魔王との会話(2)
「やれやれ、人間という生き物は不思議なものだ。勝ち目のない戦いを無謀にも挑んでくるんだからな」
魔王は再び呆れたようにため息を吐いた。
なぜ、こんな風に前向きに慣れるのか、訳が分からないという感じで。
「人間の可能性を馬鹿にしてると痛い目を見るからね」
「ああ、アリスの言う通りだ。私たちの可能性を見せてやろうじゃないか。何気に実力が上の相手と戦うと、それに比例して強くなる可能性だってあるんだからな。フランのように」
アヤカによって、例え話にされたフランは驚いてしまう。フランは自分のどこが変わったのか、分からなかったからである。
「アヤカさんが言うほど、どこか変わりましたかぁ?」
「私たちに再びやる気を出させてくれただろう。それだけで十分の進歩と言えるさ」
「は、はぁ……なんとなく分かりませんけど、素直に受け取っておきますぅ」
「それでいい」
「……くだらん」
魔王ははっきりと二人の会話を言い切る。
先ほどのような呆れた感情すら出すのも面倒のか、無表情だった。
「お前たちはさっきから何を言っているんだ? まだ、本来の力を引き出せるだけの余力があるならまだしも、今のヘロヘロの状態でそんなことを言っても説得力がない。口先だけなら何とでも言える」
「そうやって勝手に決め付けるから、前回の魔王は倒されちゃったんでしょ?」
とアリスが言うと、
「――そうだったな。油断したから負けた。そのことは認めよう。しかし、あの時と今では状況が違うのが分かるか?」
何かを指摘するかのように言い放つ。
三人とも魔王が言いたいことが分かった。
それは勇者の存在――スザクのこと。
本命がいない限り、魔王は倒せない、と言っているのだ。
「それぐらい分かってますよぉ。だからこそじゃないですかぁ。スザクさんがここに来るまでの時間を、私たちが稼げばいいってことですよねぇ?」
フランは、スザクがここに絶対に来る事を信じていると言わんばかりの言い方で、魔王を挑発する。
そんなフランを見て、アヤカが苦笑い。
「フランがそうやって相手を挑発するのは似合わないな。どちらかというと、それは私かアリスの仕事だぞ?」
「え、そうですかぁ? つまり、アリスさんやアヤカさんみたいにもうちょっと凄みがある言い方をしたら、上手く挑発出来るってことですぅ?」
「そういう問題じゃないと思うが……まぁ、よく言った。フランの言う通り、今の私たちの力でお前を倒せなくても、スザクが来るまでの時間を稼げばいいだけってのは、本当のことだからな」
フランはアヤカに褒められて嬉しそうに笑い、アヤカはフランと同じように魔王を挑発した。
「あ、でも……まだゲームの世界だったら、間に合うんでしょうかぁ?」
ふと、フランは気が付いてしまったことに対して気まずそうに漏らす。
二人ともその言葉に「あっ!」と反応するが、
「大丈夫大丈夫。スザクのことだから、さすがに異変を感じて起きてるよ!」
「そうだな、スザクを信じよう」
とフォローをするというよりも、自分自身にそう言い聞かせるような発言をして、そのことを忘れ去ろうとした。
その時だった。
「勇者ならもう起きてるぞ?」
魔王が三人の会話に割り込む。
いきなりの魔王の発言に三人は動揺してしまう。
なぜ、魔王がそのことを知っているのか? と疑問に思ってしまったからだ。寝ているということは今、発言してしまったので、会話の流れで分かってしまうのは仕方がない。だが、起きているという確定事項は知らないはずなのに、魔王が知っている。
つまり、そのことから導かれる答えに三人とも自然に辿り着く。
「ま、まさか……スザクに会って来たって言うの?」
アリスが震えた声で尋ねる。
「ああ、会って来た。なんだ、今まで気付かなかったのか? ゴーレムを倒してから、オレが出現するまでに起きたタイムラグの意味を。その間、オレがのんびりとお前たちだけを見ているわけないだろう?」
「……っ!」
「もちろん、見てきただけではない?」
「……何をしてきたの?」
「心配するな、たいしたことじゃない」
「それはお前が決めることじゃないだろう!」
アヤカが怒鳴りつける。
「そんなに怒るなよ。ただ、百匹近い魔物を送りつけてきただけだ」
「ひゃ、百匹……ですかぁ……」
フランは俯き、肩を震わしている。
さすがに、その量ではスザクもピンチだと思ってしまったらしく、どうにかして助けに行きたいという気持ちを必死に堪えている様子だった。
「お前たちにもっと朗報なことを教えてやろう」
「何をだ?」
アヤカがそれに対して尋ねた。
さっきまで下ろしていた剣を構えて、いつでも戦闘に移行できるように準備をし始める。
「勇者はお前たちと違って勘が良かったというべきかな?」
「だから、何が言いたい!」
「魔物をこの中に連れて来ないようにわざわざ全滅させてから来るそうだ。おっと、お前たちの身の心配をしていたことも伝えておいてやるか。そっちの方がやる気が出るだろう? 勇者を置いて出かけたことがこんな風に裏目に出るとはな。さ、後悔する時間が終わったらかかってこい。勇者が来るまでにお前たちを全滅させておいてやるから」
「ふざけるな! いくぞ、二人とも!」
アヤカの怒号に近い掛け声で二人に合図を送ると、
「うん!」
「はい!」
二人ともそれぞれに答えて、魔王との戦闘が開始される。




