どこにでもある学園生活(2)
ヤイバと朱雀の生温かい視線を浴びながらもレオスは素うどんを食べ終わり、トレイを横にずらすとその場に突っ伏し、
「味は美味しいのに、妙に美味く感じないこの切なさはいったいなんなんだ……」
力なくぼやいた。
「それが恋の味だ」
「こ、恋!? この切なさは恋だったのか! そうか、俺はいつの間にうどんに恋してたのか。つまり、俺がお前らと楽しそうに話してたから、うどんは嫉妬してのびてしまったんだな!」
レオスは顔を勢いよく上げると、初恋を自覚してしまったような純粋な目で朱雀を見つめる。
「ああ、そうに違いない」
「じゃないから。それはないから。普通にのびただけだから」
ヤイバが冷静なツッコミを入れた。
二人はそのツッコミに一瞬、無口になったかと思えば、白けたらしく大きなため息を漏らす。
「相変わらずのノリの悪さだな」
「もうちょっとノっても良かったんじゃないか? 俺ならそうするね」
「ツッコミがいないと収拾が付かない状況ってあるよね」
ヤイバの容赦ないツッコミに二人は再び沈黙。
二人にもそのことが分かっているからだ。
この三人の中でボケ担当がレオスなのは間違いない。他の二人は要所要所で使い分けるが、基本的にツッコミがヤイバになる。朱雀に至ってはボケでもツッコミでもなく、上手く表現するならば煽るタイプなのだ。故に今回も変な展開になりかねないので、ヤイバは容赦なくそのボケを叩き切ったのである。
「――話題を変えよう。俺は普通の人間に恋したいから」
「誰もそういうことは聞いていないぞ」
「聞いてないことを発言するのは止めて欲しいね」
「……」
「……」
「……」
「なーんでだよ!? 少しは俺の彼女作りを手伝ってくれよ!」
「そこにいるだろ」
「え、マジで!?」
レオスは朱雀の指差す方向を見つめる。
指を差した場所にいるのはヤイバだった。
ヤイバは、慌てて自分の隣の席を見るけれど女性の姿はない。むしろ、その隣に女生徒どころか誰一人座っていないのだ。そのことからヤイバは自分のことだと察して、椅子を後ろに引いて拒絶の意思をレオスへと向ける。
「ちょっ、おい! なんでだよ、ヤイバ!?」
「い、いや……まさかのそっち系だったとは思わなかったからさ。というより、その発言はアウトに近い」
「ち、違うって! そっち系の意味じゃないって! 確かにお前の事好きだけど、それはダチとしてだから安心しろ!」
「当たり前だよ」
「当たり前のことを当たり前のように言ってどうする」
慌て始めたレオスに二人は冷静に突っ込んだ。
そのことにレオスはハッとして周囲の空気を察知し、周囲を見渡した。レオスへと注がれる視線と沈黙を確認するかのように。
「あまり大声を出すものじゃないな」
「だね。もうちょっと静かに否定しようよ」
「反省する。いや、後悔してる」
言葉通り、レオスは本当に沈黙した。
周囲からの視線に耐え切れなかったらしく、再び突っ伏す。さっきまでは顔だけは上に上げていたが、今度は完全に腕の中に顔を隠す状態で。
「バレンタインが本当に近いんだなー」
「どうした? しみじみとした言い方して?」
「いや、なんとなく嫌な予感がして……」
まるで、警戒するかのような目で朱雀を見つめるヤイバ。
それだけで朱雀はニヤリと笑う。
ヤイバの言いたいことが伝わったらしい。
「なるほどな。それは俺への挑戦状と見た。本当は面倒だったからしないつもりだったが、何かやることにしよう」
「ちょっ、誰も望んでないって」
「俺は賛成する、楽しそうだし」
二人の会話に割り込むようにレオスが顔と片手を上げる。その顔は、悪戯をして楽しみを見出そうとしている少年のような表情をしていた。
「――余計な事を言うんじゃなかった」
「そうでもないだろ」
「え?」
「きっと、ヤイバに言われなくても実行していたかもしれないからな」
「可能性としてあったから、拒否する意味も含めたつもりだったんだけど」
視線を逸らし、頬を掻きながら言うヤイバの顔は困った表情を見せつつもちょっとだけ笑っていた。表向きは困ったフリをしているだけで、本当は楽しみにしているということを二人は最初から知っていた。
「俺はそういうイベントを起こす立場は向いてないから、朱雀に任せるしかないな」
「最初からレオスは手駒だからな。俺の指示通りに動いてもらうことしか考えてないぞ」
「おう、それでいい。ぶっちゃけ、参加できることに意味があるだろ?」
「へっへっへ」とレオスは笑う。
こちらは本心丸出しだった。というよりは隠すつもりは毛頭ないのだから、ヤイバのような真似をされても、「気持ち悪い」という感想しか残らない。
「とりあえず、正月のようなことは勘弁してほしい」
「正月のあれか」
「あー、正月のあれね。あれは楽しかったよなー」
正月の時のことを思い出してヤイバがげっそりとした表情を浮かべているにも関わらず、朱雀はあの時のことを淡々と脳内で思い出すように、レオスはあの時の事を単純に楽しい思い出の一つとして、三者三様の反応を示す。
「でも、あれは奮発したんだぜ? 俺も出費したんだし。だから今、金欠なんだけど……」
「その罰は仕方ないよ。景品が景品だったし」
「そう言うな。身体は暖まっただろ? 全力で一時間走りまくったら」
「いやいや、そういう問題じゃないから! ほぼ全校生徒に近い人数に追いかけられる、ってどんな状況だよ!」
「どんな状況って、『朱雀主催、ヤイバを捕まえて豪華景品をゲットしよう! ~景品は誰の手に!?~』ってイベントを起こしたんだから、そりゃそうなるだろ」
テーブルを叩いて文句を漏らすヤイバを前に、レオスは悪気もなく説明をする。
もちろん、ヤイバはそういうことを聞きたいんじゃない。「なんで正月からフルマラソンに近いものをしないといけなかったのか?」と聞きたかったのだ。
「ったく、なんで俺ばかりがそういう立ち位置になるんだか……」
「おいおい、それは愚問だぜ?」
「だな。主人公的な立ち位置なんだ。諦めて、運命を受け入れろ」
「そんな運命嫌だ。けど、巻き込まれるのは悪くないって感じるから不思議」
ヤイバは呆れてため息を吐いたと同時に、
「いたたたた……す、すまん。抜けるぞ」
朱雀は右耳を押さえて、真上に現れた魔法陣によって上へと向かう光の奔流に流されるように消え去る。
二人はその様子を見て、少しだけ同情した表情を浮かべた。
「朱雀も大変そうだよな」
「そうだね。しょうがないことだけど」
その場に残された二人は雑談を開始した。
内容は、『朱雀が、どんなイベントを起こすか?』というものである。