勇者到着
目の前が本当に暗くなった瞬間、アリスは地面に落とされる。
いきなり呼吸をする自由が許可されたことに、アリスの脳は状況を判断するよりも酸素を求めて、全力で口呼吸をし始めた。
呼吸がある程度整え、状況を把握しようと魔王の方を見ると、魔王の右腕が切り落とされていた。いや、それどころか斬られた右腕が痛むのか、その部分を左手で押さえている。
そして、アリスの横に誰かが立つ気配を感じて、そちらを見上げるとスザクが剣を肩に担ぎ、魔王を睨みつけていた。
「大丈夫か、アリス」
「す、スザク!? 無事だったの?」
「ま、何とかな」
スザクはいつもと変わらない口調でアリスの質問に答える。
その様子にアリスは少しだけ苛立ってしまう。
「あのさ、なんで普通なの?」
「は?」
「フランやアヤカが大変な状況なのに、なんで心配する様子が見えないのかなって思って」
「え? あいつらなら大丈夫だろ?」
「そういう問題じゃないでしょ! アヤカはともかく、フランさんは重症じゃん!」
「フランは死ねない身体になってるんだろ? たぶん、今は自己修復か、何かをしてるんじゃないのか?」
「あ……、そういえば……」
スザクの言葉にアリスも今頃思い出したように漏らす。その瞬間、アリスの顔は恥ずかしさから真っ赤に染まる。
「どんまい」
スザクはそれだけ言うと、アリスの肩に手を置く。
するとアリスは自分の体力と魔力が急激に回復し、疲労感が一切なくなる。
その現象にアリスは自らの手を見つめながら、
「え、何したの?」
と尋ねると、
「だから回復魔法。ま、もっともアリスとフランが使う回復魔法と比べると、今の俺の状態のせいで追加効果が生まれてるけど」
スザクはあっさりと答えた。
アリスはスザクの言っている意味が全く分からなかった。見る限りではスザクはどこも変化がなかったからだ。しかし、スザクの言う言葉から考えると何かが変わっているのだろう。
「さすがは勇者だな。オレの腕を断ち切るとは。しかも、百匹近い魔物をこんな短時間で全滅させてくるとは予想外だ」
魔王が今までに見せた事のない苛立った表情をしていた。もう少しで上手くいくはずだったのに、それを邪魔されて拗ねてしまったかのような雰囲気。
「たいしたことじゃないさ」
「何をしたんだ?」
「ネタ晴らしをしてどうするんだよ。それぐらい自分で見破れ。その前に仲間を救わせてもらうけどな」
スザクはそう言って、まずは比較的近くにいるアヤカの方へ歩き始める。
「あ、私がい――」
スザクには魔王との戦闘に集中してもらおうと呼び止める前に、アリスの前からスザクの姿は消えた。
瞬きをする感覚でアヤカの元に向かい、アヤカを抱えるとアリスの元へと戻ってくる。唯一、分かった事は光の粒子みたいなものが見えたということだけだった。
「何か言ったか?」
戻ってきたスザクが改めて、アリスに尋ねる。
アリスは首を横に振って、「なんでもない」と行動で答えると、スザクは「ふーん」と言った感じで、今度はフランの方へ向かい始める。
魔王もスザクの能力に対しての答えが見つかっていないらしく、攻撃をする素振りさえ見せずに見つめていた。
スザクは先ほどと同じようにしてフランを抱えて二人の元へと戻ってくると、三人を囲むように結界を張った。この結界は治癒効果もあるのか、二人のケガしている部分に向かって光る粒子が収束し始める。
「なぁ、アリス」
「……」
「おーい」
「え、あ……なに?」
アリスも魔王と同じで、スザクの能力を見破ろうと必死になっていたため、反応に遅れてしまう。
スザクはそんなアリスの様子に対し、「はぁ」とあからさまに分かるようなため息を吐くと、
「分かったよ。あとでこの能力を教えてやるから、ちょっと質問に答えろ」
非常に面倒くさそうに答える。
アリスも自分の考えていたことを見破られ、慌てて否定し始める。
「う、ううん。魔王を倒してからで良いから! あ、いや! 隠しててもいいよ!」
