どこにでもある学園生活(1)
食堂はガヤガヤと騒いでいた。
夜だというのに人が多いのが、この雪代学園の良いところなのかもしれない。いや、夜だから本当は悪いのかもしれないが、誰も注意しようとはなかった。
先生という立場の人間はどこにも見当たらないからだ。だから、生徒たちは騒いでるのかもしれない。
そこにある三人組がやってくる。
一人はどこにでもいるような何の取り柄もないような黒髪、ひょろりとした少年である。ギャルゲーなどでよく見かける主人公またはモブキャラのイメージを思い浮かべたら分かりやすいだろう。
その少年を中心に左右に二人の少年が挟んでいる。
右にいる少年が三人の中で目立つ格好をしていた。茶髪に染めており、前髪をカチューシャで止めている。それだけなら目立つとは言わない。目立つ理由は全身にドクロを形作られたアクセサリーを身に付けているからである。見た目でケンカが強よそうな奴と判断出来るキャラ。
正反対の左側にいる少年は、右の少年とは間逆で落ち着いた雰囲気を出している。容姿は真ん中にいる少年に似ているが、それとは違う知的な感じを持ち合わせているような雰囲気。同時に怪しさをも出しているのだから、笑顔で接してきても警戒してしまいそうな感じだった。
「あー、そろそろバレンタインか。今年は何個チョコ貰えっかなー。ヤイバは絶対に一個は貰えるから、そんな心配はしてないんだろうけどさ」
右側にいた少年が券売機の前で素うどんの食券を買いながら、ワクワクした感じで独り言を漏らしたかと思えば、真ん中の少年に羨ましそうに見つめる。
ヤイバは苦笑しつつ、同じようにキツネうどんの食券を買った。
「どこから、そんな情報が手に入ったんだよ。確率的に言ったら、レオスだって貰えるだろ?」
「少なくともヤイバとは違う。そもそも、そんな情報が手に入らなくても分かるって! お前の人柄を見てたらさ! 朱雀だってそう思うだろ?」
「お人好しだからな。タイプ的には主人公タイプなのは間違いないはずだ」
朱雀が二人と同じように肉うどんの食券を買いながら、二人の会話に入る。他の二人とは違い、バレンタインというものにあまり興味がないらしい。
三人はその食券を片手にその隣にある機械に食券を順番に入れていく。待つこと数秒。その下にある入り口からトレイとそれぞれが頼んだ食べ物が現れ、三人はそれを持ち、端っこにある四人座りの席へと移動した。
ヤイバとレオスが向かい合うように座り、朱雀はヤイバの隣に座る。
「だーっ! やっぱり納得いかねー! なんで、ヤイバはそんなにモテるんだよっ!?」
「その原因はこの場にいる全員が知ってそうだがな」
「え、マジで!? 詳しく教えろよ!」
朱雀の言葉に食べようと箸で掴んでいたうどんをわざわざ離し、レオスは身を乗り出す。再びどんぶりの中に落下したうどんのせいで、つゆが飛び散ろうが関係ない様子で。
「お前には誠実さが足りないんだろ。女を見ると考える事は?」
「俺の好みに合うかどうかだろ」
「もし、好みだったら?」
「口説く」
「成功したら?」
「Hだろ、間違いなく」
「はい、アウト」
「朱雀に賛同。アウトだ」
ヤイバはおあげを食べ終わり、うどんを口に運ぶ前にそう言って、ズルズルと吸い込む。
朱雀も同じようにうどんを口に運ぶ。
しかし、レオスは未だに原因が分からないらしく、納得がいかないとばかりに持論を語り始める。
「お前らはなんで女にそんなに興味がないんだよ! 俺たちの年頃……いや、俺たちの年齢だったら、異性に興味を持って当たり前だろ! だいたい手に入れたら、一刻も早く自分の証を刻みたいと思わないのかっ!? どこの誰かも知らん馬の骨に先に挿入れられたら嫌だろ! 違う! 他の奴は知らんが、俺だったら――」
「うどん、のびてもいいの?」
「あ、それは嫌だ」
ヤイバの突っ込みにレオスは慌てて箸を掴み、うどんを食べ始める。
