⒈魔王の激怒
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魔王が激怒した。
いや、そんな表現では生温い。
我等何千、何万、何億もの魔族を率いる大魔王国は今や、人間やホビット、エルフなどの領土を恐怖のどん底に陥れ、果てや北の雪国から南の雪国までその名を轟かせている。
けして仲のいい訳ではない彼らも敵はただひとつの蛮国、大魔王国だ!と口を揃えて足並み揃えて敵前逃亡。
たとえ何万匹の下級魔族を倒そうとも、我々魑魅魍魎どもどもその何倍もの人間の死体を積み上げてきた。
そんな、歴戦の強者共が唯一従い、唯一畏れ、そして唯一啓蒙するのが我等が大魔王国12代大魔王様であるドロイス・アルベディナその人だ。
我々最下級魔族から最上級魔族までがドロイス・アルベディナ王を畏れ、敬い、信望するのは何故か。
―――素晴らしい知恵を持っている?
いいや、違うね。彼は頭は悪くは無いが賢者という程の脳じゃない。知略、策略、謀略、外交に疎く、政治家としては最低だろう。
―――では、容姿が優れている?
それも違う。彼の見た目は人間界ではどうか知らんが如何に強そうかを重視する魔族にとっては優男過ぎて駄目だ。
あの甘い面では魔族の女はよって来ないだろうね。
―――家柄が優れている?
まさか!魔王は代々現魔王を殺したものが成るんだ!完全下克上で踏襲するわけ。勿論魔王を倒せる者が現れずに死んでしまったら子孫が魔王を継ぐことになるだろうけど、現魔王は前魔王を殺して今の地位に居るから家柄は、まあいわゆる平民だったらしいよ。
……――なるほど、強いからか。
そう!その通り!!
現12代魔王は強いんだよ、それも圧倒的強さだ!政治なんてお構い無し。魔族を力だけでごり押して力技で天下統一する、まことの魔王。
国を切り裂き海を揺さぶり、大地を割った大魔王国史上最強と謳われる初代魔王に肩を並べるのではないかと噂されるくらいだ。
余談だが、初代魔王はその破壊力でもって大魔王国を建国するための全魔族大戦で地続きだった大陸を4つに分割したと言われている。そしてその最西端の巨大な領土こそが大魔王国である。(もっとも、そのせいで魔族たちは海を挟んで四大陸に散り散りになっているのだが)
君は魔王の肖像画しか見たことないだろうけど、優男みたいなみてくれしちゃってるくせにこれがまあ!なんと凶悪なことか!戦う前に戦意喪失っての?
本当にあるんだね、本能でこいつには敵わない、何を投げ捨ててでも屈服しなければ、って思っちゃう程の威圧感を感じることが。
もう戦意喪失どころか魂の根源から引っこ抜かれちゃうような絶対的王者、ドロイス・アルベディナ王は普段からにこにこと穏やかな表情をしている、が、直接会ってみればわかるだろう。その偉大さが、その恐ろしさが!
それは人間が送ってきた、技極めしものである勇者をも尻尾を巻いて全霊の平伏を示させた。
ほんのひと目、めを合わせただけでい殺されそうな深淵の闇を抱えた瞳。
全身から汗が吹き出すほどの凄まじい重圧は、まるで4tの鉄塊を背中から押し付けられたかのようにリアルな重力として感じてしまう。
同じ次元の生き物とは思えない、僕らより遥か高次元の存在!
最強で最悪、まさに最恐災厄、唯一無二、世紀の大魔王!
それがドロイス・アルベディナ王!!
そんな大魔王ドロイス・アルベディナが本気の憤怒で大気を震わせた。大地がうねり地震を巻き起こす。史上最大の大地震だ。
立っていられないどころか自分の存在さえ不確かになるほどの凄まじい上下左右の大揺れ。
思わず命あることに感謝したね!
―――それで?そんな恐怖の大魔王がどうして怒れる魔王となったんだ?