「思ってもないことを言わなくてもいいさ。それよりもアヤカの剣は?」
「え、あれだよ。剣じゃなくて刀になってるけど……」
スザクの問いに答えるように魔王の後ろにある黒刀を指差すアリス。
「あー、魔剣か。つか、そういう剣だったか?」
アリスの指差された刀を見ながら、スザクは首を傾げた。
「ううん、本来の剣の中に刀の刃が隠して、封印してたみたい」
「なるほどな。んで、今回はピンチだったから使ったという事か」
スザクはアリスの説明から察すると再び消えるようにして、魔王の後ろにある刀まで移動するとその刀を掴むと、アヤカの時と同じように刀の鍔から再び触手が現れ、スザクの腕に絡み付こうと伸び始める。
先ほどのアヤカの様子を見ていたアリスは、スザクもアヤカと同じようになってしまうのではないか、と思い、
「スザク、今すぐその刀から手を離して!」
と叫んだが、スザクはその刀を離すつもりはないらしく、巻きつこうとする触手をジッと見つめていた。
触手はスザクの腕先まで伸びきり、そのまま腕に巻きつこうとした瞬間、それはバチンという音とともに弾かれる。それを三回ほど繰り返した後、その触手は撒きつく事を諦めたらしく触手が消え去り、黒かった刀身が黄金に輝き始める。
「嘘……、いったいどうやったの?」
アリスが驚きの声を上げると、それを答えたのは魔王だった。
「制御したか、勇者。いや、強制的に従わせたと言った方が正解か?」
「ご名答。まぁ、これぐらい俺にしたらなんてことないんだけどさ」
「オレの腕を斬った力、その魔剣を制御した力の正体は『聖気』だったか」
「おっ、もう見破ったか。じゃあ、隠す意味もないな」
言うや否や、スザクの身体を光に包まれ、背中からは天使を思わせるような翼が姿を現す。
アリスはそれに一瞬見惚れてしまうほど、純白で綺麗な翼。
その翼を一回羽ばたかせると、スザクは消え、再びアリスの近くに戻ってくる。
そこでアリスは、スザクが移動した後に残る光の粒子の正体が身体に纏っている粒子の残りであることに気付く。
スザクは持っていた刀を結界の中の地面に突き刺すと、魔王へ顔を向ける。
「じゃあ、そろそろ決着を着けようか。っても、一部だから決着って意味合いはないけどさ」
「ちょっ、ちょっと!」
「え?」
「援護要らないの? てか、その『聖気』って何なの?」
アリスはスザクの言葉に我に戻り、結界を叩きながら尋ねる。さすがのスザクでも援護なしに魔王に勝てるとは思わなかった。いくら、その初めて聞く名前の力を使ったとしても、魔王の実力を直接目の当たりにしたアリスからすれば。
「神々の力の一部だ。魔力が魔族の力を利用するとすれば、聖気は光の力というわけだ。もっともその上もあるのだがな」
「おいおい、魔王が答えるなよ。俺の説明タイムが台無しじゃないかよ」
スザクは盛大にため息を漏らす。
今まで戦闘に参加しなかった分、今回アピールをしようと考えていたからだ。
「え、そんなのがあったの?」
「あったんだよ」
「だったら最初から教えといてよ!」
「そうなったら、アリスたちは俺を頼り始めるだろ? だから嫌だったの。三人には悪いが、いくら三人が強くても幹部クラスにギリギリで勝てる程度の実力しかない。鍛えるという意味で戦闘を任せてた節もあったんだよ。まぁ、今回置いていかれると思ってなかったけど」
スザクの言葉がもっともで、アリスは反論する事が出来なかった。魔王の一部であるというのに歯が立たなかったのは事実だったからだ。いくら、体調や魔力が全開だったとしてもきっと敵わない。それだけの実力差を痛感できてしまった。
「酷い言われようだな。しかし、本当のことか」
「でも、今のスザクさんはキレかっこいいですぅ!」
治療が終わった二人はゆっくりと身体を起こす。
アヤカはとても複雑そうな表情で、フランはスザクを見ながら目を輝かせている。




