勇者、めざめる
最後の記憶は雨だ。
僕は膝をついて、大切な何かを抱えていた。
ーーそれは動かなかった。
赤黒く濁った水溜りには天から水滴が一雫、また一雫と降っていた。そして何事もなかったかのように水滴を呑み込んで、濁った赤を地面に広げて行く。
赤い水鏡の中で僕は、天を仰ぎ何かを叫んでいる。
それは、ひどく曖昧でひどく鮮明な夢のようだ。
やけに低い耳鳴りと共に視界からは光が奪われ、身体の自由は何処かへ消えた。
多分この後、僕は倒れ込んだのだろう。
その後の記憶は無かった。
◆◇◆◇◆
「ッ?!」
咄嗟に跳ね起きて見たのは白い壁。
胸元の違和感に目をやると、奇妙な丸い布に太い線が幾つもつながっている。その管が続く先には四角い箱。
「なんだこれは?」
箱のなかで、緑の線は一定のリズムをとって上下に波打っている。
「何処だここは?」
僕は確か、《風鳴きの草原》で……
「誰を……看取ったんだ?」
抱いていた何かが誰だったのか、思い出そうとするのを鈍い痛みに阻まれる。
ただ鈍いと言うにはあまりに重い痛みに、思わずこめかみに手をやった。
「髪が伸びてる」
一体どのくらい寝ていたのだろう。最後の記憶によれば、僕の髪は肩に掛からない程度の長さしか無かったはずだ。
しかし、今手にしているこの髪は、どう考えても一年や二年では利かない長さにまで到達している。
ああそうだ、今の状態を調べないと。
「《状態開示》」
………………
「《状態開示》!」
「《状態開示》!!」
「《状態開示》ッ!!!」
……………………
「どういう事だよっ!?」
おかしい。そんなはずはない。
《状態開示》は、自分自身の状態を見ることが出来るスキルだ。そして全ての人間が使用可能な、最も基本的なスキルでもある。
見えない。それが意味することは一つ。
そう。それは僕が誰なのか分からないってことだ。