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二人のケンカ

「そうだったな。二日前にそういう話をしてたんだ。ミユの言う通り、しっかりとヤイバを巻き込んでやろうではないか!」


 朱雀は高笑いと共にミユに向かって断言する。

 ログインした時から何かを忘れているような感覚はあったが、何を忘れているかまでは思い出せなかった。そのヒントを一番嫌がっている人物から聞けるとは思ってもいなかった朱雀は、笑いが止まらなくなりそうだった。


「むー! 普段から余計なことをするくせに! なんでこんな日に限ってそんな大事なことを忘れたりしちゃうんですか!?」


 ミユもショックを受けているようだった。

 額に手を置いて、この普通ではありえない状況に頭痛がし始めたらしく、顔をしかめている。


「さぁな。俺だって人間だぞ? 忘れることだってある。それを思い出させてくれるのも友の仕事だということだ」

「あたしは朱雀くんとそんな仲になったつもりはありませんけど?」

「そうか? よくことわざであるじゃないか。『友達の友達は友達』、『類は友を呼ぶ』など、俺たちは友達という宿命だったというわけだ」

「そういうこと言わなくていいんですっ! だいたい、兄さんが朱雀くんとこんな仲になるからいけないんですよっ!」


 ミユの怒りはヤイバへと飛び火してしまった。

 いきなり話が振られたことにより、ヤイバは驚きを隠せないように声を荒げて、


「は!? 俺は全く無関係だろう! だいたい、そのことを思い出させたのはミユじゃないか!」


 と真っ向から反抗。

 朱雀もまさかミユの怒りがヤイバへと向かうため驚きを隠せなかったが、それは心の中で留め、外面は楽しそうに二人の様子を見守ることにした。変な風に口を挟めば、さらに争いは広がるだけだからだ。


「最初からそう言ってくれればいいじゃないですか!」

「だから、なるべくその話を出さないようにしてただろ!」

「そんなの知らないです! あたしは兄さんが危ない目に合わないか心配だったから――」

「確かに危ない目に合いそうになってるかもしれないけど、まだ余裕の範囲だから大丈夫だよ。っていうか、ミユは俺のことを心配しすぎだ!」

「当たり前でしょ! 大事な兄さんなんですよ!?」

「そういうのがたまに重い時だってあ――」


 朱雀は最後まで言わさないようにヤイバの肩を掴む。

 その行動の意味を察してか、ヤイバは言葉を中断させるが既に時は遅く、ミユはその内容のことを全部聞いてしまい、かなりのショックを受けていた。

 朱雀も止めたもののフォローする言葉は思いついておらず、三人の間には重苦しい空気と沈黙が流れる。

 先に口を開いたのはミユだった。しかし、とても小さな声だったので、朱雀たちはその声を聞き取ることは出来なかった。


「み、ミユ。ごめん。悪気があって言ったつもりじゃ――」

「兄さんの馬鹿っ!!」

「あ、ミユ!」


 ミユはそのまま走り去る。

 俯いたままだったのでどんな表情をしているのかまでは分からなかったが、たぶん泣いていた。走り去る間際に一瞬だったが、顔から滴が流れたのが朱雀には見えたからだ。


〈悪いことしたな……〉


 まさか、こんなことになるなんて思いもしなかった朱雀は、罪悪感に包まれてしまった。かと言って、追いかけるのは自分の役目でもないことを知っているため、今出来る事はヤイバを追いかけるように仕向ける事だけだった。


「泣いてたぞ?」

「知ってるよ。でもさ、ああなった場合、手をつけられないんだよな」

「そうか。じゃあ、追いかけない方がいいかもな。いつも迷惑をかけられてるみたいだし、妹もついでにやめたらいいんじゃないか?」

「それは言い過ぎだろ」

「そうか? ヤイバ自身、迷惑に思ってた事は違いないんだろ?」

「そ、それは――」


 ヤイバは言葉に詰まったように口を一旦閉じた。

 今まで過ごした思い出を思い返しているらしく、頭を抱える。どう行動したら良いのか、分からない。そんな感じだった。


「追いかけろよ」

「え?」

「苦痛な表情を浮かべるぐらいなら、そうした方がいい。迷惑なことよりも良い思い出の方が多いんだろう?」

「……馬鹿野郎――」


 ヤイバは朱雀の方を見て、少しだけ笑みを溢しながら、


「原因はお前だろ。でも、今度飯ぐらい奢ってやるよ」


 勢いよくベンチから立ちあがると、ミユが走っていった方へと駆けて行った。


「はっはっは! 期待して待ってるぞ!」


 朱雀は高笑いながらその姿を見送り、完全に背中が見えなくなった後、小さく息を吐いた。

 ヤイバが追いかけた方がいいのか、それとも追いかけない方がいいのか、と迷ってたおかげでなんとか後押しする事が出来たのだ。もし、完全に追いかけない方に気持ちが決まっていたら……、きっと何を言っても無駄だったのだから。


〈なんていうか不器用だよな……、他人〈ひと〉のこと言えないかもしれないけどさ〉


 朱雀は二人が座っていたベンチに座り、腕を組んで空を見上げながら、自分の立場を考えた。

 現実世界では、きっとヤイバのような立ち位置であることは朱雀自身気付いており、三人ともヤイバのような感じで自分を支えてくれている。


 もっとも、このゲームの世界よりも現実は過酷で、下手をすれば死が隣り合わせ。そんな状況の中で勇者として守ってくれているのだから、本当に感謝しないといけない。

 こうやって完璧な脇役的な立場に接する事で見えない事も見えてくる。だからこそ、このゲームが好きなのかもしれない。


〈気が付いてみると、ゲームの中でも色々と学んでたりするんだな……〉


 などとしみじみ考えていると、視界に入る左端に『レオス ログイン』という表示が一瞬だけ浮かび、すぐに消える。


〈お、からかえる奴が入ってきたか。どうしようかな〉


 ヤイバの時のようにレオスの元へ向かってもよかったが、すれ違う可能性がある。そうなった場合の事を考えると、ここで待っていた方が良いという案も浮かんでしまい、朱雀は一瞬だけ迷ったが、


〈たぶん、ここに来るから待ってるか〉


 と結論付けた。

 その結論はほぼ確信に近いもの。

 レオスは間違いなく先ほどのミユが言ったような企画を求めて、ここにやってくるだろう、ということに思い至ったためである。

 それに加えて、ヤイバとミユが揃っている時はあまり二人の元へ行こうとはしない。きっと二人を見ていたら嫉妬してしまうから、みたいなくだらない理由なのかもしれないが……。

 念のため、朱雀はマップを開いてレオスの動きを確認すると案の定、この中庭に向かって赤い点が移動してきていた。


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