魔王復活
「…………待て。何かがおかしい!」
背後でゴリラみたいな魔物が崩れ落ちる音を耳にしながら、スザクは胸のざわめきを感じた。
予想以上に簡単すぎる。
もし、自分が魔王の立場で考えるのなら、もう少し強い相手をここに連れてくるはずなのだ。実力を測るとしても、負傷一つ負わない程度の敵をぶつけるはずなんてことは絶対にありえない。
しかもゴリラみたいな魔物が倒されたというのに、目の前にいる魔物たちが動き出す気配は未だにない。
まるで他の誰かの指示を待っているかのように……。
「ようやく気付いたか、勇者の子孫よ」
その声はスザクの後ろから聞こえた。
さっきまでのゴリラみたいなたどたどしい声ではなく、はっきりとした口調。
それ以上に憎悪も含まれた殺気がスザクを襲う。
軽くだがその場から飛びのき、先ほど倒したゴリラみたいな魔物を見ると、上半身だけが宙に浮かんだ状態で、目が真っ赤に光り、見た目だけで恐怖を煽るには十分の威圧感をかもし出していた。
「魔王、復活ってことか」
吐き捨てるようにスザクは呟いた。
魔王復活というのは嘘であって欲しかったからだ。
いくら、おばば様に言われたとしても、それが本当に起きるかどうかなんてのは分からない。もしかしたら、おばば様の勘違いという可能性もあった。
スザクはその少ない可能性に少しだけ賭けていたのだ。
そんなスザクの気持ちを見越してか、
「どうした? そんなに残念そうな顔をしなくてもいいだろう? そのために辛い辛い修行をしてきたんだからな」
「くくっ」と嫌味に満ちた笑いと共に言葉が返って来る。
まるで、今のスザクの表情を見透かしたかのような魔王の口ぶりに、スザクは反吐が出そうだった。
「んなことはどうでもいいんだよ。あからさまに遠くから見てる口ぶりだけど、ここには来ないのか? 因縁があるとすれば俺だろう?」
「それもそうだな。しかし、勇者と魔王の対決っていうのは、最終決戦っていうのが相場じゃないのか?」
「そんな相場なんていらないっての。だいたい、お前は俺を倒したら世界征服、俺がお前を倒したら世界平和。この二つしかないんだからさ」
剣の切っ先を上半身に突きつけて、スザクは言い切る。
こんなことをしたところで意味がない。煽った所でこの様子では出てこないというのも分かっていたが、言わずにはいられなかった。ただ、それだけの理由で煽ったのである。
「それもそうだな。ま、オレとしてはお前の戦力を減らすってことも視野に入れたいんだが?」
「戦力? ……って、おい! アリスたちを先に潰すつもりかよ!」
「最後の楽しみってのはとっておきだいものだろ? それにオレは魔王だぜ? 卑怯なことは当たり前の行動。それを見誤っていたのか?」
「くそっ!」
思わず歯軋りをして、スザクは呻く。
何から何まで魔王の思惑通りに動いているみたいな感じだった。
遺跡の入り口から先ほどの脱出のせいで距離が開き、道もすでに魔物によって埋まっている。通るにはもう一回道を作るしかない。
しかし、それとは別の問題が出来ていることに気付く。
「馬鹿ではないらしいな」
魔王の言葉で、スザクの考えが確信へと変わる。
「ここの魔物たちを全滅させてから救いに行けってことなんだろっ!」
「正解だ。さて、何分で仲間の下へたどり着くのか、見物だな」
全滅させない限り、目の前にいる魔物たちはスザクを追って来る。もし、この状態のまま三人を助けるために遺跡の中に突入すれば、逆に危険に合わせてしまう。
これが魔王の本当の狙いだった、と気付いた時にはすでに遅く、スザクは苦虫を噛み潰した表情をするしか出来なかった。
「お前がどこまで頑張れるか、楽しみだよ。勇者なら勇者らしく、仲間は助けないとな」
「嫌味過ぎるだろうがよ」
「なあに、お前が仲間を失って絶望に打ち塞がれようが、ここで死のうが、オレにとって、どっちみち楽しみでしかない。先に行って、お前の仲間の相手をしといてやろう。また会えるといいな」
そう言って、浮いていた上半身は一気に砂のように崩れ、地面に砂の山を作る。
殺気どころか魔王の気配すらなくなり、完全にその場から居なくなったことがスザクには分かった。
それを皮切りに魔物たちは唸り声を上げ、戦闘態勢を整え始める。
「……本気で行くしかないよな。どれくらい時間がかかるか分からないけど、あの三人なら大丈夫だろう。っていうか、心配する事が馬鹿だったと思えるぐらいの展開もありそう――案外、あいつらが魔王を倒したりして。ま、さっさと終わらせるとするか」
スザクは三人が余裕の表情で戦っている姿が思い浮かび、苦笑い。
そのことを考えたおかげか、スザクにも少しだけだが心に余裕が生まれ、改めて目の前にいる魔物たちに向かって殺気を爆発させる。
旅立ってから、ここまで全力でやるのは初めてだった。そのため、なぜか無駄にやる気が出てしまうのも否定できない。
一度だけ大きく深呼吸するとスザクは魔物たちに向かって突撃。
魔物たちも同じようにスザクに向かって進行し始める。
こうして、勇者対魔王の世界を賭けた初戦闘が始まった。




