勇者対魔王
「やっとお目覚めか。結構深手を負ってたんだな」
スザクは二人の方へ顔を向けることなく話しかける。
「おかげさまでな。それよりも本当に大丈夫なのか?」
「何がだよ? ああ、上での戦闘か? あんなの別にたいしたことじゃないっての」
「その発言に驚きを隠せないが、聞きたいのはそっちじゃない。魔王との戦いだ。アリスの言う通り、援護はいらないのか?」
「必要ない。っていうか、魔王の一部であるあいつを一人で倒せなくて、本体を倒せるわけないだろ」
「うむ、一理あるな。それに――」
スザクの手から離れた際に再び刀身が黒く戻った刀を見つめながら、
「今の私では迷惑をかけるだけだろうから、私は元より援護出来る手段はないわけだが……」
再び操られる可能性を視野に入れているらしく、アヤカは残念そうにため息を吐く。
「簡単に憎悪を持ちすぎなんだよ。アリスと一緒でフランが死ねない身体なのを忘れてたんだろ? ったく、魔剣を扱うつもりなら、アヤカはもっと心に余裕を持てよ。じゃないと、あれは扱いきれないぞ? というわけで自分のやりたいことを見つけて、好き勝手やること」
「……そういうものなのか? 心に余裕を持たせるとはまた別のことだと思うが……、精進する事は約束する」
スザクの言い分に少しだけ疑問を感じながらもアヤカは素直に頷く。
「やっぱり、心に余裕を持ってるから、スザクさんは強いんですかぁ?」
と次はフランがスザクに話しかける。
「どうなんだろうな。強さに心の余裕とかはあまり関係ない気もするけど……とにかく、魔王を目の前にしてるんだから集中させてくれないか?」
「あ、すいません……」
スザクの注意にフランが少しばかり落ち込んだらしく、声のトーンがいきなり下がったため、
「今回はフランも頑張ったみたいだな。今までの戦闘こんなにボロボロになることもなかったし。ちょっとだけ驚いた。ひとまずお疲れ、あとは任せとけ。」
慌ててフォローを入れるのだった。
そのフォローだけでフランのテンションが上がり、元気な「はい!」という返事が戻ってくる。
「悪い、待たせたな」
「そうでもない。最後の別れぐらいは必要だろう? なぁに、ネタさえ分かれば、なんとか出来る」
魔王は一気に殺気を爆発させる。
今までにないピリピリとした空気が魔王から放たれ、スザクが張った結界もギシギシと鈍い音を立てた。
三人ともその様子を見るだけで、重圧は感じていないはずなのに重圧を感じてしまうほどの怖さが心に芽生える。さっきまでの戦闘は、魔王にとってただの児戯みたいなものだったと思い知らされてしまう。
そんな中、スザクは平然としていた。
殺気は所詮、相手の気持ちを折るために使うものであり、戦闘自体には関係してないことを知っているから、流しきればそれだけで済んでしまう。そもそも、魔王の一部なのだから、これぐらいの殺気で怯えてしまえば、本体を倒すなんてことは夢物語になる。
「ちっ、やっぱり無理か。勝てそうにないことが分かってたからこそ、気持ちを折ろうとしてみたんだが、やはり勇者になるとそうもいかないな」
「ったく、往生際が悪いぞ。さっさと倒されろ。抵抗なんてしなくていいから」
「嫌だと言ったら?」
「嫌って……それは俺から逃げきってみせる、とでも言いたいのか? ……逃がすと思ってるのか?」
「だろうな。しょうがない、力が弱まるのは仕方ないが、ここで勇者の実力を計っておくのも一つの手か」
「なんだよ、その諦めの境地。結構、この力疲れるから、俺からすれば無抵抗で倒されて欲しいんだけど」
「倒されるなんて真っ平に決まってる。だいたい、ここで諦めたら、部下たちに申し訳ないだろう。それでも勝てる気がしないが……な。まさか聖気を使えるなんて思っても見なかったんだ。ま、全力で逃げてやろうじゃないか」
魔王の残っている左手が変化し、紫色の刀身を持つ剣のような状態になる。紫色に見える理由は単純に魔力を集中させているからである。
スザクもそれに応える様に剣に光の粒子を注ぎ込む。
それぞれに構えて、タイミングを伺う。
一対一の戦いは何のきっかけもなく始まる。
先に駆け出したのは魔王からだった。剣で刺突するかのような直線の攻撃。明らかに不意打ちを狙ったのだろう。
スザクもそのことは分かっていたらしく、驚く表情一つ作らなかった。それどころか、その攻撃に対する防御や回避行動一つ見せない。
「スザク!」
「スザクさん!?」
「スザク!」
三人は思わず名前を呼んでしまうが、スザクは三人の声にも反応しなかった。
魔王の攻撃はそのままスザクの胸に剣が突き刺さる――かに見えたが、それは音もなく元の砂へと戻り、地面に落ちていく。
そして、スザクの横薙ぎの一撃が魔王に向かって放たれる。
突進していた魔王は回避行動をとろうとするも間に合わず、あっさりと頭と身体が引き離され、首から上だけが形を残したまま地面に落下。身体は剣と同じように砂に戻る。
しかし、今度はその砂が今度はヘビを形作り、スザクの首筋に噛み付こうと身体を伸ばした。
スザクも先ほどの横薙ぎの攻撃で腕を振り切っているため、その一撃を自ずと食らってしまうことになる。
が、結果は剣と同じで再び砂に強制的に戻され、スザクは何事もなかったように床に落ちた魔王の首の元へ跳躍して剣を突きつける。
「勝負あったな。いや、そもそも勝負にすらなってなかったけど」
「――悔しいが、そうみたいだな。さすがに聖気を纏った状態であんな微量な魔力では打ち勝つことが出来なかったか」
「勝てないと分かっていても、諦めなかったことは認めてやるさ。まぁ、最期にしては本気じゃなかった気がするけどな。これぐらいなら、アリスたちでも倒せ――」
スザクが言い切る前に魔王の頭が膨張したかと思えば、いきなり爆発を起こす。最初から、最後のチャンスを狙っていたかのように。
その爆発は今までギリギリ保っていたこの部屋をも破壊するほどの威力で全体を爆風で包む。
アリスたちは結界のおかげで、爆風も崩れる落ちる瓦礫にも当たる事はなかった。それどころか、結界自体にこの部屋の崩壊――遺跡の崩壊をも考慮して組み込んであったのか、自動で浮き始めると三人を外界まで運び始める。
その間、三人は何も喋ることはなかった。
魔王のいきなりの自爆に驚いたが、スザクの安否を崩壊する遺跡の中から探そうと必死になっていたからである。




