魔王との戦闘(3)
フラン自身、いきなり食らった魔王の攻撃に何が起きたのか把握しきれず、自分の状態を確認できたのは、吐血の反動で下を向いた時だった。
「くっ……あぁ……」
痛いという感情が麻痺し、もはや貫かれた部分が熱く感じたかと思えば、ゆっくりと全身の力が抜けていくのが分かった。
それでも二人に伝えたいことがフランにはあり、
「す、すいま……せん。お、さきに……」
それだけ言い終わるとフランは気を失った。
先ほどから頑張っていた気力も切れてしまったのだ。
アリスとアヤカもその光景とフランの最期とも言える言葉に、何を話してしていいのか分からず、時が止まってしまう。
「ふむ、意外と容易かったな」
その止まった時間を破るかのように、魔王がフランを貫いている腕を無造作に横に振るう。まるで腕に付いているゴミを振り払うかのような手の振り方。
フランはその勢いから腕から抜けると、側面の壁に当たり、その場に落下した。
「なんで、フランを先に狙ったんだ?」
「お前らの気力を保つ人間だったからだ」
アヤカの質問に、魔王は迷うことなく言い切る。
「そういう理由で……先に私を狙えと言っただろうがっ!」
「お前が一番やる気があるから面倒だった。いや、別の言い方をすると、楽しみでもあると言ったほうがいいか?」
「楽しみ、だと……? 私たちの命はそんな安っぽいものじゃないんだ!」
「そんなことオレが知ったことじゃない。そういう安っぽいセリフは人間同士でやれ。少なくともオレたちとの戦いでは場違いだ」
アヤカの何度目になるか分からない怒りを受け流すように、魔王はアリスへと近づく。楽しみは後にとっておく、と言わんばかりの行動だった。
アリスも自分に近寄ってくる魔王に対して取れる行動がなく、本能的に後ずさってしまう。
その様子が魔王は楽しいのか、目の前までやってくると手を上に振り上げて、攻撃準備に入る。
「させるかっ! アリスだけは絶対に守るっ!」
アヤカはアリスをフランの二の舞にさせるわけにはいかないと駆け出し、魔王の手が振り下ろされる前に辿り着くと、その攻撃を剣の側面で受け止める。が、剣はゴーレムの戦闘で入ってしまった欠けた箇所から全体へとヒビが広がり、次の一撃さえも受け止められるかどうかも危うい状態になってしまう。
「大事な剣でそうやって味方を庇えば、楽しみがなくなるだろう。剣のない剣士はただの役立たずだぞ?」
「心配しなくて良い。その期待にはちゃんと応えてやる」
「ほう、楽しみだな。何を見せてくれるんだ?」
アヤカの発言にアリスの心には不快感が一気に襲い掛かる。何をしようと企んでいるのかは何一つ分からない。なのに、最悪な展開を巻き起こそうとしていることだけは簡単に予想が付いた。
「あ、アヤカ……? 何を……!」
「すまないな。私も生き残ることは出来なさそうだ。……さよなら」
「アヤカ!!」
アリスの言葉を聞くことなく、アヤカは魔王の手を弾き飛ばし、そのままの流れで攻撃を繰り出す。
が、魔王の身体に触れた瞬間、剣は容易く砕け散ってしまう。
壊れた瞬間、剣の中から現れたのは真っ黒く刀身が染まっている刀。
まるで封印を解放されたことに対し、狂喜するように超音波が聞こえたかと思えば、アヤカのスカイブルーの髪の毛が一瞬にして黒く染まり、剣を持つ手が刀から現れた触手に肩まで侵食される。
「ケケケケケ!」
アヤカの口から漏れ出した声はアリスが今まで聞いたことのない声だった。
魔王もアヤカのいきなりの変貌に付いていけなかったらしく、その声とともに放たれる一撃が左手を斬り落とす。
しかし、砂で出来た身体のおかげなのか、魔王は痛がる素振りを見せずにバックジャンプをして距離を取る。ほぼ同時に左腕は再生。
が、アヤカは狂気に蝕まれたかのように容赦なく斬りにかかる。
今までのような型も何もなく、ただ刀を振り回しているという状態。
アヤカは完全に刀に操られていた。
「魔剣の類か」
