勇者、のこされる
「スキル……ですか?」
言葉の意味がわからない、といった体で、首を傾げるのはカンゴシのチヒロさんだ。看護師は病人の治療を補助する人だと言う。
つぶらな瞳を瞬かせる姿が実に眩しい。
「ああ。ステータスも見れないし、スキルも使えないみたいなんだ。ずっとじゃないといいんだけど」
しばらく話していたせいか、気づけば僕は砕けた口調になっていた。
「……ステータス……スキル。ああ!」
ぽんっ。
閃いた、とばかりに握った手を打ち、続いた言葉は僕の疑問を増やすのに充分な内容だった。
「もしかして、ゲーム酔いですね?」
ゲーム酔い、とは何だろう。ゲームというとオセロやチェス、ポーカーか何かだろうか。
そういった遊戯なら、確かに大きな都市ではカジノの中にある。
でも、ゲームに酔うなんて話は聞いたことがない。
破産寸前までチップをすったとか、カジノ内のカウンターバーで酔ったなんて話ならごまんとあるんだが。
「あれ、知らないんですか?うーん、ゲーマーだったら聞いたことあると思うんだけどなぁ」
僕の疑問が顔に出ていたんだろう。チヒロさんが説明してくれた。
「最近流行ってる次世代VRMMOってあるじゃないですか。あれ、やり過ぎると脳の記憶領域に軽微な損傷が起きるとかいう噂があるんですよね」
あくまでも噂ですけど。とにこやかに付け足した彼女に、僕の混乱は深まるばかりだ。
「えっと、ごめん。その、ゔいあーる……?」
「VRMMO。仮想現実を使った大規模多人数参加型オンラインゲームのことですね。あなたもやってたんじゃないですか?」
駄目だ。話についていけない。
そもそも、そのゔいあーるだかえむだか訳のわからないゲームなんて、やった事も無ければ聞いた事さえない。
カソウゲンジツ?おんらいん?
「まぁ、起きたばかりですし。もし本当にゲーム酔いならいけないので、先生に知らせてきますね」
難しい顔だったのだろう。唸っている僕に、優しく声をかけてくれたのはいいが、もしかしてこの展開は………。
ガラガラッ……バタン!
「…………やっぱりそうなる、よなぁ」
最初に現れた時とは対照的な、威勢の良い音を立てて部屋を出て行くチヒロさんに、取り残された僕は自然と呟いていた。
しかし、わからない事だらけの状況で、初めて出会った人に置いてけぼりを食らうとは。
「悪い人じゃ無いんだろうけどな」
どう足掻いても何も出来ない。誰も居ないこの空間で、僕の声だけが静かにその存在を主張していた。