………そうだな、まずは僕の父の話をしようか。
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僕のお父さんは、いわゆる育メンというやつだ。
と言うのも、人類最強のSランク冒険者だった父は、当時魔族最強といわれた伝説の吸血鬼の討伐依頼を受けた。これがまあ絶世の美女で、なんやかんやあって討伐に来たはずの父と討伐される筈の母は夫婦になったわけだ。チョンチョン。
と、ここで話は終わらない。
僕を身篭った母は異種族間の妊娠だったこともあってか、まさに命懸けの出産で僕と引き換えにその人生に幕を下ろした。
さて、人類の天敵であった魔族最強の吸血鬼と結ばれた父は人間の土地で暮らせるはずも無く、また、強さこそが全ての魔族の土地で子連れの人間が安穏と暮らせるかと言うと、
いやはや、これ以上無いくらい平和に暮らしている。
人類最強の冒険者だった父は世界最強の男でもあったんだ。
幼少の頃から冒険者として稼いでいた父は、5歳で100匹余りのゴブリンの群れを撃破したり7歳で単身、ドラゴンを制したりと強いなんて言葉では片付けられないほどの規格外の、それこそ人外的に恐れられていた。
これは母と出会ってから気付いたことらしいのだが、10歳でSランク認定という偉業、いや、まさに“異形”の少年は実は純粋な人間族ではなかったらしい。
それもその筈、体力自慢ばかりの冒険者達でもゴブリンの大群を討伐するのに1人20匹がせいぜいだし、地上で最も古い種族であるドラゴン種が自分より弱い人間族はおろか、魔族にだって平伏すなど有り得ない。
こんな事が出来るのは神話上の存在である古の神々くらいだろう。
とはいえ、吸血鬼の見立てでは父の4分の3は人間族の血が流れているらしい。つまり、たった4分の1の人外性でもってして少年はこれらを成してきたと言うのだ。想像を絶する凄まじさが伝わるだろうか?
そんな男も自分の子供には弱かった。
僕を抱えて魔族の地を引っかき回し、制圧し、統一した父は愛した妻の忘れ形見を愛でて愛でて愛でまくった。
そりゃあもう溺愛!
子連れ狼というよりはカンガルーみたいに肌身離さず一心同体に連れ回された。
でれでれに愛されて育った僕も父のことを畏れ、尊敬し、そしてまた愛している。
永遠に僕と父は一緒に魔族の土地で暮らすものだと信じて疑わなかった。
―――良いじゃないか、平和に暮らせよ。
うん、僕もそうしたかった。
でも気付いたんだ。
父は、―――
魔王は、世界最強であっても不老不死じゃない。
普通の魔族よりもずっと短命、どころか普通の人間族よりも死期が近いということを。
有り得ない強さの4分の1(まぞくのち)を有り得ない威力で発揮し続けた父はその殆どが人間のものである身体を酷使し過ぎた。
魔族をも圧倒する莫大な力に、人間の肉体は悲鳴を上げる。
最初に違和感を覚えたのはふた月ほど前。税金についての会議中に父がふと口元を押さえた。ほんの2,3秒の動作だったがその瞬間あの、命あるもの全てを跪かせる絶対的なオーラが薄らいだのだ!
幸い、配下には気付かれなかったのだが四六時中側に居た僕には酷くおかしな事に思えた。
それから何度か似たようなことがあり、つい先日父は何年かぶりの風邪をひいた。
大した事ではないのかもしれないが、無敵の男であった父が病気にかかるなんて僕にとっては青天の霹靂。天変地異の前触れかと感じるような出来事だった。
明日は槍が降るんじゃないか、と本気で思った。(実際父は戦において何度か槍を降らせたらしいが)
僕は焦った。
そして初めて気が付いた。
生まれてからずっと一緒にいた、ただひとり血の繋がる相手が突然――蝋燭の火がふっと消える様に居なくなってしまう可能性に。
いっそ父が死ぬまで一緒に城に閉じ篭って後を追おうか、とすら考えた。
寝食も手につかない程に焦った僕を見かねたドロイス(おとうさん)にうまく笑えてただろうか。
兎も角、僕は決意した。
このドロイスと一緒に過ごせる魔王城から出ていって真の安息を得るのだと!!
さて。
断腸の思いで一生一代の覚悟を決めた僕は―――「お前はなんでまだ魔王城の門前に居るんだよ」
―――現在この煩い犬っころと魔王城正門前に体育座りの真っ最中である。
「わんこの癖にうるっさいなあ、僕だってさっさとここから離れたいよ」
「犬と一緒にすんな。狼だっつってんだろ。離れたいならとっとと去れよ」
人間諸君はよく、動物が喋った!と気味悪がるが魔力の濃い魔族領の動物達は、その影響か言葉を操るものも多い。もちろん、全く喋らないやつや意味の無い単語しか発さないもの、吟遊詩人顔負けの流暢な動物など、程度に差はあるが。
目の前のわんこは腹立たしいことに粗雑ながらも会話が出来るらしい。
よくは知らないが。
この薄汚れた灰色の貧相な狼と出会ったのは、つい先刻。
僕が一生一代の大決心をし、後ろ髪を惹かれながらも城の門をくぐった時のことだ。