魔王との戦闘(2)
「これを狙ってたのか?」
アヤカは氷の柱の中に埋まっている魔王を一瞥した後、アリスを見つめる。あくまで倒すという意識で戦っていたため、この意外な展開に少し不満があるような表情を浮かべていた。
しかし、現時点では勝てないというのも事実。
それが分かっているからこそ、自分の未熟さにも不満を隠しきれず、顔に出てしまったのだ。
「ん、アヤカも分かってたでしょ?」
「ああ、だが……」
「――本音を言うとね、魔王がこの封印から抜け出すのも時間の問題でしかないよ」
「えぇ! そうなんですかぁ!?」
フランは完全に終わったと思っていたらしく、驚きの声を上げる。
「この封印魔法は絶対零度を利用した魔法だから、普通は抜け出せないんだけどね。絶対零度ってのは、そもそも原子の振動を完全に止まった状態にするものなんだけど、相手が相手だから……」
「つまり、どうにかして内部から破壊したりすれば脱出可能ということか」
アヤカはアリスが言い終わるのを待たずに自ら導き出した答えを告げる。
「そういうこと」
「あ、でもスザクさんが来るまでは持ちますよねぇ?」
フランは不安そうにアリスに尋ねると、
「たぶんね。問題はスザクが百匹近い魔物をどれくらいで片付けられるのかって話だけど……」
アリスもまた不安そうに入り口を見つめる。
今すぐにでもスザクの元へ戻りたい気持ちはあったが、こんな疲弊しきった状態で戻った所で役に立たないのは目に見えて分かっていた。それ以前に入り口まで無事に戻りきれる確証さえもないのだから、今は大人しくして体力などの回復を待つしかない。
そのためにアリスは残っている魔力の大半を利用して封印したのだ。
「ちっ、なんだかんだで私たちもまだまだってことだったか。井の中の蛙だな」
「そういうこと言わない。アヤカ、回復魔法かけるから、こっち来て」
「ああ、いつ封印が解けるかどうか分からないんだから、少しでも万全にしておくにこしたことはないか」
その言葉に従い、アヤカはアリスに近寄ると、
「あ、回復ならワタシの――」
フランが自分の職業をアピールするが、
「休んでていいから」
「休んでろ」
二人によって即座に止められる。
フランはまさかそう言われると思っていなかったらしく、シュンとしょげた。
「肉体的にも精神的もキツい状態なのに無理をさせられないってこと。別に職業的な意味合いで言ってるつもりはないから、勘違いしないでよ」
「その通りだ。今日は頑張りすぎだ。というより、いつ復活するかも分からない状態なんだから、ゆっくり休憩してろってことだ」
アリスは呪文を唱え、自らの手を光らせると、アヤカの腹部に手を置き、治療を始める。
「あまり納得できないような気がしますけど、分かりましたぁ」
フランは二人からの説得に仕方ないとばかりに大きなため息を吐いて、不満をアピール。
もちろん、二人はそんな不満を聞くつもりはなく聞き流す。
そのタイミングで三人の耳に小さな音が聞こえた。
音としては小さな音だったが、それは間違いなく氷が砕け散る音。
フランとアヤカはその音に対し、即座に魔王が埋まっている氷の柱に目を向けた。
「まさか、もう……なのか?」
「うー、本当に油断も隙もないですねぇ」
と嫌悪感を現すも、
「半日は大丈夫だよ。いくら、魔王だってこんな数分で――」
アリスはそんなことあり得ないとばかりに苦笑いしながら、二人に説明し終わる前に氷の柱は砕け散る。
一つずつではなく、二つ共だった。
「え……うそっ……」
アリスにはこの世が終わったとも言えるほどの絶望が一気に襲い掛かる。
何の手落ちはなかったはずだったからだ。
避けられないように言葉も選んだし、念には念を入れて二重に封印をかけた。一つ破られたとしても、もう外側の封印で再び時間を稼ぐことが出来るはずだった。それなのにこんな短時間で抜け出されるとは思っておらず、魔力も底を尽きかけの状態で勝てるどころか時間を稼ぐことも出来るはずがない。
万策尽きたとはまさにこのことだ、とアリスは瞬時に悟ってしまう。
「そんな驚くことはないだろう? 約束通り、ちゃんと避けなかったんだ。それに対して、褒め言葉があってもいいんじゃないか?」
封印魔法から抜け出した魔王は自らの身体に不調がないか、確認するかのように身体を動かし始める。
「アリスに代わって私が聞こう。いったい、どうやって脱出した?」
今のアリスの状態では、聞くこともままならない状態だと悟ったアヤカが代わりに尋ねた。
「防御しただけだ。魔法使いは『避けるな』とは言ったが、『防御をするな』と言ってなかっただろう。その言葉の隙間を取らしてもらっただけだが?」
「なるほど。文句のつけようもないな。確かに私たちも、その言葉を聞いてない」
「卑怯とは言われても構わないがな」
「言うつもりもないさ。魔王だから、それぐらいの抜け道は卑怯というレベルじゃない」
アヤカは否定するつもりがないらしく、淡々とそれに答える。
魔王にしては正論過ぎる言葉に言い返す言葉もなかったからだった。
「アヤカさん!」
その言葉にフランが不満を言おうと名前を呼ぶも、
「本当の事だろう。私たちが油断した結果がこれというわけだ。事実は事実で受け入れないといけない。違うか?」
とフランに向けるアヤカの表情は悔しさで満ちていた。
アリスをフォローしたくてもフォローすることが出来ないこの状況に、アヤカ自身が言葉でも勝てない無力さに嫌気を感じていたのだ。
「さて、今まで好き放題させてやったんだ、覚悟は出来ているんだろうな」
魔王はゆっくりとした足取りで三人に近づき始める。
その行動に対し、今度はアヤカが二人の前に一歩踏み出し、剣を構えた。
「そうだな、二人を殺るのは私を殺ってからにしてもらおう。順番はこちらで決めてもいいだろう?」
「やはりお前が出るか。最初から分かっていたぞ。剣士、お前は自らを犠牲にしてでも、二人は逃げさせようすることはな」
「ちっ、そこまでバレてるのか」
「剣士はそういうタイプが多いだろう?」
「そんなことはどうでもいい。私が相手でも問題ないだろう?」
「そうだな」
そう言って、魔王はアヤカに歩みを向ける。
二歩三歩と徐々に距離が縮まる中で、アヤカが神経を魔王に集中させていると、いきなり魔王の姿がアヤカの視界から消え、
「え!?」
フランの驚きの声が耳に入る。
その声に誘われるようにフランの方向を慌ててみると、そこにはフランの背後から腹部を貫通し、血に染まっていく魔王の腕がアヤカの目に入った。
目に入った現実にアヤカは言葉が詰まってしまい、憎悪を込めて名を呼ぼうとする前に、
「だが、もうお前たちの要望を聞くのはこれで終わりと言ったはずだ」
と魔王の残酷な言葉がこの空間に響き渡った。




