勇者、あやしむ
「また一人ぼっち、か」
僕は何時かの記憶を思い出しかけたが、霧散したそれは手元に戻ってくる様子はなかった。
「こんなんじゃあいつに笑われるな……」
思い出せない記憶に、段々と苛立ちが募る。あいつって誰だ?
ーーこうなったら。相変わらず靄のかかった頭を諦めて、現状を整理してみるとするか。
持ち前の、やや前傾気味な思考回路は健在らしい。
と言っても、分かる事が少ない。頭に手をやり、くしゃりと髪を掻く。この長い髪はさすがにうっとおしいから、とりあえず後で切らないとな……。
さて。
まず名前不明、これは保留。
とりあえずは後で、看護婦のチヒロさんに聞いてみるか。
でも、さっき名前の話をした時に何も言われなかったって事は知らないのかもしれない。
記憶喪失部分、保留。
回復魔法も使えないから、ノウとやらの損傷だとしても僕が打てる手はない。
生きていく上では問題ないだろう。
現在地、病院。
但しどこの国だか分からない。
おかしな箱がある事を考えると、機械国家あたりだろうか。行った事はないが、あそこには《キカイ》とか言う複雑なカラクリで動く道具がある。
もっとも、あそこの技術は輸出された事がないそうだから、僕の居た神聖王国では見た事もない。結局、チヒロさんが戻るまで保留だな。
チヒロさんーーか。
知的で、整った顔立ちの割に、妙な愛嬌のある人だったな。
すぐに親密感がわいたのは、状況のせいか、それとも彼女のあの性格からか。
今後の身の振り方は彼女次第になる?
そんな事を考えていた時だった。
「やあ」
突然かかる声に、はっと振り向く。
ーーいつ扉が開いたんだ?
扉が開いた音はしなかったはずだ。いくら考えに耽っていたとはいえ、僕が気がつかないなんて。
「随分と考え込んでいたね。一応ノックはしたんだよ?」
クスリ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべる男。さらりとした短い黒髪が、動くたびに小気味よく揺れる。いわゆる二枚目の部類だろう。
だか、確かに目の前にいるのに、まるで掴み所のない雰囲気。それでいて感じられる、圧倒的な存在感。
僕の警戒心は、自然と警鐘を鳴らしていた。
こいつは一体ーーーー?
「……おやおや、警戒させてしまったかな?」
くしゃりと顔を崩して、トボける男。
「すまないね。さっきまで会議だったから」
張り詰めた空気を感じさせちゃったかな?と茶目っ気たっぷりにおどけてみせる。途端に和らぐ空気に、僕はなぜか拍子抜けしてしまったのであった。