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企画(1)

「よっ、久しぶりだな」


 中庭にやってきたレオスは先ほどの修羅場を知らないため、いつものようにのん気な声で朱雀に話しかけた。


「いつも幸せそうな奴だな」


 朱雀は嫌味を含めて冷めた目でそう言うと、


「んなことねぇよ! 彼女が出来ない俺はかなり深刻な現状だぞ! やっぱり彼女ぐらいは欲しいだろ?」


 と真剣な目つきで言い返してきた。

 さっきの件を忘れそうになるぐらい、このノリが朱雀にとって気持ち良く感じ、思わず感謝の言葉を良いそうになったが必死に心の中で留める。そんなこと言ってしまえば、キャラが崩れてしまうからだ。それだけは絶対にしてはならない。


「なぁなぁ、バレンタインの時に起こす企画は考えてきたか?」


 レオスが朱雀の隣に腰掛けながら問いかけてきた。


「企画か。ないわけではない。ま、どれも決め手にかけるのは事実だけどな」


 朱雀も迷うことなくその質問にあっさり返答。

 レオスがここに来るまでに多少の時間があったので、企画について考える事は出来たのだが、どうしてもヤイバばかりが被害に合うものしか思いつかなかった。被害といっても前回のように本人も楽しめるようなもの。

 しかし、さっきのことを考えると巻き込むことが出来ない。どちらかというとレオスのように一緒に仕組む立場に回した方がいいのだ。

 つまり、今回考えられる標的は今、隣にいるレオスだけだった。


「ん、どうした? 俺の顔に何か付いているか?」

「ああ、付いてるな」

「おいおい、鼻とかいうネタはしなくていいぞ。そんなのとっくの昔に引っかかりまくったから、さすがに騙されないぜ!」


 自分が今回の標的にされると微塵も思っていないレオスは、余裕の笑みを浮かべている。

 その油断が命取りになるとも知らずに。

 そのため、忠告の意味を含めて朱雀は嘘を吐くことにした。


「髪の毛に蜂が入ってたぞ」

「馬鹿言うなよ。そんなことあるわけないだろ」

「別に刺されて困るのは俺じゃないから、問題はない。信じるも信じないもレオス、お前次第だ」

「そういう嘘はいらねって! 本当に刺されたら大騒ぎってレベルじゃないんだぜ?」

「なんだ、知らないのか? 最近だが、現実世界と似させるために虫たちも放出させ始めたんだぞ?」

「そんなの聞いたこと――」

「別に知らせることでもないだろう? 所詮、俺たちはデータみたいなものだ。ただ、精神的なダメージを負うかもしれないが、この世界で生活するためにはそういうリアリティも必要。それを踏まえて考えれば、秘密裏で放出されていても仕方あるまい」


 いつものように冷静に淡々と朱雀が話していると、レオスは真っ青になっていった。

 どうやら信じてしまったらしい。

 もちろん、そんな話は全くない。もし、そんなことが実装されるならば連絡があるはずだし、何よりもゲームの中で与えられたダメージが現実の肉体に影響すれば、このゲームはすぐに廃れる。下手すれば営業停止もの。運営もそこまで馬鹿じゃないため、絶対にありえないのだ。


「う、嘘だろ?」

「俺が嘘を吐くと思うか?」

「うわぁぁあああ!」


 いきなり叫び始めたレオスは髪を掻き始める。なんとかして髪の中から必死に追い出そうとしているようだった。

 本来、その行動のほうが逆に蜂を煽る行為になるため危険なのだが、レオスにはそれに気付かないほど余裕がないらしい。もうセットなど関係なしに髪を掻き乱している。


「少しは落ち着いたらどうだ?」

「お、おお……落ち着けるかよぉ! 蜂がいるんだぞ! 下手したら刺されて死ぬんだぞ? あ、でも一回ぐらいなら――」

「それならデマだぞ」

「え?」

「二回目に刺されたらアナフィキラシーが起こりやすいっていうだけで、一回目でもそれは起こるらしい。というか、一回目で死ぬ人も多いらしいな。ま、ゲームの中だから気にするな。現実世界でダメージを負っても痒みぐらいの症状なんじゃないか? ま、レオスというアバターはロストする可能性が高いから……作り直しかもな」

「い や だ !!」

「ロストするだけだぞ?」

「このキャラにいくら使ったと思ってんだよぉぉおおお!」


 さっき以上にレオスは必死になった。というより、必死になりすぎて半泣きになって、髪の毛を掻く姿が思った以上に滑稽だった。

 通り過ぎる人が、ちょっとだけレオスを引いた目で見ている人ほど。絶対にお友達になりたくないという意思さえも見てとれる。

 さすがに可哀相になってきたので、朱雀はネタばらしをすることにした。


「もう逃げたから安心しろ」

「ほ、本当か!?」

「ああ、本当だ」

「よ、よかったー」


 ホッとしたような表情で目を擦って、涙を拭い去るレオス。


「ま、最初からいないんだけどな」

「てめぇ……っ!」

「まぁ、怒るな。俺がこんなタイプだというのは知ってたろ?」

「――それを言われると怒るに怒れないのが辛いところだ。いや、気心知れてる奴しかしないのも知ってるから、特にな」


 一瞬、怒りに満ちた表情を浮かべたが、すぐに諦めた表情に変わった。付き合いが長い分、怒った所で反省しないというのが分かっているのだろう。


「だろう? 本気で嫌がったり、助けて欲しい時は助けるから安心しろ」

「分かってるよ。んで、そんなことより企画どうするんだ? やっぱり定番のトトカルチョ的な何かか?」


 レオスは改めて髪のセットをしながら、朱雀に尋ねた。

 しかし、朱雀は首を横に振って否定。

 そのことを考えなかったわけではない。定番中の定番だからだ。最終的に案が思い浮かばなければそれになるかもしれないが、なるべくは使いたくない手段なのである。


「思いついたのがヤイバにチョコが上げる人の中で一番豪勢なチョコを作った人に豪華商品なんてのはどうだろうか? もちろん男女問わず」

「あー、前回の件のことを考えると……今回はご褒美回としてはいいかもなー。まぁ、ホモが湧く可能性を考えると面白いか」

「レオスの場合、考えるのが面倒だから、ぶっちゃけ何でもいいんだろう? それらしいこと言ってるけどな」

「バレてたか。つっても、ご褒美目当てでチョコを作る人が大変なのは変わりないだろうし」


 レオスは「ははっ」と軽く笑い、あっさりと承諾したため、企画内容が決まってしまい、朱雀は少しだけ物足りない気分だった。


「それで決まりか?」

「まぁな。ちょっと頼みたい事があるんだがいいか?」

「なんだよ? 大変な事は嫌だぞ?」

「大したことじゃない。レオスに企画の話を申請してほしいだけだ。毎回、俺ばかりじゃ『またお前か』みたいになるだろ? 今回はレオスが企画者で俺が副という立場で申告しといてくれ。考えるのはいつも通り、俺がする」

「ああ、そういうことね。任せとけって」


 レオスはそう言って一度ログアウトした。企画の申請をするためには別の部屋に行かないといけないからである。

 朱雀は口端を歪め、レオスが戻ってくるのを大人しく待った。


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