三人対ゴーレム(1)
中に入ると、三人の目には宙に浮かぶ一つの球体が目に入った。いや、入る前からそれは目に入っていたが正しい言い方。
「あれはいったいなんなんだろうな?」
そのことに対して、一番に口を開いたのはアヤカだった。
「ん、何かの魔法球でしょ?」
「みたいですねぇ。あれが遺跡にある宝なんでしょうかぁ?」
「そうかもね。あれは結構な高値で売れそうな気がする」
「ほう、ぜひとも傷つけないように持って帰ろう」
アリスの説明にアヤカは目を光らせる。
「しかし、ゴーレムさんの姿がありませんねぇ。どこにいるんでしょう?」
そんなアヤカを無視するようにフランはキョロキョロと周囲を見回すが、その姿はどこにもない。
「誰かが討伐したのか?」
「どうなんだろう。あ、もしかしたら自然消滅したのかも。所詮魔力を動力にして動く人形みたいなものだし」
「なんだ、それならあの魔法球を持って帰って、後は報告するだけの簡単なお仕事じゃないか」
アヤカはつまらなそうに呟くと、その魔法球に近づいていく。
二人もその後を追いつつも、周囲に気を配りながら。
部屋の半分まで差し掛かった時、その考えが間違いであると気付く。
どこからかありきたりな警報音がなったかと思うと、その部屋の周囲に散らばっていた瓦礫が例の魔法球に一気に集まり、大型の人の形を形成、そして一体の巨大なゴーレムが姿を現した。
三人はその場から少しばかりバックジャンプすると、それぞれ身構える。
「あ、トラップ型だったんだ」
「ちっ、変な勘違いをさせる設定にしたものだな」
「これであの魔法球は破壊する以外の方法がなくなったね」
「もったいない」
「しょうがないですよぅ。じゃ、さっさと破壊しましょう」
残念そうに悔しがるアヤカをフランが宥め、そう言って召還した魔物を向かわせようと手を伸ばそうとした時、
「待て、あれぐらい私一人で問題ないだろう」
と横から入ってきたアヤカの手によって動きが止められる。
「あれぇ? いいんですかぁ?」
「構わん。ちょっとした八つ当たりをしたい気分なんだ」
「八つ当たりって」
アリスは苦笑いしながら、少しだけ身体をリラックスさせる。
「二人にからかわれた怒りとか、お宝を破壊しないといけない辛さを当たるだけだ」
「ああ、ごめんね、ゴーレム。討伐自体は目的だけど、私たちのせいで……」
「すみませんですぅ」
アリスとフランは言葉で軽く謝り、今の位置より二歩ほど下がり、アヤカの邪魔にならないような位置で見守ることにした。
アヤカは剣に扉を破壊した時と同じように気を集中させ、一気にゴーレムに向かって駆け出す。今回はイメージをすることはなかった。
なぜなら、今までの経験上による知識と直感により、あれぐらいのゴーレムならば魔法球を纏っている石ごと両断できると踏んだからだ。
ゴーレムは自分へと近づくアヤカに対し、自分の身体を形成している石を発射する。
石の塊がアヤカを狙う中、それをサイドスッテプして位置を変えることで容易にかわしていく。形成している石を発射するだけの、何の駆け引きもない直線的な攻撃だからこそ、それだけの動きで済むのだ。
「所詮、ゴーレムと言っ――」
「アヤカ、危ない!」
アリスの突如かけられた声に何事かと後ろを振り向くと、後ろから先ほど放たれた石がアヤカへと飛んできていた。
声を出そうにも出せる状況でもなく、身体も一瞬の驚きから硬直し、思うように動きそうにない。来ると分かっていたならかわせるこの石も、現時点ではかわせないと悟るには時間はかからなかった。
その時、アヤカの視界から一体の魔物が現れると、その石へと頭突きを食らわして軌道を変更。
同時にアリスの手から伸びた魔力で形成された紐がアヤカの腰へと巻き付き、強制的に二人の位置へと引き戻される。
「セーフぅ。危なかったですねぇ」
「油断したら駄目だよ。もうちょっと気を使わないと」
「すまん、助かった」
アヤカはフランが召還した魔物に救われたと気付き、お礼を述べると、
「それで一体何が起きたんだ?」
と今、起きた事を確認すべく二人に尋ねた。
「あれね、撃った石を再び回収しようとして引き戻したところに、アヤカが移動してきたんだよ。少なくともそれを狙ってやったのか、偶然なのかは分からないけど」
「なるほどな。偶然じゃなかったら、ゴーレムとして最高レベルの水準だな」
「普通に考えて、撃ち出した石を戻すなんて考えられない行動だしね」
「うし、任せろ。もう大丈夫だ」
「本当ですかぁ?」
フランが心配そうにアヤカを見つめる。先ほどの件があるので、フランの性格上不安になってしまったのだ。
「任せろ。一度した失敗を再び失敗するような真似なんてしないさ」
そう言って、アヤカは再びゴーレムに向かって歩き出す。さっきと違い、駆け出すような素振りは一切見せず、まるで散歩するかのような足取りで。
再び半分を超えるとゴーレムの石の射出が始める。
アヤカはその攻撃を先ほどと同じようにかわしていく。
その様子を見ていたフランは驚きを隠せずにいた。さっきとは違い、心配する必要がないほど余裕のあるかわし方だったからである。
「あれ、どうやってるんですかぁ!?」
「きっと『鷹の目』を発動してるんだよ」
「え、鷹の目って寝るときに使ってる能力ですよねぇ?」
「うん、そうだよ。私自身、あの能力の感覚が分からないから上手く説明しにくいけど、『自分を中心に、全体を上から見れる能力』らしいよ。以前に聞いたら、そう教えてもらったんだ」
「つまり、今はその能力を使って、石の射出される位置と引き戻す位置を把握しながら近づいているってことですよねぇ?」
「正解。だから走らないんだよ。走っても見えるのは見えるけど、身体が追いつかない攻撃をされた時のことを考えて」
「ご名答。さすがはアリスだな」
アヤカは笑いながらそう言うと、ゴーレムへと着実に近づいていた。
それはつまり、ゴーレムの拳が届く範囲に入るということになり、石の射出範囲から抜け出したということであった。
そこからはゴーレムによる拳による直接攻撃が始まる。
しかし、それもアヤカにとっては何の障害にもなっていなかった。腕が落ちてくる場所を鷹の目により把握し、そこから安全圏を見出す事で大げさに避ける事もなく、髪を触れる程度の些細な動きでかわす。
そしてゴーレムの足元まで入ると、
「色々と勉強になった。少しだけ感謝してやるぞ」
と言って、体内で練りこんでいた気を剣に向かって放出しながら真上に振るう。剣はその気を纏いながら、一瞬にしてゴーレムを超える大きさになり、そのままゴーレムを両断する一撃を放つ。




