三人対ゴーレム(2)
「もう終わりだね」
「あっけないものでしたねぇー。そろそろ、スザクさんも起きてるかなぁ」
ゴーレムの足元に入った時点でアリスとフランもアヤカの一撃が決まった。その確信があり、気を抜いた瞬間のことだった。
石が崩れ落ちる音とは別の音が二人の耳に入る。
その音は金属が弾かれる音と、
「なにっ!?」
アリスの再び驚く声だった。
二人が一瞬、顔を逸らしたせいで何が起きたのかは分からなかったが、アヤカが前のめりになっていることから、さっきの一撃が石の体によって弾かれたということ。
「アヤカさんを守って!」
フランは考えるより前に召還した魔物たちにそう命じた。
今は状況を確認している場合ではない、と本能的に出した答えを優先したからだ。それにアリスの場合は呪文を唱える必要があるため、その間の時間を稼ぐ意味合いもあった。
フランの命令により、魔物の一体はバランスを崩したアヤカを救い出すためにアヤカの下へ、残りはゴーレムへ突撃。
ゴーレムは足元にいるアヤカに対して攻撃をしかけようと足を振り上げようとしていたため、石の射撃はなく無事にゴーレムに辿り着く。そして、支点になっている足に体当たりもとい頭突きをしかける。
当初の目的通り、ゴーレムはバランスを崩し、残りの一体がアヤカの股下に入り込むと、そのままアヤカを連れて離脱することに成功。
しかし、フランの目にはあり得ない現実が突きつけられた。
「う、そ……な、なんでぇ!?」
突撃した魔物がバチンという音を立てて、消し飛んだのだ。いや、正しい言い方をすると、フランの手玉としていた屍が死んでしまった。契約の強制解除に近いものである。
人間との戦いでなら、ありうる契約解除をゴーレムが行ったことがフランには信じられず、精神的なショックを受けるには十分なものだった。
「え? どうしたの? なんで消しちゃったの!?」
アリスもフランの様子を見ながら、アヤカをゴーレムの下から離脱させるために唱えた魔法をゴーレムに向かって撃ち込む。
下を見せないようにするために上からの炎の爆撃。
攻撃そのものをゴーレムに見せることにより意識をこちらに向けさせ、さらには命中する事によって、爆炎による視界の制限をさせるためだった。
アリスの思惑通りにゴーレムは上を向き、攻撃をまともに受け、視界の制限に成功した――かに見えたが、アリスの目にもフラン同様にあり得ない現実が目に入った。
攻撃そのものを見せるという行動自体は成功しているが、あと少しで直撃するところで攻撃そのものが消されているからだ。爆発で起きる閃光も音も火花すらも起こらないという状態。
唯一、ゴーレムの思考が単純だったおかげで、アヤカが無事にアリスたちの下へ戻って来ることが出来たという結果だけが残った。
アリスはそのありえない現実に、先ほどのフランと同じように驚きの言葉を出すことも出来ないほどのショックを受けてしまう。
「す……、すまん。助かった」
戻ってきたアヤカは二人にお礼を述べるが、戸惑っていた返事が返ってくるばかり。
「い、いったいどうしたんだ?」
と二人に尋ねてみるが言いたいことは分かっていた。それどころか、ショックを受けていたのはアヤカも同じだったからである。
ゴーレムに向かって放った先ほどの一撃は、アヤカでさえ決まったと思っていた攻撃だった。それだけの自信があった一撃を放ったはずなのに、突如手に現れた衝撃と反発音。バランスを崩されながら分かった事が、攻撃が弾かれたということだった。
「こ、攻撃が通用してない……」
「ワタシ……の、魔物……がぁ……」
アヤカに対する二人の返答は放心状態でのもの。
それだけショックを受けており、原因を解明するには時間がかかりそうだった。
「私と同じみたいだな」
アヤカは自分の剣を確認しながら呟く。
ゴーレムの身体に触れたであろう部分が少しだけ欠けていた。剣が欠けるということもアヤカにとって初めての経験だった。剣そのものが欠けるということを防ぐため、今まで剣を気で覆っていたからだ。
「何が起きてるんだ?」
「分かったのは、あのゴーレムには魔法や気の攻撃が通用しないってことだよ。だって、アヤカの攻撃も私たちの攻撃もどういう原理か分からないけど、直撃またはその目の前でなくなってるんだから」
「何かの仕組みはあるはずだろう、それが分からないことにはどうしようも――」
「闇雲に攻撃したって、原因が分からないと消耗戦になるだけだよ」
「唯一の救いは、ある一定の距離に入らないと攻撃をしかけて来ないということだけか」
沈黙しているゴーレムを睨みつけながら、アヤカは吐き捨てるように呟いた。
「スザクさんが居たら、また違ったんですかねぇ……」
フランが消え入りそうな声で、二人に申し訳なさそうに言った。
「スザクか。今までの戦いでも弱点とかを見つけ出すのはあいつの仕事だったからな」
「そうだったよね。今まで戦闘では役に立ってないと思ってても、実は役に立ってたんだ」
フランの言葉により、アリスとアヤカの脳裏に一緒に旅をし始めてから、今までの戦闘のことが思い出してしまう。
戦闘自体には参加しなかったが、一緒にいるだけで安心できたということを。
それこそが勇者――スザクという人間の存在感。
改めて、そのことに気付かされてしまった二人は苦笑を漏らす。
フランもそれにつられるように笑ってしまった。
「あいつに出来て、私たちが出来ないなんてことはないだろう」
「そうだよ! スザクなんていなくても何とか出来るってことを見せ付けてやらないとね」
「やる気復活という事でとりあえず仕組みを暴きましょうかぁ」
それぞれにやる気を復活させると、三人はその仕組みについて考え始める。しかし、分かっている事は『気や魔力の無効にする』ということのみだった。
「どっちなんだろうね」
アリスが最初に言葉に漏らす。
「『気や魔力の無効化』または『気や魔力の吸収』って意味でか?」
その言葉を補足するアヤカ。
フランも頷いている事から、三人とも同じ考えに至ったらしいが、そのどちらかに絞れることはまだ出来ないらしい。
その時、フランがゴーレムの足を見ながら、「あっ」と声を漏らす。
「ん、どうした?」
「もしかして何か思いついた?」
その言葉に二人はフランを見つめる。どんな光明な明かりでも縋りたかったからこそ、フランを見るスピードは速かった。
「確証はまだないですぅ。だから、ちょっと試していいですかぁ?」
フランのちょっと不安げな提案に、
「何もしないよりも、それで問題が解決する糸口になるなら手伝うよ。無駄に攻撃して、こっちの魔力が尽きるのが嫌ってだけだしね」
「そうだな。やれることがあるなら手伝おう」
アリスとアヤカはそれぞれにやる気を示す。
「じゃあ、ちょっとこの子に突撃させるので道を作ってください」
アヤカをこっちに戻すために使った一体を撫でながら、フランはアリスとアヤカに援護を頼むと、二人はその頼みに頷き、それぞれ準備をし始める。




