きっかけ
時間はスザクがゲームにログインした直後まで遡る。
フランがスザクに近づくと、本当にログインして意識が完全になくなっているかどうかを確認するために、
「スザクさぁん、ログインしてますかぁ?」
とスザクの顔の前で手を振りながら尋ねた。
しかし、スザクの反応は一切ない。
意識が完全にない事を確認すると、フランは緊張をほぐすように小さく息を吐いた。
アリスとアヤカもフランと同じように息を吐き、
「あのさ、なんで私が最後まで拒む役目を演じなきゃいけなかったの?」
アリスがアヤカを不満そうに見つめながら尋ねた。
「仕方ないだろう? 私は提案する側として文句を言える立場ではなかったんだ。かと言って、フランが拒むのも立場的におかしい。消去法で考えるとアリスしかいなかったんだ」
その疑問にすまし顔で答えるアヤカ。
「念話でいきなり話しかけてきたと思ったら、こんな提案だし……。今回の件で、仲間としてのコミュニケーションが深まったのはスザクのおかげなのは分かってるよ? だから、アヤカと同じようにゲームぐらいは良いかなって思ってたのは一緒なのにさー」
「仕方ないですよぉ、ワタシではそういう役目は出来ませんしぃ」
「だよね、フランさんはスザクに甘いもんね」
「好きな人には甘くなる……かぁ……」
アリスはフランのことを言ったつもりだったが、現時点で当てはまりそうな人物――アヤカをなんとなく見た。
今回の件で間違いなく甘くなっているのはアヤカなのは間違いない。本当ならば、こんな風にスザクに対してゲームの許可を許すことなんてあり得なかったのだから。もしかしての話になるが、アヤカもスザクに好意を持ち始めたのではないか、と考えてしまったのだ。
アリスの視線に気が付いたアヤカは、
「待て待て、そんなつもりはないぞ!?」
少しだけ動揺した様子で反論してきた。
「……うわっ、怪しい……」
「そんなつもりはないから、一時間だけっていう制限を設けたんだろ!?」
「どう思う、フランさん」
アリスはフランに話を振ってみた。
それに答えるようにフランは真剣な目でアヤカを見つめる。まるで、スザクにした時と同じように。
「思いっきり濁った目してますねぇ。あれは好きですよぉ」
「そかそか、ライバルが増えたんだね」
「ですねぇ。まぁ、好意をもたれてる本人はその気がないみたいだから、現状維持になるけど」
「な ん で そ う な っ た !!」
アヤカはそのことを認めたくないように大声を張り上げる。周囲の木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立つほどの大きさ。
さすがにそこまでの大声を上げると思っていなかったアリスとフランは、慌てて耳を塞いだが間に合わず、耳鳴りの被害にあってしまう。
「キーンってしますぅ!」
「もうっ! ちょっとは遠慮してよ! というか、そこまで全力否定って逆に肯定してるようなものじゃん」
「…………すまん」
アヤカは罰が悪そうに視線を逸らし、二人に謝罪するがあまり納得していないようだった。
「というか、フランはいいのか?」
「何がですかぁ?」
「いや、私たちがスザクに対しての好意を持っていたとしても……」
「あー……」
フランは少しだけ悩んだ後、
「いいですよぉ。気持ちなんて誰にも止められないじゃないですかぁ。昨日の夜、アリスさんと話し合った時にそう考え直したんですぅ」
今まで独占したいという気持ちを恥じるかのように苦笑しながら言った。
アヤカはフランの気持ちの変わりようにびっくりした顔をして、アリスを見つめる。
どうやったらここまで変わるのか、の説明を求めて。
アリスがその視線の意味を察して説明を始める。
「たいしたことは言ってないよ。単純に好きになった理由を言ったぐらい」