ヤイバと朱雀は、「やっと静かになった」という表情で食べる事に集中し始めた――かに思えたが、すぐにレオスがまた口を開く。
「あのさ、ヤイバ」
「ん、なに?」
「前から聞きたかったことがあるんだけど聞いていいか? ものすごくしょうもないことだけど」
「答えられる範囲のものなら」
「なんで、おあげだけ先に食ってんの? 普通はうどんと交互に食ったりするもんなんじゃないの?」
「え、ああ。そのこと。前に聞いた話なんだけど、うどんを作ってる人はその素材の味を味わって欲しいらしいんだ。んで、あおげってつゆの味が染み込みやすいから、なるべく早くそれを食べるようにしてるだけ」
「へー、そうなのか」
「意外に興味なさそうだね」
「理由がしょぼかったから。別に好きに食って良いんだろ?」
「うん、気にする必要は全くないけど」
「だったら、好きなように食うわ」
「ごちそうさま」
二人の会話を切り、朱雀が両手を合わして食べ終わった事を知らせる。
レオスだけが驚いた表情をしていた。その表情だけで、朱雀にはレオスが次に発言しそうな言葉が分かっていたので、
「喋りすぎだ。もうちょっと落ち着いて食えばいいだろう? それだけで食うスピードは速くなる」
トレイを少しだけずらし、頬杖をつきながら先読みした質問に答えた。
「だって、まだヤイバだって食い終わってないじゃん! 少なくともヤイバが普通のペースだろ?」
「だから、喋りすぎなんだよ。女は口数が少ない方が好きだぞ?」
「朱雀みた――いや、ないな。それだけは絶対にない。お前は無口で冷静でイケメンってことは認めよう。千歩ぐらい譲ってだけど。だけど、お前の今までの行動からモテるって事はない!」
「別にいい。女には興味ないからな」
「男としてそんなことでいいのかよ!」
「いいんじゃない? そういう人がいてもおかしくない。ごちそうさまでした」
先ほどの朱雀と同じようにヤイバも手を合わせて、食事が終わった事を伝える。
レオスは自然と口を閉ざしていたが、その代わりに朱雀が口端を歪めていた。まるで狙い通りというかのように。
それに気付いたレオスが、
「くっ! は、謀ったな!?」
とうめき声をあげる。
「失礼な事を言うな。俺はちゃんと言ったぞ。『喋りすぎ』と、な」
「確かに言ってたね。俺もちゃんと聞いてた。食いながらだけどさ」
朱雀の言葉にヤイバは頷いてみせる。
証言者がいる状態にレオスは、「ぐぬぬ……」と呻く事が精一杯だった。しかし、まだレオスは朱雀の策略に気付いていない。
いや、ヤイバも気付いていなかった。
「くそっ、二対一かよ。卑怯だな!」
「だから喋りすぎなんだって! だいたい、少しは静かに食ったらどうなのさ?」
「馬鹿野郎! こうやって喋りながら食べるから楽しいんだろっ!」
「そうだな。それは否定しない」
朱雀はレオスの素うどんを指差す。
「そろそろ食ってやれ。のびたうどんが可哀相だろ?」
「あっ!」
レオスはうどんの入ったどんぶりを急いで見つめる。
中には最初の頃よりもつゆが減っており、うどんがつゆを吸ってしまったことを知らせていた。そもそも、この学食のうどんは『安い、コシがある、つゆも美味しい』で売っている。三つのうちでも二つでも駄目になってしまえば、損得勘定で考えると損になってしまう。
つまり、レオスは損をしてしまったのだ。
「ぬぁぁあああ! 俺のうどんがぁぁあああ!」
「すまないな。お前の喋り癖を利用させてもらった。ちなみに残すなよ? それでなくても今のお前は金欠だろう?」
「どんまい」
朱雀は満足そうに笑っていた。
ちなみに、ヤイバは苦笑い。
「くっ……お、覚えとけよ!」
レオスは伸びたうどんを食べ始める。
独り言のように「コシが少ない」「つゆが減って、水分が~」などと言っていたが、ヤイバと朱雀は全く反応をせず、レオスが食べ終わるのを静かに待っていた。
冷めてしまったつゆと同じような生温かい温度の視線を送りつつ。