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幕末繚乱記  作者: 真柴理桜
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第六話

 沙彩は前川邸に駆け込んだ勢いそのままに副長室まで行くと目の前の(ふすま)を開け放った。

「土方さん!外出許可ください!夜の巡回同行とかで構いませんから!」

「は?」

 斎藤から報告を聞いていた土方は突然の乱入者に眉を(ひそ)めた。

「沖田さんから聞いて!それわたしの仕事だと思うんです!わたしのって言うか多分わたししかやれないことで!だから!」

 開け放った体勢のまま戸口で言い(つの)る沙彩に、土方は眉間の皺を深めながら大仰(おおぎょう)に溜息をついて見せる。

「……とりあえず入って座れ。まず落ち着け」

 手にした煙管(きせる)の先で入ってすぐの畳を指す。沙彩は言われるままに部屋に入ると膝をそろえて座った。大きく息を吸って、吐き出す。

「総司から何を聞いた?」

 沙彩が落ち着いたのを見計らい、尋ねる。

「辻斬りのことです」

 部屋にいた土方と斎藤、それから追いかけてきた沖田の視線が沙彩に集まった。

「その正体、わかるかもしれません」

 真っ直ぐに土方を見つめ、沙彩はゆっくりと口を開いた。


 沖田の話によればそれが現れたのは十日程前からだった。

 下弦の月を過ぎ、二十六夜も近くなった頃、最初の事件が起こった。四条烏丸(しじょうからすま)付近で遺体が発見されたのだ。不逞浪士(ふていろうし)による斬りあいも頻発(ひんぱつ)している昨今、遺体が上がることは然程(さほど)珍しいことではないが、問題はその遺体だった。

 その後、三条河原町(さんじょうかわらまち)三条大宮(さんじょうおおみや)でも同様に遺体が発見され、それらには全て共通している事象(じしょう)があった。

 それらは三件とも体の損傷が酷く、部位が欠けていたのだ。それは腕であったり脚であったりと様々であるが残された遺体は明らかに足りていなかった。そしてそれらは刀などの刃物で切り落としたようなものではなく、無理やり引きちぎったかのような断面をしていたのだ。

 野犬の(たぐい)に喰いちぎられたものとも違う、もっと巨大な何かだと推測されるがそのような生き物は考えられず、さらに奇妙なことに遺体は全ての血液が抜き取られていた。

 その場には血が流れたような痕跡(こんせき)は見られず、獣が暴れたようでもない。遺体があるだけでその場には何かがなされたような(あと)は何一つ見られないのである。別の場所で殺害し、運んだとも考えられるが、わざわざ人目に付く場所に移動させる理由もない。場所が全て街中(まちなか)にも(かかわ)らず誰一人何かを運んでいるような者を見ておらず、運んだような跡もない。まるでそこに遺体だけが突然現れたかのような状況だという。

 得体(えたい)のしれない存在は京都の街を震えあがらせた。街はその話で持ち切りで、町民たちは魑魅魍魎(ちみもうりょう)の仕業ではと(うわさ)し、夜ともなれば外出を控えるほどだ。


「状況から考えて、妖魔で間違いないと思います」

 町人の噂は的を得ている。正にその通りなのだ。

「妖魔は人を喰らいます。正確には霊力と呼ばれる力を喰らいます。血を(すす)り、己の力に変えるのです。そして人の目には()()う見ることができない存在です。また妖魔は日光は勿論(もちろん)、月の光にも少なからず影響を受けます。よって動きが活発になる時期は下弦を過ぎた辺りから、上弦にかかるまでです」

 見たものがいないのはそもそも見えていないから。移動させた跡がないのは全てその場で起こったことだから。現れた時期も妖魔が活発になる頃と重なる。存在さえ知っていれば簡単に結びつく答えだ。

「妖魔を倒すには霊力が必要です。そして退魔士は霊力の扱いに()けています」

 畳に手をつき、頭を下げる。

「外出許可をください。お願いします」

 妖魔が暴れているのであれば、見過ごすわけにはいかない。自分にそれを防ぐ力があるのならこれ以上犠牲を増やすことはできないし、それが自分にしか出来ないのであればなおさらだ。

