魔王との戦闘(1)
ここでも、やはりアヤカが一番に飛び出した。
その左右からフランが召還した魔物が襲い掛かる。
アリスは攻撃呪文ではなく、肉体強化の呪文を唱えて、アヤカにそれをかけた。今回の戦闘はゴーレム戦の時とは違い、全員がチームワークを大事にしないといけない。そのためには、攻撃の要になるであろうアヤカをカバーしないといけないと思ったからだった。
その魔法がかかった瞬間、アヤカの駆けるスピードがさっきほどより速くなる。
「アリスか、すまんな」
それに気付いたアヤカはそう言って、魔王に斬りかかる。
同時にフランの召還した魔物も左右からの頭突き。
三方向からの一斉攻撃にアヤカはどれかの攻撃は当たる確信が生まれた。さすがの魔王でも二方向の攻撃ならば防げたとしても、一箇所は防ぐ事は出来ない。結界を張られたり、反撃をしたりとしても、アリスの肉体強化のおかげで力技で無理矢理ねじふせるつもりでいたからだ。
「力の差とお前たちの疲労を計算に入れ忘れてるぞ」
魔王はアヤカの剣を指二本で挟んで受け止めると、魔物の攻撃に対しては無防備。なのに、魔物は魔王にぶつかっただけで消滅してしまう。
「な、なんだと……っ!」
「え、なんで!」
アヤカとアリスは驚きの声を漏らした。
アヤカ自身、今の一撃で倒すとはいかなくても、致命傷を負わせるほどの気を練りこんでいたはずなのに、二本の指で受け止められると思っていなかったからだ。それに直撃したはずの魔物たちがダメージを与えずに消滅させてしまった現実。二人にとってそれは驚きでしかなかった。
さっきのゴーレムのように魔力を吸収したのならともかく、そんな様子は一切見られなかったからだ。
「ご、ごめんなさいですぅ……」
魔王がこの状況に対する説明をする前にフランは口を開いた。気力だけで立っている状態らしく、今にでも倒れそうなほどフラフラな状態。
アリスとアヤカはフランのその様子を見て、もはや戦闘するだけの力がなく、先ほどの召還もその影響で消滅したと理解する。
「ほら、目の前がお留守だぞ」
フランの様子を見るために視線を逸らしたアヤカの腹部に、魔王の蹴りが容赦なく放たれる。
「うぐっ」と声を上げて、アヤカは吹っ飛ぶ。
その直後、アヤカとすれ違うように魔王に向かって炎で形成された龍が飛んでゆく。
アヤカの身体を目くらましにして放ったアリスの魔法である。
炎で形成された龍は魔王に噛み付こうとするが、魔王が張った一つの魔法陣により、阻止される。が、勢いを殺すことなく、魔王を道連れにするかのように部屋中を暴れ回り始めた。
その間にアリスはフランに近づく。
アヤカのことも心配だったが、一番はフランだった。
「大丈夫? 無理しないでいいから! フランさんのおかげで魔力的には何の問題もない私がなんとかするから休んでて!」
「だ、大丈夫ですよぉ。ワタシだって、役に立ちたいですしぃ……」
声だけでも、と言った感じでフランは平気なフリをしている。
その様子を見ているだけでもアリスにとっては痛々しく映り、早くスザクが来る事を願ってしまうほどだった。
「アリス、フランの頑張りを無駄にしようとするな」
ある程度のダメージがあるのか、アヤカは蹴られた腹部を手で押さえ、剣を杖代わりにして二人に近づいて来た。
「え?」
「フランもフランなりに戦おうとしているんだ。私たちがそれを止めることなんて出来ないだろう」
「そうだけどっ!」
「なぁに、フランがそうやって必死に自分と戦っているんだ。私もフランには負けていられない」
「どっちみち負けるだろうが、な」
アリスの魔法で離れた位置まで動かされていた魔王がゆっくりと三人に近づきながら、話に割って入る。
魔法によるダメージは一切負っていないのか、さっきとまったく変わらない様子だった。
