ゲームの許可
それからスザクたちは朝食を終わらせると、目的地である遺跡の入り口前までやって来ていた。
昨日同様、魔物が襲ってくることがなかったため、スザクは少しだけ違和感を覚えていたが、昨日のアリスたちの戦闘(制裁)によって少しばかりこの場所から遠ざかったのかもしれない、と前向きに考えて気にしないことにした。
アヤカを先頭にして歩いていたのだが、入り口前まで着くと同時に入り口に入らず、入り口の隣にある壁にもたれる。
スザクたちはアヤカのその行動の意味を察し、それぞれが適当にバラけて座ると、
「珍しいな、休憩してから入るのか?」
代表してスザクが尋ねた。
「何を言ってるんだ? 昨日の約束を忘れたのか?」
アヤカは意外そうな顔をスザクへと向ける。
そう言われて、スザクは昨日の事を思い出そうとしたが、今朝話したことしか思い出せなかったため、頭の中には?マークが浮かぶばかりだった。
「え、そうなの?」
「おかしいと思いましたぁ。アヤカさんがこのタイミングで休憩を取るはずがないですしぃ……」
アリスとフランもさすがにおかしいことに気付いていたらしく、スザクへと視線が自然と集まる。
しかし、スザクには全く思い出せなかった。あの時は中途半端な起床のせいで頭痛に悩まされていたこともあり、相談の回答を考えるだけで精一杯。そのため、余計なことを頭に叩き込む余裕がなかったのである。
アヤカはそんなスザクを見つめながら、「はぁ」と呆れたようにため息を吐いて、
「『ゲームする時間を与えてやる』って言っただろ? そのことも忘れたのか?」
と腕を組みつつ言った。
スザクが「あー!」と納得する言葉を発する前に、アリスとフランが驚いた声を上げる。
「な、なんで!? え、もう入り口だよ!?」
「そうですよぅ! 普段のアヤカさんだったら、絶対に阻止する場所なのに今日は許可しちゃうんですかぁ!」
「しょうがないだろう? 昨日の件で世話になったんだから。それに現在のスザクのやりたいことがそれなら、やらしてやるのも仲間としての配慮だろう?」
二人の反応が当たり前すぎて、アヤカは困ったように頬を掻きつつ答える。
しかし、その答えに納得出来ない二人はやはり噛み付いた。
「せめて、ゴーレムを討伐してからにしようよ!」
「そうですよぅ! ワタシたちならすぐじゃないですかぁ!」
「スザクも何か言ってやってよ!?」
アリスの無茶振りがスザクへと飛ばされる。
正直、スザクは悩んでしまった。
本心を言えばゲームをしたい。が、依頼者の事を考えるとさっさと依頼を済ませた方が一番良いのだろう。そもそも、ゲーム自体は依頼が終わった後に好きなだけやらしてもらえればいいのだから、別に今やらなくてもいい。
そう結論付き、スザクが言葉を発しようとした時にアヤカが意地悪く笑った。
「二人とも一昨日と昨日の件を忘れたのか?」
その言葉と共にアリスとフランの顔色が悪くなる。
アリスは一昨日の温泉での件、フランは昨日の嫉妬の件で、スザクに嫌な思いをさせてしまったことを思い出してしまったのだ。
「そ、それを言う?」
「で、でもぉ…一緒に温泉に――」
「それはスザクが望んだことなんだろうか? 自分が恥ずかしい事を勝手にしておいて、それを見せたから満足するというものほど嬉しくない温泉はないと思うが?」
フランの言葉を即座にアヤカが叩っ斬る。
「うぅー。それを言われたら、ワタシからは何も言えることがないですぅ……」
「というより、フランは体力の回復が出来るんだから、このタイミングでの休憩は好都合ではないか?」
「そう言われれば、そうですねぇ。じゃあ、ワタシはアヤカさんに賛同しますぅ!」
「ちょっ! フランさんの裏切り者!」
とアリスが発言。
「えへへ、すいません。でも、やっぱり休憩はしたいですからぁ」
「ふふっ……さぁ、残るはアリスだけだな。どうする?」
アリスに勝ち目がないことを分かっているアヤカが、意地悪くそう言った。
そのアリスはスザクへ顔を向ける。
会話の中心人物であるスザクが、ゲームをすることを拒否する事を必死で願っているような切ない表情――とは別に、それを強要するように目は鋭くつり上がっていた。
「やっぱり最後は俺の判断になるよ……な……?」
アリスの視線から逃れるようにスザクは顔を逸らす。
ついさっきまで決まっていた答えは揺らいでしまっているので、顔を逸らした意味は『アリスの必死の目が怖いから』なのだが、
「あーっ! ゲームしたいって思ってるから、顔を逸らしてるんでしょ!?」
と見事に勘違いしたアリスが詰め寄ってきた。
「ちょっと落ち着けよ! そんなこと思ってないって!」
「絶対に嘘! 今、目逸らしたしっ!」
「それはしょうがないだろう!? アリスがめちゃくちゃ怖い目で俺を見てきたんだからさ!」
「そんなことしてないもん!」
「してたっての!」
「してない!」
「してたっ!」
「してない!!」
スザクとアリスがそう言って、睨み合いを始めた。
論争はすでに『ゲームをさせてあがるか? させてあげないか?』ではなく、『アリスの目つきが怖かったか? 怖くなかったか』に変わってしまっていることに二人は気付かず、しばらくの間「してた」と「してない」の言い合いが続く。
それに痺れを切らしたかのように、元凶であるアヤカが二人の間に割って入る。
「落ち着け、二人とも。客観的に見てたが、本当にアリスは怖い目をしてたんだぞ? 『スザクは私の味方だよね!?』と言わんばかりにな」
「だって!」
「いいじゃないか。半日もやらせるわけじゃないんだし、一時間ぐらいなら問題はないだろう?」
「それは――」
アリスはさっきよりも少しだけ気持ちが揺らいだように視線を泳がせる。時間制限があるとは思っていなかったような反応だった。
もちろん、スザクには時間制限込みの許可である事は最初から分かっていた。そもそも、依頼中であるのに好きなだけゲームをやらせてくれるという考え自体が甘いのだ。
「あれ、そうだったんですか? ワタシはてっきり長時間やらしてあげるものだと思ってたんですよぉ?」
アリスの言葉を代弁するように手を上げて、おそるおそるアヤカに質問した。
「もちろんだろう。私だってスザクをそこまで甘やかすつもりはないぞ?」
「やっぱりアヤカさんはアヤカさんですねぇ!」
「それは褒めているのか褒めていないのか、どっちなんだ?」
「褒めてますよぅ!」
「素直にそう受け取るか。それで、アリスどうする?」
全員の視線がアリスへと向かう。
さすがに時間制限が決まった状態の中で拒むのは駄目だと思ったのか、
「分かった。ちゃんと時間守ってね」
最後は諦めたように言い、スザクにゲームの時間が与えられたのだった。