「理由? どんな理由だったんだ? っていうか、それはフランのも知らないな。ん、そうだな。ついでに交流を深めるための女子会とやらでも始めるか。とりあえず、フランから教えてもらおう」
「え、ワタシですかぁ!?」
いきなり話を振られて、フランは恥ずかしそうにモジモジとし始める。が、昨日もアリスに教えたこともあったので、少しだけ躊躇いつつもゆっくりと話し出す。
「あれは……五、六歳頃の話になりますぅ。顔合わせという感じでスザクさんの家に行って、森で遊んでる時に魔物に襲われましたぁ。その時にケガを負いながらも、その魔物を倒して私を助けてくれたんですぅ。それがきっかけですかねぇ。ちなみにネクロマンサーとしての力も手に入れようと思ったのも、それがきっかけだったりしますぅ……」
よっぽど恥ずかしかったのか、言い終わった後は顔を紅潮させており、ゆっくりと深い息を吐いた。
アヤカはその努力に免じて拍手。
昨日、その話を聞いたアリスは「頑張ったね」と言わんばかりにフランの頭を撫でる。
「じゃあ、次はアリスだな」
「あ、やっぱり? でも、フランさんの話を聞いた後だと面白みも何にもないよ?」
「そんなことあるまい。ほら、恥ずかしがらずにお姉さんに教えてみろ」
「別に教える事が嫌なわけじゃないから良いんだけどね……」
「頑張ってください……」
まだ恥ずかしさが取れないフランの応援を背に受けて、アリスもゆっくりと語り出す。
「フランさんと全部同じなんだよね。私も子供の頃にスザクに助けられて、それが好きになった理由だよ。力になりたいという理由で、拳闘家の技術も身に付けたわけだし……。少なくともフランさんと違うのは、こうやって集まった時の姿見て、幻滅したってことかな。ただ、一昨日の会話でちょっと心に来るものがあって、やっぱりスザクはスザクなんだなって見直したんだけど……」
「そうですねぇ。本当に仕方なくってオーラが出てたぐらいでしたからぁ。ワタシも幻滅しかけそうになりましたけど、その気持ちを優先したっていう違いぐらいですぅ」
フランもしみじみと出会った頃のスザクの様子についてはいささか不満を持っていたようで、苦笑いを溢す。
「そうかー。私は二人と比べて、出遅れたってことは確定だったか」
残念そうに一人で納得し始めるアヤカ。
まるで説明をするまでもない、と言わんばかりの雰囲気を察した二人が、
「アヤカには昨日のことについて教えてもらわないとね」
「ですよぅ? スザクさんのどんな言葉に心を奪われたんですかぁ?」
と意地悪く笑い、突っ込みを入れる。
その言葉に「うっ」と少しだけ身体を仰け反らせ、さっきまでとは違う一人の女の子として恥ずかしそうに頭を掻いた。
「分かってるよ。二人も恥ずかしいのを我慢して言ったんだから、私もちゃんと言うさ。心に響いたのはやっぱり『剣士じゃなくて、一人の女の子として生きていい』って言われたことかな。少なくとも私は三人から、『剣士として私』を期待されていると思っていた。だから、しっかりしないといけないと思っていたんだ。もちろん、そういう風な生活を送っていたという原因もあるけどな。んー、まぁ……あれだ! 『女の子として生きていい』って言われて嬉しかったんだ!」
最後の方はなんて言えばいいのか分からなくなったらしく、アヤカは無理矢理纏めて、俯いた。二人がどんな反応をするか分からず、怖かったためである。
しかし、二人の反応がないため、ゆっくりと顔を上げると二人は申し訳なさそうにしていた。
理由は先ほどのアヤカへの期待の件だった。
少なくとも二人はそれを期待していなかったわけではないが、ここまで追い詰めていると思っていなかったのだ。
「ごめんね、アヤカ」
「ごめんなさいですぅ……」
そのため、二人は謝る以外の選択肢がなく、アヤカも二人がそんな反応を取ると思っていなかったので、フォローの言葉が用意できておらず、自然と三人の間に沈黙が訪れてしまう。




