本来の日常(1)
スザク・A・レイは耳を引っ張られる痛みによって目を覚ました。人が寝ている最中にこんなことをしてくる人間は、スザクが知っている中で少なくとも一人しかいない。
起きたにも関わらず、未だに耳を引っ張り続ける手を叩き、無理矢理力を抜かせると耳から引き離す。
黄赤色の胸元まである髪、黄色と緑のオッドアイを持つ女の子――アリス・キャンベルがベッドの横からスザクの顔を覗きこんでいた。ちゃんと起きているのか、確認しているらしい。
寝起き直後、スザクは早速不満を漏らした。
「痛いんだよ、なんでもっと優しい起こし方が出来ないんだ? 女の子だろ?」
「性別関係ないから。それにゲームばっかりしてる奴に言われたくないんだけど? というより、勇者としての自覚を少しは持ったら?」
アリスは悪びた様子もなく、顔に垂れてきた黄赤色の髪を耳にかけながら、あっさりと反論。むしろ、ゲームをしてたことに対し、怒っているかのようにスザクを睨みつける。
「ゲームだろうが何をしようが俺の自由だろ? 俺の青春がそこには詰まってるんだよ。だいたい考えてみろ。俺が今までどんな生活を送ってきたのか」
「それ、私も同じだし。いつか出てくる魔王を倒すために子供の時から厳しい修行を積んできたんでしょ? 考えなくても分かるよ」
「そうだろ? だからこそ、俺はこのオンラインゲーム『俺の青春はここにある』ってゲームをしてるんだ! このゲームの良さだな、まず何よりも仮想空間に自分の精神を送り込む事で本当に体験している感覚でやれることだ! 視覚も聴覚も俺の精神が聞き取るから、リアルで体験できるというメリットが大人気で流行ったんだよ! 騙されたと思って、アリスもやってみろ!」
「ほら、フランも起きてー」
アリスはすでにスザクの言葉を聞いていなかった。そもそも聞く気がなかったが正しい表現。故に隣のベッドで寝ているグレイの髪の毛をした女の子――フラン・ナイトメアを起こし始める。
フランはもぞもぞと動いた後、布団からゆっくりと顔を出す。
「やっと起きた?」
「んぅー、まだ眠いですぅ。もうちょっとだけ寝させてください……」
「ダーメ。依頼を貰ってきたから出発の準備するよ」
「ふぁーい」
フランは素直に身体を起こす。
逆にスザクはがっくりと項垂れた。ゲームをする時間が減ってしまうからである。ゲーム内の時間は現実より早く一日が終わるけれど、イン出来る時間が少ないからこそ、やりたいことがたくさんあった。それが魅力なのに、なんで依頼ごときに邪魔されないといけないのだかろうか? という思いが生まれてしまったのだ。
フランはスザクの気持ちなんて知らないため、のん気そうにスザクの方へ身体を向けて頭を下げる。
「スザクさん、おはようございますぅ」
「おはよう。もう少し寝てていいから、こんな仕事魔は放っておいて。俺たちは休暇を満喫しよう」
ゲームの出来る時間が減る不満を遠まわしにアリスへとぶつける。そうでもしないとやってられないからだった。
「いいよ、休んでて。どうせなら、しばらくは目覚めない眠りにつかせてあげようか?」
にっこりと笑う表情とは対照的に、腕から先がバチバチと放電していた。眉間には血管が浮き出てすらいる。内心で怒っていることは明白だった。
「大丈夫ですよぉ。ワタシが回復してあげますから、依頼が終わって帰った後にぃ」
フランの言葉は何のフォローにもなっていない。スザクに与える安心をアリスに与えることになっているのだから。
「わ、分かった。俺が白旗をあげる」
「最初からそうしてよね。無駄なことしたくないんだからさ」
「寝起きが最悪だから、反抗もしたくなるってもんだ」
「じゃあさ、どんな起こし方が良かったの?」
腕を組み、スザクは考え込んだ。流れでそう言ってみたものの、どんな起こし方がいいのか? ということは考えた事がなかったからだ。確かに男として起こしてもらいたいシチュエーションはあるけれど、実行してくれる女の子がいないこんな現実では諦めの境地に達していた。まずはその考えから改めないといけないのかもしれない、と考えていると、