 煙管を片手に黙って聞いていた土方は静かに煙を吐き出すと横に置かれた灰落としへと灰を捨てた。

「……その妖魔とか霊力ってのはなんだ?それを使えるのはおまえだけなのか?」

 何かを思案するように尋ねてくる土方に、沙彩は顔を上げると姿勢を正した。

「妖魔は噂されている様に魑魅魍魎だと思っていただければ間違いありません。霊力とは妖魔を払うための力であり妖魔の存在を感知する力です。万物を形成する元素、生命力の根源とされ、人の内に流れる力です。誰もが潜在的に持っているものですが力量には個人差があり、大抵の者は妖魔が見えるほどの力は持ちません。力量は持って生まれた資質が大いに関係しているため修練で高めることは可能ですが、やはり資質に比例しています。見えるほどの力があれば使うことも出来ますが、使い方を習得するにはそれ相応の修練は必要です」

「……つまり今のところおまえしかできねぇってことだな」

 溜息交じりに言われた言葉に沙彩は頷く。

「おそらくは、そうだと……」

 真っ直ぐな視線は真剣そのもので、そこにあるのは退魔士として(つちか)ってきた矜持(きょうじ)だ。

「仕方ねぇ……。総司、斎藤、巡回に東雲を同行させてやれ。東雲、単独行動は認めねぇ。必ずこいつらと行動しろ。いいな」

「ありがとうございます!」

 不機嫌そうな表情で出された命令に沙彩は深く頭を下げた。同行を認められたということは信じてくれたということだ。妖魔とか霊力とか聞きなれないであろうことを土方は信じてくれた。そのことに沙彩は感謝した。




 **********




 巡回は昼と夕刻に二つの隊が合同で行っており、その範囲は京都御所(きょうとごしょ)の南、東桐院(とういん)、西桐院、西御土居(おどい)、南御土居、北五条、東山、寺町西、南七条、北四条と広いが警戒を要する地域は宿場街(しゅくばまち)である寺町辺りくらいで他は特に警戒の必要もないであろう地区だ。今回の騒ぎが起こっている場所も寺町周辺や二条城(にじょうじょう)付近と賑やかな場所が多い。よって今回はその辺りを重点的に行うことにするらしい。

 隊の編成は平隊士五人と伍長(ごちょう)一人で一班、二班で一隊とされ、それを(まと)めているのが

組長とも呼ばれる副長助勤(ふくちょうじょきん)だ。組長を含め一隊が十三人、それが二隊となると二十六人である。それだけの人数が隊服を着て歩く姿はなかなかに壮観だ。

 それにしても、宿場街近くまで来てもあまり人を見かけない。たまに通りを歩く人の姿があっても怯えたように急ぎ足で去っていく。騒動を気にして外出を控えているというのは本当らしい。普段は賑やかなのであろう通りが今は閑散としていた。

「……あまり余所見(よそみ)をするな」

「すみません……」

 低い声で(たしな)められ、沙彩は首をすくめた。

 この時代はもちろん、現代であっても修学旅行くらいでしか訪れたことのない京都の街だ。物珍しさに色々と目がいってしまう。

 そうだ。自分は巡回に出ているのであって観光しているわけではないのだ。しっかりしなくてはいけない。

 気合を入れなおし、真直ぐに前を向くと、横からくすくす笑う声が聞こえてきた。

「そんなに厳しくしなくてもいいんじゃない?屯所から出たことなかったんだから街中が気になるのは仕方ないんだし。良かったね、外出許可おりて。東雲さんからしたら良い口実になったのかな?」

 にこにこと笑いながら言われた沖田の言葉に沙彩は苦笑する。口実と言われましても……。

「……何かわかるか?よもや外に出たかっただけではあるまい」

 斎藤にジロリと睨みながら言われ、沙彩は意識を集中させた。

 霊力と相反する力、妖力の波動を探す。妖魔は妖力を(まと)うが(ゆえ)に人間とは違う気配を持つのだ。屯所を出て宿場街周辺に来てから霊力を僅かながら放出し、網は張っている。結界とまではいかないが霊力を残してきた場所に妖魔が現れれば気配を感知することは出来る。逆に沙彩の霊力を追って妖魔が寄ってくる可能性もある。

「……今のところ妖魔の気配はありません。しかし、そろそろ上弦の月を迎えることから動きがあるとすれば今日が最後です」

 見あげれば弓型というには僅かに欠けた月が雲間に見え隠れしている。今日を逃せば妖魔は活動を控えだすだろう。次に動き出すとすれば半月後辺りだろうか。そうなれば人々の記憶からも薄れていく可能性が高い。忘れた頃に再び被害が出るようなことは避けたい。

 それに……。それに、結果を出すことで信じてくれた土方に答えたいとも思う。妖魔が見えるのは沙彩だけだ。見えない以上、払ったところで誰に知られるわけでもない。それでも被害が治まればそれは答えたことになるだろうか。