魔王はアヤカの振り回す攻撃をかわしながら、独り言のように呟く。
「ま……けん……?」
アリスは自然とその言葉を繰り返すと、魔王がそれに反応した。
「なんだ、魔法使いも知らなかったのか」
「な、仲間だけど、全部が全部知ってるわけじゃない。な、何がどうなってるの?」
「剣の精霊……いや、悪魔に精神を売ったんだよ、こいつはな。オレを倒すというだけの理由で。だから外側の剣を砕いたんだろう」
「でも剣は砕けたのは魔王の身体に――」
「当たり前だ。気を剣に纏わせてなかったのだからな。意図的に壊したからこそ、刀の悪魔はその隙を付いたというべきか? オレに対する憎悪を利用したんだろう。封印してた時点で今は無理と剣士自身も分かっていたのかもな。いつかは制御できたというのに残念だ。こんなつまらない結末とはな」
魔王はつまらなそうに漏らす。
期待はずれ、と言わんばかりの物言いだった。
それもそのはずなのだ。
アヤカは力任せに闇雲に刀を振り回し、高速移動することに身体が付いていけず、全身から血を噴き流しているのだから。しかも、それのことに気が付いていないらしく、自滅するのも時間の問題だった。
ただ、自滅するまでの間に魔王が攻撃を避け続けるのが面倒になったらしく、刀身を指で挟むように掴み、再び発した殺気をアヤカ一人へと向ける。
二人の殺気はぶつかり合い、二人を中心に床がへこむほどの威力を見せるが、その圧力にアヤカの身体が耐えきれず、身体が宙に浮いてしまう。しばらくは刀を掴む腕だけで粘っていたが、それもやがて圧力に負けた触手がアヤカの腕から無理矢理引き剥がされる。
意識を失っているアヤカはその圧力に抗う事ができず、フランと同じように壁に激突した。
「アヤカ!」
アリスが名前を呼ぶが、アヤカの反応は一切なかった。どんな状態かさえ分からず、心配になったアリスは近寄ろうと立ち上がって走り出そうとするも、すぐにバランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。
「他人の心配をするよりも自分の心配をしたらどうなんだ?」
いつの間にかアリスの目の前にやって来ていた魔王が満足そうに笑みを溢している。アリスの絶望する姿がよほど嬉しいらしく、鼻歌まで歌いだしそうな状態だった。
「っと、危ないな。飲み込まれはしないが、この触手が邪魔だな」
魔王は持っていた刀を後ろに向かって投げつける。自分にはこんなもの必要ないとでも言うような扱い方。
「殺す順番までもオレの思い通りとは皮肉なものだな。しかし、これで気絶している剣士の絶望する姿――いや、勇者の絶望する姿も見えるのか。今回はどうやらオレに運が向いているらしい」
「気絶、なの……?」
「おっと、希望を与えてしまったか。いや、もうお前は用無しだから教えても構わないか。まだ剣士は生きてるぞ」
自分自身が与えてしまった希望にちょっとだけ反省するように魔王は肩を落とす。
しかし、当初の目標は変わらないらしく、アリスの身体を魔力を使って持ちあげると右手を首にかける。
「っ!」
「殺すにはこういう実感が湧くものじゃないといけないな」
魔力による金縛りと疲労した身体のせいで、アリスは指一本動かす事が出来なかった。首を締め付ける力がどんどん強くなり、気道が狭くなるせいで息がしにくくなる。
唯一、抗うために魔王を捉えていた視界もぼやけ始め、目の前が真っ白になっていく。
そんな中でも思考だけは微かにだが働き、アリスの頭の中で浮かんだのはスザクのことだった。
すぐにこれが走馬灯だとアリスは分かった。
出てくるスザクの行動や会話がゲームに対する熱い語りだったためである。今更ながら、少しでも真面目に聞いてあげた方がよかったかな、と後悔するには十分に遅かった。
「さらばだ、魔法使い」
魔王の最期の言葉がアリスの耳になんとか届き、次の瞬間、首を締め付ける力が今まで以上に強くなった。




