エピローグ(2)
「よっす。お二方さん、景気はどうだい?」
朱雀とヤイバに近寄ってくるなり、レオスは馬鹿みたいなほどハイテンションで声をかけてくる。完全に見下しているような感じさえ受け止められるほどのウザさ。
それもそのはずなのだ。
なぜなら、レオスの両手には十個ほどチョコが入ったと思われる袋を持っているからである。
「どうした、やけに機嫌がいいじゃないか。まさか、その両手に持っているものはバレンタインチョコというものではないか?」
朱雀が怪訝な表情を浮かべてレオスに尋ねると、
「ふっ、さすがの朱雀でも気がついたか。ふっふっふ、そう! これはバレンタインチョコというやつだ!」
と案の定、威張ってくる。
そのやり取りを聞いていたヤイバは、そんなレオスを見ていられないとでも言うように自らの顔を手で隠す。
しかし、ヤイバの気持ちを知らないレオスは、ヤイバに挑発をし始める。
「やい、ヤイバよ! お前はどうだったんだ! 俺以上にチョコを貰ったか!?」
「数では負けてる」
「だよな! だよなー! さすがに十個以上はヤイバでもありえな――え、あ……なんだ、この建造物は?」
レオスは朱雀が指差した方向を見つめて、驚いた声を漏らす。
量より質の圧倒的な差に、レオスはこの世では存在しない物でも見るかのように目を見開いていた。
「っ! さ、さすがはヤイバだぜ。お前には勝てなかったか。それでも、朱雀! お前には勝ったぞ! どうだ、お前は何個貰った!」
「ゼロだ。俺は潔く負けを認めよう」
「そうだろう、そうだろう! 俺みたいな女の尻を追いかけている奴でもチョコは貰えるってことだ! これが女に興味があるのか、それともないのかの差だ!」
レオスのウザいテンションは、ヤイバとの差ごときでは折れていないみたいらしく、高々と朱雀を見下ろすように言い切った。
そんなレオスを哀れに思ったのか、ヤイバが申し訳なさそうに声をかける。
「なぁ、レオス」
「どうした、勝者ヤイバ」
「あのさ、気をしっかり持って聞けよ?」
「え、何?」
「その様子じゃ、お前は知らないみたいだけど、今回の企画はお前も被害者なんだぞ?」
「……は?」
レオスは沈黙した。
ヤイバの言葉に対し、どういう反応をすればいいのか、分からない様子。というよりは、現実的に考えるとチョコを貰えないことに気付いてしまうもその現実を信じたくない。そんな戸惑いを隠せないように目が泳いでいる。
「確かめてくる」
レオスはそれだけ言い残し、企画申請所に行った。
朱雀とヤイバは黙って帰りを待っていると、レオスは絶望的な顔をして帰って来る。ヤイバの言葉を通りだった、と分かるほどショックを受けた表情で。
「くそっ! まさか、このタイミングでっ!」
貰ったチョコを地面に叩きつけようと振り被るも、せっかく貰ったチョコを無下に出来ないらしく、ゆっくりと腕を下ろす。
そして、恨めしそうな目で朱雀を見つめる。
「どうした?」
「最初から企んでいたのか?」
「ああ」
「そうか。そうだよな、俺がチョコを貰えるはずがないもんな」
「お返し目的かもしれないが、少しは良い思いが出来ただろう? 俺からのささやかなプレゼントだ」
「嬉しくねぇよ! お返しが二倍~三倍確定ってどういうことだよ!」
それが朱雀からレオスへの企画だった。『バレンタインをレオスに送ったら、お返しが絶対に貰えます。間違いなく二倍~三倍です。ぜひとも期待してください』という内容である。
レオスはバレンタインのお返しであるホワイトバレンタインのことを考えてか、かなり顔を青白くしていた。どうやら金欠になりかねないことを想像して、ショックを受けているようだった。
「ふむ。それに対してヤイバも不満を漏らしていたみたいだが、それは相場だぞ?」
「そ、相場?」
「ああ、相場だ。少なくとも男が女にお返しをする場合、女が望むお返しの倍率だ。つまり、女に良い所を見せようとする良いチャンスじゃないか」
「……マジで?」
レオスは朱雀の言葉に少しだけ顔が明るくなる、相場ならば仕方ない、と前向きに捉えた証だった。
そんな単純なレオスに代わり、ヤイバが朱雀に問いかける。
「それ、本当か?」
「ああ、今までそういう話を聞いたことなかったか? 例えばミユに言われたり……」
朱雀の返答に少しだけ頭を悩まし、不意に「あっ」と声を出す。思い当たる節があったらしい。
「そういうことだ。だから、我慢してちゃんと返すんだぞ?」
二人ともすでに反論する余地はなかった。
というより、朱雀はアリスたちに普段からそういう話を聞いていたからこそ、最初から正解を書いておいたに過ぎない。
だからこそ、朱雀はまったく気にかける必要がなかったのである。誰も傷付く事がない安全な企画なのだから。
「さすがは朱雀だな。俺たちの斜め上を付いてくれるとは……」
「だな。まぁ、結果としては俺もミユの機嫌を直すことが出来るからさ。本当に人の心を上手く弄ぶよな」
「マジで感心するわ。まさか、あの告白も朱雀の思惑だったなんて……。保留にしておいてよかった。こりゃ、悪いけど断るしかないな。つか、その子のお返しはどうしようか。やっぱり四倍ぐらいになるのか?」
「おいおい、告白までとは、すご――」
「今、なんて言った?」
朱雀はヤイバを遮り、レオスの言葉に反応を示した。
完全に予想外のことが起きた瞬間だったからである。
「え、おい、どうした? なんかおかしいこと言ったか?」
朱雀の反応にレオスは動揺し始める。
「ああ、十分にな。俺はそこまで強要した覚えはない。『チョコを渡した人』だ。だから義理でもいいはずだろう?」
「あ、確かに! ってことは……」
「ヤイバの言う通りだ。その告白は本物の可能性が高いな」
二人の言葉を聞いて、レオスの顔は完全に緩みきった表情へと変化。
ここに来て、予想外の出来事に顔を凛々しくすることなど無理なので、誰一人としてその表情に対する突っ込みはいれない。
「うぉぉおおお! 俺にも春が来たー!」
「おめでとう」
「うむ、良かったな。それで相手は今、どこにいるんだ? 返事は早い方がいいぞ?」
と朱雀が尋ねると、
「あー、一応フレンド登録しておいたんだけど……落ちちゃってるな。ん、返事はまた今度になるけどしょうがないよな」
かなり残念そうに答えるが、それでもやっぱり嬉しそうな表情を浮かべていた。




