勇者、こまる
「参ったな……」
言語や一般知識のような物は問題ないみたいだ。
ただ、記憶の一部が無くなったパズルのピースのように抜け落ちている。思い出そうとしても、さっきと同じ頭痛に襲われるだけだった。
「そうだ。ステータスが駄目なら、スキルは」
僕は取り巻く倦怠感に頭を振って、意識を強く覚醒させる。
「《知覚増幅》!!」
………………
「スキルも駄目なのか」
《知覚増幅》は初級の補助スキルだ。周囲にある生命に反応して、その位置と数が大雑把に分かる効果がある。
もちろん、周囲に何も居ない場合は反応しない。だが、スキル発動時に発生する燐光すら発生しなかった。
「本格的に何も出来ないって事か……」
起きてからずっとこの白い空間で独りごちているけれど、そもそも一体ここは何処だろう。少なくとも、差し迫った危険は無いみたいだが。
握っては開き、手の感覚を確かめる。そして混乱する頭を宥め、小さな溜息をついた時の事ーー。
ガラガラガラ……
背後で続いていた、規則的な高音のリズムだけが支配していた世界。そこに無愛想な、でも少し柔らかい音の割り込みが入る。
音の先を見ると、人ひとりが入れる程度の空間がぽっかりと口を開けていた。
「よかった!お目覚めですね?」
しなやかな黒髪を優しく耳に流し、柔らかな笑みで声を掛けてきたのは、独特の形状をした白い衣服で身を包んだ妙齢の女性だった。
「体調はいかがですか?痛いところはありませんか?」
「えっと……はい。頭が少し……あと、名前が思い出せなくて」
テキパキと僕の身の回りをチェックしていく女性に、僕は多少気圧され気味に答える。
「一体何がどうなってるのかさっぱりで……」
「それもそうでしょう」
困惑を訴えた僕にさもありなん、といった顔で頷き返す。
「あなたは、この病院に運び込まれてきたんですよ」
「ビョウイン??」
詳しい話を聞くと、どうやら僕は道端に倒れ込んでいたらしい。通りがかった人によって連絡され、救急車?という乗り物に乗せられここに来たそうだ。ビョウインというのは、怪我をした人間を回復させる所だという。恐らくは教会のようなものなのだろう。
引き続き僕の身体をチェックして、手に持った板にせわしなく字を書き込みながら、
「一時的な記憶喪失かと思われます。かなり長い間寝ていらしたので、時間をかけて治していきましょうね」
そういった彼女は、入ってきた時と同じ笑顔で僕に微笑んだ。
多少混乱がおさまった僕は、彼女ーーハットリ・チヒロさんと言うそうだーーに問いかけた。
「スキルが一切使えないんですが、これも一時的なものなんでしょうか?」