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2015年/短編まとめ

かなわない

作者: 文崎 美生

「ひぃめぇさぁん」


お久し振りですぅ、とおちゃらけた雰囲気全開で会いに行けば、厳つさ全開のサングラスを外して、その人は苦笑を見せた。

その大人を見せつける表情が好きだ。

その顔を見て、私は締まりの欠片もない笑顔を見せる。


姫路ヒメジ 真弓マユミさん。

女の人っぽい名前だけれど、見た目は少し厳ついお兄さんだ。

伸ばされた髪を後ろで結い上げて、元の目付きの悪さを隠すためにしているサングラスは、余計に厳つく見せていることを彼は知らない。


私は彼を姫さんと呼ぶ。

最初の頃は、もっと別の呼び方ねぇの?なんて言っていたけれど、今では何も言わずに私の頭を撫でる。

その私より一回り二回り大きな手が、くしゃくしゃと髪を混ぜるのが好きだ。


「姫さん姫さん!お腹空きました!」


何か食べさせて下さい!とカウンター席に腰を下ろす私。

ここは姫さんが経営中のバーだ。

しかも現在営業時間外。

当然今がお昼だからだけれど。


姫さんは私の要望に苦笑のまま、はいよ、と答えてくれる。

だから私は更に甘えて「チャーハン!チャーハンが食べたいです!」と言い出すのだ。

甘えておいてなんだけれど、姫さんは突き放すことを覚えた方がいい。


制服のまま、学校のある時間にも関わらず、営業時間外のバーにやって来た女子高校生。

普通なら帰らせるなり、話を聞き出すなり、学校に行かせるなり、保護者やら学校やらに連絡だ。

そういうのを一切しないから、甘えに甘えることを、姫さんは知っているんだろうか。


カウンターの綺麗に磨かれたテーブルに、ぺったりと頬を貼り付ける。

冷たくて気持ちいい。

お店の中に音楽は流れておらず、カッチャカッチャと姫さんが料理する音だけが響く。

美味しそうな匂いが鼻を刺激して、同時にお腹の虫まで刺激した。


「……姫さぁん」


「なんだ?」


「……何でもない」


一度体を起こしてから、テーブルに額を打ち付けた。

これで頭を冷やせ、私。

怪訝そうな声だった姫さんに言おうとした言葉を飲み込んで、私は目を閉じる。


死にたい、姫さんには一番言ってはいけない言葉。

好き、姫さんには絶対に言ってはいけない言葉。

私の吐き出したい言葉は、姫さんにとっては毒となり棘となり、傷付けたり嫌な思いをさせる。

そんな私が私は嫌だけれど、姫さんには受け入れて欲しいとか自分勝手なことを考えてしまう。


ゴトン、耳元で音がして顔を上げる。

視線の先にはガラスのコップと、その中になみなみに注がれた真っ赤な何か。

「トマトジュース?」と首を傾げる私に、お玉を持った姫さんは笑う。

あ、それ、好き。

白い歯を見せて子供っぽく笑うの、好き。


「しそだよ、しそ」


「しそ……ってあの、しそ?」


「お前が言ってるしそが、一体何なのか分からねぇけど、しそだな」


私の言っているのは葉っぱの、しそ、だ。

目の前に出された赤い飲み物は、しそジュースだと、姫さんが教えてくれた。

初めて飲むそれに、恐る恐る口を付ける。


「……うまっ」


「美味しいって言え」


コツン、と額を小突かれたが気にしない。

笑いながらコップを両手で持つ。

酸っぱいけど正直こういうやつのが好き。

甘いもの辛いのも苦いのも嫌いじゃないけれど、喉とか胃がキューッてするような酸っぱいのが好きだ。

完全に自分の体をいじめている気がするけれど。


それから更に置かれる皿には、山盛りのチャーハン。

頼んだのは私だけれど、女子高校生に出す量じゃない。

それが顔に出ていたのか、私にスプーンを持たせながら「食わねぇと成長しねぇぞ」発言。

女の子の成長って中学生くらいで止まるよ。


それでも私は、目の前のお腹の虫を刺激するそれに耐えられずに、いただきますを呟いてスプーンで切り崩していく。

ほわほわと白い湯気を立てるそれは、お米もしっかり立っていて、チャーハンとしてパラパラになっていて素敵だった。

やっぱりチャーハンはパラパラが命。


一口食べて、うまうま。

二口食べても、うまうま。

兎に角美味しい姫さんのチャーハン。

ひたすら口の中に入れては咀嚼を繰り返す私を、姫さんは自分の子供を見るような目で見た。


食べる手を止めずに、私は静かに姫さんの手を見る。

姫さんの手は綺麗だ。

男の人らしい骨張った手をしているけれど、指自体は細めで爪の形もしっかりしている。

そんな手――左手薬指には、永遠を誓い合った証が、キラキラと存在していた。


だけど私は知ってる。

その証の片割れが存在しないことを。

ゴウゴウと燃える火の中で、あるべき持ち主と一緒に眠ったことを、私は知ってるのだ。


考えると胃から酸っぱいものが込み上げてきそうになるけれど、チャーハンとしそジュースで押し戻す。

一瞬の吐き気は直ぐに消えて、空っぽになったお皿とコップを見て、姫さんがよく食ったなぁ、と笑う。

そりゃあ、美味しいですから、なんて告げれば、頭を撫でられた。


「姫さん姫さん」


「何だ?」


「また来てもいいですか?」


いつも聞かない言葉を聞いて、目を見開いた姫さん。

厳つい顔が子供っぽくなってから、ぱちぱち、瞬きをした。

驚いてるなぁ、そんなに驚くことかなぁ。

私は鏡みたいに私を映すテーブルを撫でながら、姫さんの言葉を待つ。


「当たり前だろ。もう、娘みたいなもんだしな」


キラキラ輝く指輪が鬱陶しい。

拒絶じゃないから、気付いていないからタチが悪い。

にっ、と八重歯を見せて笑う姫さん。

その指輪を外させて投げ捨てたい。


あの人と同じように死んでみたところで、私の立ち位置は変わらないし。

あの人を押し退けて好きだと言ったところで、答えなんて分かり切っている。

あの人がいない今でも、指輪をしているのがいい証拠じゃない。


素敵な夫婦でしたもんね。

知ってます、見てましたから。

私のこと、本当の娘みたいに可愛がってくれましたもんね。

じわり、滲む視界の中で笑う姫さんは残酷だ。

知らないことが罪なように、気付かない優しさは残酷だ。


「うん。じゃあ、お腹もいっぱいになったから、重役出勤で学校行きますね」


ケタケタ笑えば、行ってこい、と頭を撫でられる。

本当に可愛がられてる。

その温かくて大きな手が好きなんだけれど、軽く頭に当たる指輪がなぁ。


いつか私も姫さんを過去の人にして、別の人と家庭を築くのかな。

姫さんと同じ指に指輪をして永遠を誓って――姫さん達みたいな片割れを失っても夫婦でいるのかな。


お店を出ると冷たい風が頬を撫でていく。

寒いから早く学校に行こう。

コートのポケットに手を突っ込んで、夫婦なぁ、と考えた秋の日。


「彼氏ほしー……」


姫さんよりも、魅力的な人なんてそうそう見つからないけれど。

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