現実へ帰還
スザクが完全にログアウトし、起床する時と同じように耳が周囲の音を拾い始める。
耳に入ってきた音は、今までスザクが聴いたことのない音だった。
何かかが何かに接触し、弾かれるような音。
その光景を確認するために、ゆっくりと目を開ける。
寝起きと同じ感覚なので、目に入ってくる光が眩しくて視点がぼやけてしまい、周りの状況が一瞬分からなかった。
そして、視界がはっきりするにつれ、スザクの目には異様な光景が張り込む。
その光景は今までに見た事のない光景であり、その光景を信じても良いのかすらも疑ってしまうもの。
「おいおい、どういうことだよ、これ!?」
スザクの視界に入ってきたのは、スザクの目の前に張られた三重の結界に対し、何十体もの魔物たちが攻撃しかけている光景だった。
引きつった笑いと共に目に入る光景が嘘だと願うかのように、スザクは目をゴシゴシと擦り、再び目の前を見てみる。も、何の変化もなく、この現状が現実だと教えられただけだった。
「こんなにもどこから集めてきたんだよ。つか、この結界よく持つな……」
目の前にいる何十体もいるオオカミ、サル、トリ型の魔物を目の前にして、そう漏らす事しか出来なかった。
結界自体も結構丈夫な設定にしてあるらしく、スザクが呟き終わるとほぼ同時に外側の一枚が音を立てて割れる。
そのまま魔物たちは休むことなく、二枚目に攻撃しては反撃を食らい、消滅。しかし、後続が攻撃をしかけるという連鎖が繰り返される。
そのことから、この結界が反射結界であることをスザクは気付く。
結界が張られてから、何分後に攻撃され始めたのかまでは分からなかったが、このように魔物による攻撃が繰り返されていた事だけは間違いない、と理解するには時間がかからなかった。
この結界を張った主のことを考えようとした時、仲間の存在が近くにないことに気付いたスザクは、
「三人は無事なのか!?」
立ち上がり、軽く周囲を見回してみる。
三人の姿は見えないどころか、魔物たちに対する攻撃反応もない。完全に狙われているのがスザクだけという状態。
そのことから導き出される答えは唯一つだった。
「あいつら、俺を置いて中に入ったな。つか、起こせよ」
最初から仕組んでいたのかまではスザクには分からなかったが、その答えを見出すには十分なものだった。だからこそ、これほどまでの結界を張ったのだろう。
スザクはその結界に軽く触れると目を閉じて、結界の仕組みを解読し始める。
解読は数秒で終わった。
両親に習ったようにこういう結界の特徴である『外部からの攻撃には強く、内部からの攻撃には弱い』もの。この結界を作ったアリスが起きた時にすぐに追いついて来れるように考えて張った、と推測まで出来た。
しかし、予想外なのがこの魔物の多さ。
スザクもこれほどまでの多さの魔物を見るのは初めてだった。あの三人がいないこの場面がチャンスと言わんばかりに。
しかし、それだけでこんなに魔物が集まるはずがない。単純に動物系の魔物は頭が弱いため、スザクが勇者の子孫である事を知らないのだから、誰かが裏で操っている可能性がある。
安直な考えではあったが、スザクの中でそんなことをできる人物は一人しか思いつかなかった。
「って、考えてばかりいる場合じゃないか。あとで三人にもこの件は相談するとして……さて、どうするかな」
剣を抜くと、柄でその結界の弱点である消失点を軽く小突く。すると、手前の結界がガラス音を立てて、あっさりと砕け散る。
問題は今、攻撃されている二つ目の結界だった。
このまま魔物たちによる攻撃によって壊されるのを待ってもよかったが、どのくらい時間がかかるか分からない。かと言って、さっきのような消失点を砕いた途端、いきなり襲われるのも面倒だった。
考えられる手段は一つだけ。