 ふと、沙彩が足を止めた。

 それに気づいた沖田が斎藤を呼び止める。各班の伍長に指揮を預け、隊士たちだけで巡回を続けるよう指示を出す。何かあった時は少人数の方が動きやすい。妖魔を倒せるのは沙彩だけとのことから自分たちがいたところでやれることはないだろうが、沙彩を一人にするわけにはいかない。間者だとか薩長(さっちょう)に流れるだとかそんなことはないだろうが、見張りを必要としないほどにはまだ沙彩の素性は信用されていない。

 沙彩は立ち止まったまま目を閉じた。何かが意識の端に引っかかる。自分の霊力(もの)とは違う力だ。ぶつかり合いチリチリと火花を散らすような、そんな感覚。霊力に干渉してくる力がある。

「掛かった……!沖田さん、斎藤さん、こっちです!」

 言うが早いか沙彩は力の波動を追って駆け出した。




 **********




 日が落ち、夕闇が濃くなりだした頃。彼は目を覚ました。

 そろそろ月が満ち始める。低級のモノとは違い、彼は月光にそれほど力を抑圧されることはなく、大した影響は受けない。多少(わずら)わしくはあるがその程度だ。外界(そと)に出るか否か、逡巡(しゅんじゅん)する。出たところで大して何かあるわけではない。あるのは美味(うま)くもない霊力と張り合いのない人間という生き物だ。

 以前であれば高い霊力を持つ者がいた。純度が高く、錬成(れんせい)された霊力はなんとも言えず美味(びみ)だった。思い出すだけで気分が高揚(こうよう)し、思わず舌なめずりをしている自分に気づく。あれほどのモノにはなかなか出会えるものではない。

 ――――――――――あぁ、喰らいたい。

 思い出したことで欲求が湧き上がってきた。

 ――――――――――血と精気を。万物の根源たる力を。喰らいたい。

 欲望に任せ、彼は棲家(すみか)を出た。

 一気に駆け、人里へと下りる。

 獲物を探すうちに、何かが引っかかった。糸でも巻きついたかのような違和感。

 それは大いに彼を(よろこ)ばせるモノだった。

 そこには残り香のように霊力が漂っていた。蜜のように甘く(かぐわ)しい香り。知らず恍惚(こうこつ)とした表情が浮かぶ。それは(まさ)しく彼が望んだモノだ。

 ――――――――――喰らいたい。この霊力を。余すことなく。

 久々に見つけたご馳走(ちそう)だ。(かぶ)り付くその瞬間を思い、彼は霊力を辿(たど)った。




 **********




 通りを駆ける沙彩の目に留まったのは一人の男だった。

 背を向けているため顔は見えないが、長身で腰回りのしっかりした金髪の男だ。浅蘇芳(あさすおう)色の着物、肩には漆黒(しっこく)の大きな毛皮をのせたその男はゾクリとするほどの妖力を纏っていた。

 神経がざわざわと粟立つ。

 これほどの妖力を持つモノに遭遇したことはない。

 身の内に僅かな恐怖とそれ以上の熱が駆ける。

 不意に男がこちらに顔を向けた。夕暮れ時を思わせる茜色と目が合った。

 端正な男の顔が狂喜に歪み茜色の瞳が暗い光を宿す。


 ――――――――――見つけた。


 計らずとも同時に同じことを思った二人は同時に地を蹴った。

 腰に差した紫苑(しおん)を抜く。猛禽類(もうきんるい)を思わせる爪が迫る。鋭く(とが)強靭(きょうじん)なそれは肉を引き裂くには充分だ。

 刀と爪がぶつかり合う硬質的な音が響く。止められると思わなかったのだろう、男の目が驚愕(きょうがく)で見開かれる。そこに生じた(わず)かな隙に男の爪を巻き込む様にして下段に追いやり刀を廻す。そのまま袈裟斬(けさぎ)りにしようとした瞬間。沙彩は身を(ひるがえ)した。男も何かを避けるように後ろへ飛ぶ。

 別の殺気を感じた。突如(とつじょ)割り込む様に飛んできたそれが足元に刺さる。男と沙彩の間合いを()くように刺さったのは一本の矢だ。そこにはよく見知った家紋が描かれていた。

 菖蒲(あやめ)と蘭。皐月と鈴原、両家の家紋。

「沙彩ちゃん!?」

 呼ばれて向けた視線の先で沙彩は我が目を疑った。

 そこにいたのはこの時代にはいないはずの人物。

星姫(としき)さん!」

 鈴原家次期当主、鈴原星姫だった。


新キャラ登場です。

そしてお久しぶりな次期当主が再登場です。

男ばっかりなこの話。

少しでも華やかになってくれるとわたしが嬉しいです(笑)

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