を巻き込みたくはなかった。でも、巻き込んでしまって。」

俺は彼女に手を差し伸べようとして躊躇い、結局ひっこめた。

「クレアに伝えておいてくれないか、俺は旅に出るから、今まで世話になったって。」

この事がばれれば、立派な賞金首だ。いや、殺されるだけじゃない。どんなひどい目にあうかわからない。

「え、ナナシ様!そんな駄目です!どこに行くんですか!」

「…どこかさ。」

元々一人だった、こちらでもあちらでも。だから問題なんてない、無い筈だ。

でも…

「…弁当、上手かったよ。ありがとう…。昨日は怒鳴っちまってごめんな。」

あぁ、最後にこれだけは言えてよかった。

こんな簡単なものなんだと、気づき内心苦笑してしまう。

「じゃあ、短かったけど楽しかったよ…元気でな。」

「いけません!」

「…っ?」

立ち会って去ろうとしたら、彼女に腕を掴まれ引き留められた。

「そんなの駄目です!」

彼女はもう一度強くそう告げ、俺の腕をギュッと握る。

「いや、メイプル…。」

「いやもでもももありません!駄目です!」

震える手で、ぎゅうううっと力強く握られる。

「だって、ナナシ様は私を助けてくださったじゃないですか、二度も!なのに私にはそれに報いる機会すら与えてくれないなんて!それを一人で何処かへなんて行かせません…っ!」

「………。」

「昔のこと聞いた時、怒っていましたよね。きっとずっと一人だったんですよね。私も、つい最近、一人になったからわかります。寂しいですよね…どうすればいいかわからなくて…辛いですよね…っ!」

「でも私にはナナシ様がいました!クレアさんもよくしてくれます…孤児院の友達も出来ましたっ…!全部ナナシ様のおかげなんですっ…!だからその恩返しがしたいんです!」

メイプルはいつの間にかボロボロと泣きながら俺に訴えかけてくる。

「ナナシ様が不器用なの、わかってます。言葉にするのが苦手で、他の人と一緒にいるのも苦手だってわかってますっ…。でも本当は寂しいのもわかってますっ…!私は内心お邪魔じゃないかって思ってましたっ…!でも、今、楽しかったって言ってくれたじゃないですか!私と一緒にいて楽しかったって言ってくれたじゃないですか…っ!」

必死で訴えてくる彼女の言葉に、いつの間にか俺も泣いていた。なんで泣いているのか自分でもわからなかった、でも彼女の言葉が確かに自分の心の中を見透かしていたからかもしれない。

「これ以上、自分を追い詰めないでくださいっ…!っ…私は、わかっていますから…!」

「だから、私はナナシ様を見捨てませんっ!あなたがっ…あなたが行くなら、私も行きます!他の誰があなたの事を否定しても、私はっ…私だけは一緒にいさせてくださいっ…!」

「だから、もう…人から離れようとしないでください…っ!」

「………メイ、プル。」

あぁ、そうだったんだ。

俺がずっと…ここに来てからもここに来る前からもずっと…。

そうだったんだ。

人に対して上手く付き合えないから、空気が読めないと勝手に思って、人を避けて、殻に閉じこもって、余計なことばかり考えて、人を避けて、避けられるようになって。そうやって次第に人と触れ合うのが苦痛になっていって…。でも他者と完全に決別は出来ずに、羨んで、嫉妬して…また苦痛を覚えて。そんなくだらない事だったんだ。ずっとずっと、気づかなかった、いや、気づいていないふりをしていたんだ。

それをこの子は、こんなに小さくて弱いのに、俺よりもしっかり俺のこと、見てくれていたんだ。


…気が付けば、俺は少女の胸に縋り付きながら、この世界に来て初めて泣いていた。


………


水瓶の月最後の日 久しぶりの晴れ


「それじゃあ、そろそろ行ってくる。」

俺は身支度を整え、玄関から呼びかける。

「はーい!」

トタトタッと軽快な足取りでメイプルが小屋の奥から出てきた。

「今日もお気をつけて、晩御飯はどうします?」

「あぁ…。ん…それまでには帰ってこれると思うから作っておいてくれると、嬉しい。」

ゆっくりと、しかしはっきりと自分の言葉を紡ぐ。

「はい!お待ちしてます!」

彼女は満面の笑みを浮かべて応える。

その屈託のない笑顔に、なんとなく照れくさく、頬をかいてしまう。

「んー、じゃあ…行ってきます。」

「行ってらっしゃいませ、ナナシ様。」

俺は彼女に見送られながら、孤児院を後にした。

外の通りでは待ち合わせ通り、例の二人が立っていた。

「おっす。」「やぁ。」

「あぁ、待たせたか?」

「まちくたびれたぜ、まったくよ。あの可愛い子とよろしくやってたのかい?うん?」

「あぁ、朝飯がうまかったよ。」

「そういうことじゃねぇよ、ったく、聞きました奥さん?こいつら俺たち待たせて飯食ってたってよ。」

「あんたは今来たところじゃないの、息きらせて。」

「嫌そうだけどそれには事情があってだな、それに待ってたのは事実だろ。」

「酒の匂い漂わせてんのが事情?どうせまた女の子と遅くまでやってたんでしょ。」

狩人がジトッとした目つきで剣士を睨むと俺を促して歩き出した

「え、仕事の前日にか?」

「いやいや、一緒に飯食っただけだよ。ほんとほんと。別にそんな事はしてないって。」

剣士は大仰な身振りで言い訳しながら後からついてくる。

「本当は振られたからやけ酒飲んでたに一票。」

「だろうな。」

やけ酒をのむ姿が容易に想像でき、苦笑がこぼれる。

「あっ、てめぇ。女の子と同棲してるからってバカにしてやがるな?俺は毎日色んな良い子たちと付き合ってんだ。クレアさんに手も出してねぇお前に馬鹿にされる筋合いはねぇぞ!」

「別に俺は邪魔しないから、クレアにアタックしたいならすればいいんじゃないか?」

「いやそれはほら、その、なんだ、うん、複雑な男心ってやつがだな。」

「こいつ以前に振られてるから。」

「あ、なるほど。」

「違うし!お友達として今後ともよろしくって言われただけだよ!」

「それ振られたっていうのよ。」

「ハハハッ。」

クレアが断る姿もまた容易に想像できて、思わず笑ってしまった。

「えーえー、精々馬鹿にしてやがれ。俺は毎日エンジョイしてんだからよ!ふーんだ!」

剣士はすねたように俺達を追い越して先に行ってしまった。

「あいつはほんといつも通りだな。」

「………。」

「?どうかしたか?」

ジッと横顔を見つめてくる剣士の視線に気づいた。

「いや、あんたは少し変わったわね…。」

「そうか?」

「前と違って人当たりが良くなったっていうか…ま、いいんじゃない?」

それだけ言うと彼女もまたさっさと前に行ってしまった。

「………。」

変わった、だろうか?

あれからまだ少ししかたっていない。まだまだ言葉にするのは苦手で、空気の読めない発言をしてしまうのも怖いけど。少しでも変われているだろうか?

「おっと、余計なこと考えちゃだめだな。」

俺は思考を振り払い、彼女を追いかけた。ありがとう、となんでもない一言を言う為に。


未だに俺が何でこっちに呼ばれたのか、あるいは意味なんてないのか、それもわからないけれど。

それでも俺は少しずつ前に進んでいこうと思う。一人だと難しくても、一緒にいてくれる人がいるから。

少しずつ、友達を増やそう。少しずつ、会話を増やそう。少しずつ…。

このどこまで広がっているかもわからない、この世界の片隅で。


終わり

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