結界と魔物を同時に破壊できる攻撃をする。
それがスザクの選んだ答えだった。
スザクは手を正面に構えて、魔力の貫通砲を放つ。
その貫通砲は容易く結界を破壊し、魔物を何十体か巻き込んで作られた道をスザクは一気に駆け抜ける。もちろん、駆け抜けるだけではなく、剣を振るって魔物の数を少しでも減らす。
魔物に囲まれない位置まで抜けて、改めて振り返ると、
「いやいや、多すぎじゃね? どんだけ本気で俺を殺しにかかってきてんだよ」
あまりの数の多さにそうぼやくことしか出来なかった。
これぐらいの数の暴力なんてものはスザクからすればなんてことない。本音を言えば、物足りないレベル。だからと言って油断して、負傷するのも嫌なので最初から全力で向かおうと考えていると、上空から何かが落ちてきた。
「うっぷ、なんだよ。まだ来るのかよ」
巻き起こった土煙に対して、腕で口を押さえながらスザクは軽く咳き込む。
「オマエカ?」
土煙が晴れ、スザクの視界に映ったゴリラみたいな魔物が、たどたどしい口調で話しかけてきた。
スザクは今まで見た事のない魔物の存在に少しだけ驚いてしまう。身体の大きさもそこら中にいる魔物とは比較にならないほどの大きさ、何よりも喋れる魔物は初めてだった。
先ほども思った疑問が再びスザクの頭の中に蘇る。
ともかく、スザクはこのゴリラみたいな魔物の質問に答えることにした。
「何がだよ?」
「ユウシャ、オマエカ?」
「なんだよ。知っててきたんじゃないのか。どういう教育受けてんだよ!」
「コロス」
ゴリラみたいな魔物の決断は一瞬だった。
スザクの答えを聞くなり、ジャンプからの両拳を振り下ろす攻撃。
スザクはその場から急いで離れて回避する事を選択。
この攻撃に対して、受け止める事も、そのまま攻撃を繰り出される前に倒すことも出来た。が、聞きたいことがまだあったので倒すわけにはいかなかったのだ。
振り下ろされた拳は、地面に軽くだが地割れを起こすほどの威力があり、スザクは避けて正解だったと思わされてしまう。
「おいおい。パワータイプっつっても程があるだろ。つか、俺の質問に答えろ! なんで、こんなに魔物がいるんだよ!」
素直に答えてくれるとは最初から思ってはいない。それでも尋ねてみるだけの価値はあると思い、問いかけた。
すると、意外にも返答が返って来る。
「オマエ、コロス。メイレイ」
「誰のだよ!」
「エライヒト」
「偉い人? そいつの存在を教えろ!」
「エライヒト、ワ、エライヒト」
「そうかよ!」
スザクの中で思いつく偉い人というのは一人しか思いつかなかった。いや、この現状を見る限りでは一人しかいない。
それはスザクが絶対に倒さないといけない存在――魔王。
そいつ以外思いつかなかったのだ。
「魔王か。まさか、このタイミングで蘇るとは思わなかった。少なくとも仲間が揃っている時に復活して欲しかったよ」
「オレ、シラナイ。オマエ、コロス。ソレダケ」
腕っぷしを利用する攻撃がスザクに降りかかる。
が、スザクはそれを余裕でかわし続けた。当たれば一撃で死ぬ可能性もあるだろうが、攻撃の隙間を縫うように移動すれば余裕でかわせるほど、動きはスローモーションだった。全力を出すにはもったいない相手。
しかも、このゴリラみたいな魔物の指示なのか、先ほどまで結界を攻撃していた魔物たちは攻撃をしかけてくる素振りがなく、集めている意味もない状態だった。
「絶対に舐めてるよな。もういいや、情報は手に入ったし! お前が死ねよ」
これ以上、情報を吐きそうにもなかったのでスザクは攻撃をかわしつつ、すれ違いざまに剣を横に振るう。
そのゴリラみたいな魔物は防御する事もかわすこともなく、自らの腹部にその一閃を受け入れ、動きが止まる。
予想以上に簡単な結末だった。