「あ、ワタシが起こしましょうかぁ? 夢の世界まで入れますからぁ」
「それいいんじゃない? ネクロマンサーとしての本領発揮できるし!」
「はい、スザクさんのためなら何でもしますよぉ?」
「愛してるから言える発言ね」
「はい、愛してますぅ」
勝手に二人はスザクの考えとは別に話し始める。
「無駄に歪んでいる愛はノーサンキューだ」
「酷いですぅ。本当に愛してるんですよぉ?」
にっこりと笑うフランの笑みはスザクにとって不気味だった。
愛は本当にあるのかもしれないが、間違いなく病んでいるからである。
病んでいる理由として職業も絡んでいた。
フランはこのパーティでネクロマンサーと僧侶の両方を担っている。僧侶はスザクの先祖である勇者のパーティの一人でもあった。だから、僧侶としてこのパーティが結成された時に入るのは確定的なものだったが、なぜかネクロマンサーとしての能力をも身に付けていたのだ。血を利用して死霊たちを呼び出す関係上、自傷行為が当たり前。そのせいで、ショックを受けすぎたりすると意味もなく腕を掻き切ってしまうことがたまにある。一応、人前ではその傷は包帯で隠しているけれど、包帯の下を知っているスザクにとって怯えるには十分なものだった。
「じゃあさ、私は?」
「すぐに暴力もとい魔法使う奴もノーサンキューだ。いくら、このパーティで魔法使いだとしても」
その言葉にアリスは掌を上に向けると水の球体が現れる。
「寝起きすっきりの洗顔してあげようか?」
「ほ、ほら! すぐそうやって攻撃しようとするじゃないかよ!」
スザクの考えていた通りの展開になってしまう。本人に自覚があるのかすら分からない行動に呆れを通り越して、恐怖すら感じてしまうのだ。こんなのを嫁にする奴が可哀相過ぎる、と思ってしまうほどだった。
「余計なこと言うからいけないんでしょ!」
水の球体を消して、手を腰に当てながら不満を露にするアリス。
「絶対に俺のせいじゃない。それだけの自覚はある」
「いや、スザクが悪いだろう。勇者の子孫なら勇者らしくしてたら何の問題もないんだからな」
奥の扉からホカホカとした湯気を身体に纏わせながらスカイブルーのロングの髪を持つ一人の女の子――アヤカ・キリサキがこちらにやってくる。
その様子だけで朝の鍛錬が終わり、汗を流してきたことがスザクにも分かった。というより依頼で旅をしている時以外は、それが日課なので知ってて当たり前なのだ。
「だって! あ、これからアヤカに起こしてもらう?」
「いい、遠慮する。一番に遠慮する相手だ」
「ほう、それはどういう意味だ?」
「いや、そんな迷惑をかけられないという意味で」
スザクは視線を逸らしながら答える。アヤカが嫌いなわけではない。パーティの中で剣士という職業柄、一番性格がキツいのだ。生活面や戦闘時ならば、それも致し方ないとスザクも諦めがつくのだが、それは起床時までも発揮してしまう。
「迷惑というほどでもない。だから遠慮する必要はないぞ」
「だろうな」
首筋に剣を置いて殺気を飛ばすだけの簡単なお仕事なのだから、苦労する要素は何一つない。
ただ、起こされる側の気分がその日一日、憂鬱なものになるだけである。
「というよりもだ。スザクがゲームをしなければ済む問題じゃないのか?」
「あ、それは分かりますぅ」
「そうだね。あれは駄目だよ」
アヤカの意見に二人は即座に賛同した。迷った素振り一つ見せずに。
「ゲームの性質上、精神が異空間に飛ぶから普通に起こすよりも苦労するんだ」
「普通に寝てもらってた方が起こす側としてありがたいですぅ。普通に寝てて、寝起きが悪いのは仕方ないですからぁ」
「起こしてあげてるんだから、ありがたく思えってことよね」
この後、三人はゲームに対しての愚痴を遠慮なく溢した。
スザクは聞き流す事が精一杯。いや、ずっと前から言われ続けたことなので気にしないことにしているのだ。
文句を言われたところで辞めるはずがないのだから。