「オレに魔法陣を出させるとはさすがだな、魔法使い。いや、剣士も十分な実力だ。僧侶もよくここまで気力で持っていると褒めておくべきか」
と満足そうに拍手を三人に送り、
「人間としては最高水準だろう。肉体的にも精神的にも絶望しそうなこの状況の中、よく頑張っていると思えるな。だが、所詮は人間の枠内で、の話だ」
元立っていた位置まで戻ると、腕を組み、次の攻撃を待っているかのように三人を見つめる。
「どういうつもりだ?」
「オレが攻撃をすれば、すぐに死ぬだろう? だったら、もう少しだけチャンスをやる。ただ、それだけの理由だ」
「ほう、前回の魔王が油断で倒されたというのに余裕なものだな」
「おっと、それもそうだったな」
アヤカの発言を受けて、そのことを思い出したらしく、
「じゃあ、次で最後にしてやろう。思いっきり攻撃するといい。『もしかしたら』倒せるかもしれないぞ?」
あくまで『絶対に倒せない』というスタンスは変える様子は一切なく、はっきりと断言。
「ん、分かった。じゃあ、私がやる」
アリスが二人より一歩前に出ると、二人に向かってそう言った。
いや、自分以外にまともに戦える人がいないことを判断した結果である。
フランは元より、アヤカも先ほどの魔王の一撃が意外と強かったのか、腹部から手を離そうとしない。そのことを考慮すると、それ以外の選択がアリスには取れなかったのだ。
「おい、アリス!」
「アリス、さん!」
「大丈夫だよ、どうせ魔王は攻撃を避けるつもりないんだから。このチャンスを活かした方がいいでしょ?」
二人に呼ばれたアリスは笑顔で答える。心配かけないようにそうすることしか出来なかったのだ。
「誰が避けないと言ったんだ?」
不満そうに魔王は呟く。
「別にいいでしょ? 『私たちでは勝てない』とか言ってるんだから、それぐらいのサービスをしてくれても」
「……まぁ、しょうがない。それぐらいの油断は受けといてやろう」
アリスはその返答にニヤリと笑う。
ここまでは思惑通りに進んだからだった。
「おい、アリス大丈夫なのか?」
「無謀なことは止せ」と言わんばかりに心配そうな目でアリスを見つめるアヤカ。
しかし、アリスはウインクをして、「問題ない」と伝えると呪文を唱え始める。
本当は説明をした方がいいのかもしれなかったが、アリスはこれからすることを魔王に知られるわけにはいかなかったため、二人に伝える事が出来なかった。
アリスが呪文を唱え終わると、ひんやりとした空気がどこからか流れて来た事にフランとアヤカは気付く。二人とも今まで氷系統の魔法を見た事がなかったわけではないが、少なくとも目に見えるような形で放出されていた。なのに、今回は冷気を感じ取れるだけの状態。
ここでフランとアヤカが考えたのは、『魔力が不足しており、形にすることが出来ない』という最悪な展開だった。
「アリスさん、無理しないでください!」
「そうだ、私たちもいるんだぞ!」
「大丈夫だよ、もう終わるから」
焦って話す二人にアリスは断言するかのように言うと、
「考えたな。そのために回避の選択を取り上げたということか」
アリスの意図に気付いた魔王は不愉快そうにアリスを睨みつける。
その言葉にフランとアヤカが魔王の方を見ると、魔王を中心に六亡星を作るように光る点が作られていた。二人が確認すると同時にそれは一瞬にして氷の柱を作り上げる。しかもそれだけで終わらず、今作った氷の柱を中心にして、また六亡星の光る点が現れると同じように氷の柱を形成した。
「倒せそうにないからね、こうやって封印するしかなかったんだ。その甘さを利用させてもらったよ」
アリスは少しだけ申し訳なさそうに言いながら、その場に座り込んだ。アリスもまた限界を迎えてしまったからである。




